第3話 因縁の敵、シャドウ現る 1

 (何なんだあれは!)


 王国騎士団長ガルスは突然起こった事態に戸惑いを隠し切れなかった。


 ガルスは王城にある訓練場で数人の部下と戦闘訓練をしていた。


 だが、獣のような叫び声が聞こえた瞬間。地面が揺れ、下から連続してドガン!ドガン!ドガン!という床が破壊されるような音が城中に鳴り響く。


 そして、何度目かの衝撃で奴が姿を現した。その姿を見てガルスは自分の目を疑った。


「ま、魔族だと!?」


 地面を突き破り、天井すら破壊して空に飛び出して来たのは本来なら王都どころか、この大陸にすらいないはずの鳥人族だった。鳥人族は魔族の1種で、簡単に言うなら人間に鳥の要素を足したような存在だ。


 体長は成人男性とほぼ変わらないが、両腕は鳥の翼、足は猛禽類を思わせる巨大な鉤爪が生えている。


 だが、ここは王都だ。街の周囲には巨大な壁があり、常に数人の兵士が街の外を監視している。魔物が侵入すれば間違い無く報せがあるだろう。ましてや魔族の侵入なんてあり得ない。


 だが、今回はそれが無い。いや、それは間違いだ。つい先日も街中に突然魔物が現れる事件があった。騎士団は王城で警護を任されているので、城と反対側の現場に向かうのが遅れてしまったが、あの時は偶然居合わせた冒険者に駆除されたと報告があった。あの件以降、女王陛下は兵士だけではなく、騎士も街の警備に充てることで警備の体制強化をした。それなのに、今度は王城から魔族が出現してしまった。


 ガルスはすぐに騎士団を1階の庭園に集め、戦闘態勢を整える。集まったのは近接部隊20名、魔法部隊25名だった。


 城の中を見て、ガルスは目を見開く。城の天井が崩れ、瓦礫が降り注いだことにより、城の中は壊滅状態だった。中にいた人たちは騎士団員がすぐに助け出したが、瓦礫の下敷きになっている人達も大勢いた。


 ガルスは怒りの形相で敵を見据える。濃い緑色の体毛にあちこちに紫色のまだら模様が浮かび上がっている。そんな不気味な存在を前にしてガルスは僅かな恐れを感じた。


 魔族と人間は500年前の戦争以来関わりが無い。そのため彼も魔族という存在を訓練時代に本で見たことはあったが見るのは初めてだ。


 だが、引くわけにはいかなかった。この王都を守れるのは我が騎士団だけという誇りが彼を突き動かしていた。



「魔法部隊!火玉ファイアーボール発動準備!」


 魔法の中では最も強力な火属性の魔法の発射用意を指示する。計25名の魔法部隊が一斉に魔法陣を構築する。王国騎士団の精鋭というだけあって普通の人間なら構築には10秒ほどかかる工程を、半分の5秒で終わらせる。



「ギシャァァァァ!!!」


 魔法構築に反応した鳥人族がこちらに雄叫びと共に視線を向ける。こちらを敵と認識したようだ。先程まで空を飛び回って城を壊しまくっていた敵の動きが止まった。しかも、翼を羽ばたかせるばかりで動こうとしない。


 (チャンスだ!)


「今だ!放て!!!」


 発射指示と共に25発の火玉ファイアーボールが一斉に放たれる。


 敵は最後まで動かず、赤い軌跡を描きながら吸い込まれるように全弾命中する。本来ならここで勝利を確信し、喜びに浸るところだが、ガルスは騎士団長というだけあってすぐさま指示を出す。


「まだだ!油断するな!次弾装填!」

「了解!火玉ファイアーボール用意!」


 魔術部隊長が命令を復唱する。再び魔法陣の構築を始める。だが、ガルス以外は誰もが先程の攻撃で仕留めたと思っていた。なにせ彼らは騎士になるまで幾度となく魔物と戦い、経験を培ってきた。当然、倒した魔物の数も多い。そのためこれだけの攻撃を食らって生きている生物など見たことがなかった。


 だがそれは魔族と1度も相対したことがなかったことによる危機感の欠如だった。黙々とたちこめる煙が一気に霧散した。鳥人族は無傷だった。焼け跡どころか土煙1つ付いてなかった。


