第3話 因縁の敵、シャドウ現る 2

ガキィィィィィン!!!!!


 半壊した王城に金属がぶつかり合う音が鳴り響く。空中で漆黒の長剣と紫色の大型拳銃をぶつかり合わせる男女がいる。交差された2つの武器からは絶えず火花が飛び散り、両者がとんでもない力を込めていることが容易に想像できる。


 黒い剣を持っている少女は美しい顔を怒りに染め、紫の銃を持っている少年を睨みつけ、そんな少女の表情を楽しむように少年は口元を愉悦に歪ませている。


 続いていた膠着状態を破ったのは少女だった。少年の腹目掛けて鋭い蹴りを放つ。ドガっという鈍い音がするが、少年は蹴りを左腕で受け止めていた。


「剣に注意を引かせてからの蹴りですか。性別が変わろうと戦い方は変わりませんね、氷花」

「そういう君も、その嫌味な話し方は変わらないね」


 氷花は左手に魔法陣を構築する。


「[業火弾バーンバレット]」


 [火玉ファイアーボール]の上位技である[業火弾バーンバレット]を少年の顔面に容赦なく放つ。炎は直撃し、爆発音が響く。右足を掴んでいる左手の力が緩んだ隙に後ろに下がる。剣と蹴りを囮にしての1撃だ。反応する暇もなく直撃したはずだ。


「ふう、何の躊躇いも無しに顔面に魔法を撃ってきますか。久しぶりの再会だというのに中々な挨拶じゃないですか」


 顔の周りに立ち込める煙を払いながら現れた少年は無傷だった。それどころか全く汚れていない顔には余裕の笑みさえある。だが、氷花には焦りの感情は浮かばなかった。


「気に入ってくれた?私なりに再会の喜びを表現してみたんだけど?」


 とびっきりのサプライズを成功させた時のような楽しげなはなしかただが、その黒い瞳は全く笑っていなかった。その証拠に今も黒い魔力は絶えず溢れ、戦闘状態を解除してなかった。今も氷花の脳内では、目の前の敵を殺すシュミレーションが何通りも行われている。


「ええ。あなたらしい見事なサプライズでしたよ。それにしてもやはりまだあの時の事を引きずっているんですね」

「私が君の事を許してるとでも思った?」


 シュバルティネオをガンモードに切り替え発砲。シャドウは手のひらサイズの魔法障壁を展開し受け止める。氷花は発砲と同時に高速移動しシャドウの背後に回り込んでいた。ソードモードに切り替えたシュバルティネオで斬撃を放つ。


 だが、その一撃は後ろ手に回された銃で受け止められる。シャドウは振り向きすぐさま発砲。心臓に放たれた魔力弾を剣の腹で弾く。そのまま距離をとり、空中を蹴る。本来、どの種族も空中を蹴るなんてことはできない。空気に触れることなんて出来ないからだ。だが、氷花のブーツには跳躍フリーレの魔法陣が刻まれている。この魔法を使うことで、空中を蹴るなんて普通は出来ないことが可能になる。 しかも、蹴った時の衝撃を何倍にも増幅するため、一時的な加速も可能。勢いを付けての突撃。


 シャドウは銃を乱射し、牽制してくる。放たれる魔力弾を剣で弾きながら、速度を落とすことなく接近する。剣が届く範囲に届いた瞬間、渾身の突きを放つ。シャドウがすぐさま魔力障壁を展開するが、パリンッと儚い音と共に呆気なく砕ける。刀身が心臓に届いた、と氷花が確信した瞬間。シャドウが身を逸らした。シュバルティネオは心臓ではなく左肩を突き刺し、貫通する。赤い血がシャドウの肩から噴き出す。次の攻撃に移るために引き抜こうとするが、既に銃口がこちらを向いている。


 銃口には魔法陣が展開されていた。魔法障壁を展開しようとするが引き抜くことに気を取られていたので間に合わない。シャドウが引き金を引いた瞬間、魔法陣から大量の魔力弾が次々と放たれ、氷花の胴体を穴だらけにした。 シャドウから出た血とは比べ物にならない量の血液が噴き出し、シャドウの紫色のロングコートを赤く濡らす。


「かはっ」


 ボダボダボダと口から大量の血を吐く。


「やっぱり思った通りですね、氷花」


 どうにか顔を上げ、目の前の敵を見る。左肩を貫かれているのに、全く痛みを感じていないのか、涼しい顔をしていた。そして、憐れみの表情を浮かべる。


「あなた、弱くなりましたね」


 額に銃口を押しつけられ、引き金に力がこもる。このままでは頭を撃ち抜かれて回復魔法を使う前に死ぬだろう。だが、氷花はそんな絶望的な状況でも諦めていなかった。ただ、目の前の敵を殺すことだけを考えている。


