第3話 因縁の敵、シャドウ現る 3
「ひどいな、これは」
シアはリンカを腕に抱えた状態で空を飛び、眼下に広がる光景を眺めていた。普段は馬車がすれ違ってもまだまだ余裕があるくらい広いメインストリートが慌てふためきながら逃げる人たちによって埋め尽くされている。
「リンカ、王都に避難する場所は無いのか?」
その問いかけに答える声は無かった。右の脇に抱えているリンカの顔を見ると、彼女は眼下の光景を蒼白の顔で見ていた。飛行中に発生する風の振動にも負けないくらい彼女の震えがシアにも伝わってきた。
「おい!リンカ」
「っ!」
シアの叫び声にようやくこちらに意識を向けた。
「女王様が真っ先に現実放棄か?この国もそう長くは無いな」
皮肉を込めていうが、
「ご、ごめん。私、こんな事経験したことなくて」
何も出来ていない自分を恥じるように顔を俯けるばかりだった。
「避難場所はどこにあるんだ。あいつら完全に我を失っているぞ」
大勢の人間が1つの道を一斉に走っているため、ぶつかって転んでしまった人がいても、気づいていないのか、それとも自分の事を優先しているのか。何人もの人が足蹴にされている。
「避難所は王城の隣にある大聖堂と反対側の門の近くにある駐屯所にあるよ」
「なんでそんな両極端な場所に作ったんだ」
「門から魔物が侵入してきたら大聖堂に、王城で事件が起こったら駐屯地にっていう理由で2つに分けてるの」
「ふーん」
(そういえば私がここに来たばかりの時は氷花が私に説明してくれたな)
と今更ながらに思い出す。
避難所の説明をされた時はまだ氷花と知り合って間もない頃だった。だから彼女の言葉を聞く気が無く、聞き流していた。
自分は冷たい人間なのだろうと飛行に必要な魔力を調整しながら思考に耽る。現に今も慌てふためいて逃げる人がいてもシアの心は全く動かなかった。先程までの会話もただ単に暇だったからという理由以外にない。
私の感情が動くのは氷花が関わる時だけだ。 氷花と暮らす中で彼女の1つ1つの仕草に目を奪われ、その吸い込まれるほどに綺麗な黒い目に私の姿を映してくれるだけでドキドキが止まらない。
(多分これが恋という感情なんだろうな)
と自分で答えを導き出すが、恥ずかしさで顔が熱くなる。しかし、時々この女に対して抱く苛立ちは何なのだろうか。呆然とした表情で避難している人達を見ているリンカに目を向ける。
この女が氷花と関わる度に、まるで自分の大切な何かを奪われたような気持ちになり、胸が締め付けられるように苦しくなる。
いつもなら分からないことは氷花に聞くが、何故かこの疑問だけは彼女にだけは話すことができなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「よっと!」
カタッと音を立て、2階の屋根に到着する。そして、2階の窓を空いている左手で横に開ける。鍵は最初から閉めていなかった。氷花が1から作ったこの家に不法侵入することなんて出来るはずがないからだ。
「着いたの?」
「ああ」
ポイッ
「へ?」
リンカの首根っこを掴み室内に放り投げる。
ビタン!!!
投げられることなど想像もしてなかったリンカは受け身も取れず顔面から木製の床にダイブする。
それから少しして、ムクリと起き上がり、赤くなった鼻を押さえながら、シアの方を見て抗議の声をあげる。
「ちょっと何するのさ!?」
「何って荷物を放り投げただけだが?」
シアはこちらの事など気にした様子もなく、素知らぬ顔であらかじめ置かれていたティーセットを使ってお茶を入れる準備をしていた。
魔力によって温められたポットからコポコポとお湯が沸騰する音が聞こえて来る。
「今の投げ方、完全にゴミステーションに投げる時のゴミ袋みたいな扱いだったよね!?」
「なるほど、そういう表現もあるのか。言い直すぞ。ゴミ袋を放り投げただけだが?」
「言い直さないで!私これでも女王だよ!ゴミ袋の扱いされる女王なんて聞いた事ある?」
「良いじゃないか、新しくて」
「ヤダよ!」
声を大にして猛抗議すると、シアは浮かべていたイタズラな笑みを消し、どこかホッとしたような様子で言葉を返す。
「ふっ、ようやくいつも通りの元気が戻ったようだな」
「シア、もしかして私の事慰めてくれたのってアツゥゥゥゥーー!!!」
淹れたばかりの紅茶の入ったカップを頬に思いっきり押し付けられた。リンカはあまりの熱さに叫び声を挙げながら床をゴロゴロと転がる。
「アホなこと言ってないでさっさと飲め!なんで私がお前を心配しなきゃならないんだ」
「そこは嘘でも心配だったって言うところでしょ!」
「私に言われたところで嬉しくないだろ」
「そりゃ1番は氷花に言われたいけど。でもさ……その……」
どこか照れたようにはみかみ、言葉を紡ぐ。
「シアは私にとって大切な友達だから……心配をかけたくない気持ちもあるけど、少し嬉しい」
「っ!!」
予想外の言葉に思わず言葉が詰まる。けどその動揺を目の前の女王に知られるのは何となく癪なので早口で捲し立てる。
「へ、変なこと言ってないでさっさと飲むか、顔面に叩きつけられるか選べ!!!」
「はーい」
そんなシアの様子を楽しむように笑いを堪えながら、女王らしい優美な姿で紅茶を飲む。1口飲んで息を吐くと、リンカは部屋を見渡す。
「そういえばここって寝室」
「ああ、そうだ私と氷花の寝室だ」
「え?ちょっと待って。2人ってもしかして一緒に寝てるの?」
「そうだが?何か問題でも………」
「淫乱!」
「ハア!どうしてそうなる!?」
「だってそうでしょ!若い女の子同士が1個のベッドで寝るなんて!この淫乱、スケベ、変態!」
「何を訳の分からないことを言っている。男女ならともかく私達は問題ないだろう」
「あるよ!だってシアは氷花の事好きでしょ!」
ギクリ!!
先程の飛行中に考えていた事を当てられたような感じがして、動揺が顔と言葉に出る。
「な、何を馬鹿なことを!?」
「そんなのいつものシアを見ていたら分かるよ。だって私も氷花のこと好きだし」
は?
氷花のことが好き?誰が、こいつが?
リンカは恥ずかしさでうっすらと顔と耳を赤く染めている。だが、その目は真剣そのものだった。
「うん。氷花と初めて会ったのが5年前。好きになったのが3年前かな。暗殺されそうになった私を助けてくれたの」
3年前。つまり氷花とシアが出会う前だ。そしてその話をシアは聞いた事がない。
「あの時の氷花はカッコ良かったなー。私の部屋に忍び込んできた暗殺者をあっという間に倒しちゃうんだもん。その姿を見て恋しちゃったの」
それからもリンカはうっとりと顔と耳を赤らめながら、恋する乙女のような声で氷花との思い出話をはなしはじめた。だが、シアの耳には入ってこなかった。
何故だろう。シアの心の奥で溜め込まれていた感情が檻を破って溢れ出しそうな感じがした。それもドス黒くて自分ではどうしようもない。そして、封じ込めていなければならないような。
「ね、ねえシア。なんか全身から変なオーラが出てるんだけど」
思い出話に浸っていたリンカもシアの異変に気付き、心配そうに手を伸ばす。その瞬間、シアを耐え難い頭痛が襲う。
「ぐっ!うっ!あああああああああ!!!」
シアの我を忘れたかのような絶叫が部屋中に響き渡る。先程まで表情をコロコロと変えていたのに急に頭を両手で抱えながら苦悶の表情を浮かべ、全身から赤黒い煙が噴き出す。
「シア?!」
まだ中身が残っているカップをテーブルに置き空いた右手をシアに向けて伸ばす。だが、手がシアの方に触れる直前、勢いよくシアの左手に弾かれる。
「痛?!」
思わず自分の方に右手を引き寄せる。見てみると手の甲が赤くなっていた。
「っ!くっ!」
白銀の少女はまだうめき声をあげながら苦しみ、ひたいからは大量の脂汗が吹き出している苦しんでいる。
「ちょ!シア、どうしたの?!どこか痛いの!」
リンカの必死の呼びかけにも答えなかった。いや、答える余裕がないのかもしれない。リンカは回復魔法で癒やそうと考えたが、回復魔法は目に見える傷しか治すことができないので意味がない。
「お前さえいなければ、」
シアがいつもの強気な声とは全く別のまるで幽霊のように小さな声で、そして怨嗟の籠った低い声で呟く。白銀の前髪から僅かに見える水色の目には光彩が消えていた。
「お前がいるから氷花は……」
赤黒い煙が纏わり付いたシアの右手がリンカに向かって震えながらゆっくりと伸びる。
「シ、シア?」
(この煙、もしかして魔族の!)
500年前の事が書かれてある文献で読んだ事がある。魔族は人間と違い、赤黒い魔力を使うと。
(でも、何で人間のはずのシアが)
自分に向かってゆっくりと伸びて来る赤黒い手を呆然と見つめながら思考する。
だが、手が触れる寸前で、シアがバッと後ろの窓を見る。
「ひょ………氷花………」
「な、何があったの?!」
「………氷花の魔力が……消えかけている………」
その言葉を聞いて、今度こそリンカの意識が遠くなる。魔力が消えかけているということは、氷花が魔力を一度に大量に使ったか、生命活動が急激に低下、つまりは死にかけているということだ。
「い、急がないと、氷花が、、、し、死んじゃ、」
顔を真っ青にして、唇をワナワナと震わせている。
光彩の消えた水色の瞳が大きく開かれ、顔を焦燥に染めている。
居ても立っても居られないという様子で
「ちょっと、シア!」
リンカの呼びかけにも答えずシアは水色と赤黒い光を纏いながら城の方角に向けてまっすぐに飛んで行った。
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