 シャドウは勝利を確信し、引き金を引く。だが、その瞬間、銃が、何かに弾かれるように右側を向いた。魔力弾は、明後日の方向に飛んでいく。そして、驚愕する。


 先程まで、血を吐いていたはずの氷花がシュバルティネオを両手で持ち、上に思いっきり上げた。左腕が肩から切断され、血が噴き出す。今度こそシャドウは表情を歪め、弾かれた右腕を引き戻そうとする。


 だが、氷花は既に左手に黒百合が描かれた黒い魔法陣を展開していた。そしてそれをシャドウの肩の切断し、血が垂れているシュバルティネオにスライドさせる。黒い刀身に膨大な黒い魔力が集まり巨大な剣の形になる。


 黒百合瞬刻技リリーネスアサルト


「ダアアアアアア!!!」


 右に一回転して、威力を高めながらの一閃。胴体を深くまで切られたシャドウは激痛と衝撃で声を出すことも出来ずに吹き飛ばされ、辛うじて残っていた城の壁を突き破りながら地面に激突する。


「ハァ、ハァ、ハァ、」


 氷花の荒い息と共に大量の血が地面に降り注ぐ。高度を維持できなくなった氷花が地面にゆっくりと降りる。すぐさま回復魔法を自分に掛け、傷を癒していく。胴体に空いていた穴が塞がり、出血が完全に止まる。


「これで良し!っと」


 そう、ここまでの戦いは彼女の想定通りだった。彼女はシャドウが自分とほぼ同等の力を持っていることを知っている。しかも、では彼に勝てるかどうかも分からない。


 そして、王都のど真ん中で戦えば、どれだけの被害が出るか分からないため、シャドウが強力な魔法を使う前に倒さなければならなかった。そのため氷花は相手にわざと致命傷を負わせて、油断した隙に渾身の黒百合瞬刻技リリーネスアサルトを相手に叩き込むことで早々に決着を着けた。


 もちろんこの作戦はそれ相応の危険も伴う。氷花の魔法技術ならどんな致命傷も治すことができるが、死んでしまっては回復できない。まさしく、自分の命を賭けた戦いだった。


「なるほどなるほど、転生してもその無茶な戦い方だけは変わりませんね」

「な!?」


 急いで振り向くと、そこには積もった瓦礫を魔力で吹き飛ばし、服に付いた土埃を払っているシャドウの姿が映る。そして驚くことに、彼は無傷だった。


「おや、その顔は。まさか僕があの程度の攻撃で死ぬとでも思いましたか?僕もあなたと同じレベルの魔法が使えるんですよ。死んでさえいなければどんな致命傷も治せることはあなたもご存じでしょう」

「全く、君は昔と同じでホントにしつこいね。さっさと死んでくれても良いんだよ」

「残念ですが僕にはまだ、やらなくてはいけないことがあるので無理です」

「へえ、それは前世の私を裏切って戦争を再開させた事と関係があるのかな?」


 そのはぐらかすような声を聞いた途端、怒りが再び燃え上がり、それを抑えようとして、声から感情が消える。


「ふふ、それはどうでしょう。ああそれと、実は今日、あなたにとっておきのサプライズがあるんですよ」

「昔から君のサプライズに良いことなんて無かったよ」

「まあ、そう言わないで見てください。これがあなたが500年で僕が作り上げた魔法です!」


 高らかに、自らを誇るような声で魔法を発動させる。


解放リリース:オン


 彼がそう唱えた瞬間、彼の水色の魔力が紫に染まっていく。それだけではない。魔力量も先程とは比べ物にならないくらいに増えた。その量は今の氷花を上回る。


「どうです?氷花。あなたもこれは想定外だったでしょう」

「嘘……………でしょ………」


 目の前の光景に驚き以外の感情が出なかった。なぜなら、その魔法は氷花が現代で作り上げた魔法で、知っている人はシアとリンカしかいないはずだからだ。


「さて、そろそろこの戦いに…終幕ピリオドを撃ちましょう」





 ――――――――――――――――――――――――――



 ドサッ


 何かが崩れ落ちる音がした。それは目の前の光景に絶望し、体から力が抜けたシアが膝から崩れ落ちた音だった。彼女の白いワンピースに赤い液体が染み込んでいく。


「氷………花………」


 シアは絶望に染まった顔で掠れた声を出す。彼女の目の前には紫の魔力を纏った無傷の少年と、全身から血を流し、自らの血の池に沈む氷花の姿だった。

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