 ガルムも含めた全員が呆気に取られる。だが、ガルムは自分を叱咤するように歯をギリッと噛み締め、部下を鼓舞するように叫ぶ。


「怯むな!第2射!放て!!!」


 僅かに遅れて先程と同じ25発の火玉ファイアーボールが放たれる。


 しかし、今度は当たらなかった。


 上下している両翼に緑色の風が纏わり付く。その風は急速に勢いを増していき、羽ばたきの速度も上がっていく。周辺の砂塵や瓦礫が風により空へと舞い上がる。鳥人族が体を羽と共に思いっきり反らせるそして、火の玉が当たる寸前で振り下ろした。溜め込んでいた風が一気に襲いかかってくる。火の玉はあっという間にかき消され、下にいた騎士を襲う。


「何!?」


 驚くのも一瞬。すぐさま暴風により吹き飛ばされる。しかもその風は空気を切り裂く刃そのものだった。風の刃は騎士の体や建物を縦横無尽に切り裂き、風に乗って大量の血飛沫が辺りにビシャビシャという音をたてながら辺りに飛び散る。


「「「うわぁぁぁぁ!!!!!」」」


 皆、悲鳴を上げ体を切り刻まれながらなすがままに吹き飛ばされた。


「………ば、化け物め………」


 ガルスは右腕と左足を切断され、血を吐き出しながらも立ち上がろうとする。だが、大量出血により、すぐに地面に崩れ落ちる。鳥人族は再び、風を溜め始める。もう一度あれを撃つ気だ。


「ここまでか」


 諦めの声を出し、目を閉じた。ボロボロで地面に倒れる騎士や魔法使い達に向かって無慈悲に風の刃が放たれる。


 だが、いくら待っても風が来ることはなかった。ゆっくりと目を開くと、彼は自分の目を疑った。


「な!?」


 騎士達が転がっている周辺を黒い半透明の膜がドーム状に覆っていた。彼はすぐにこれが大規模な魔法結界だと理解した。そして、目の前に1人の少女がいた。


「一応聞くけど、大丈夫?」


 少女がこちらに近寄ってくる。


 (何だあの魔力は)


 今、目の前にいる少女からは黒い霧のようなものが纏わり付いている。ガルスには最初それが魔力だと分からなかった。現に自分たちを包んでいる結界も黒だ。魔力は本来、人間は水色、魔族は赤色と決まっている。だが、今目の前にいる少女の魔力の色はどれにも当てはまらない黒。


 少女が魔法結界を解除する。辺りに黒い魔力が霧散する。


「ふーん。死んではないみたいだね。よっと」


 こちらの視線に気づいた少女がさして興味が無さそうに言葉を発する。そして、右足で血まみれの床をトンっと軽く蹴る。


 次の瞬間、辺り一帯に巨大な魔法陣が展開され、血塗れで倒れている者達の傷を治していく。


「こ、これは」「あれ、確か腕が吹き飛んだはずじゃ」と言った困惑の声が聞こえてくる。


 ガルスも自分の体を見る。千切れたはずの右腕と左足が再生していた。しかも服も鎧も完璧に治っていた。


「死にたくないなら離れた方が良いよ。というかさっさと逃げて。いても邪魔にしかならないから」


 こちらを突き放すような話し方だった。そう、ただ単に事実を述べるかのような。


「し、しかし我々には街を守る義務がある!たとえこの命尽きようとも、ただ引き下がるわけにはいかないのだ!」


 彼女が我々より強いということは本能が感じ取っている。そして、あの魔族と戦えば、間違い無く自分の命が消えることも。だが、どんなに敵が強かろうと、自らの責務を果たせないのであれば、それは死んでいるのと同じだ。


 ガルスの言葉を聞いた少女は心底面倒臭そうにハァ、とため息をつく。そして、半壊した城の反対側を指差して。


「あっちの方向に女王が逃げていくのが見えたよ。早く追いかけた方が良いんじゃない」

「そ、それは本当か!?」


 確かあの方向には王族専用の地下避難路があったはずだ。陛下はどうやら逃げていてくれたらしい。


「かたじけない。感謝する。皆の者!女王陛下の元へ向かうぞ!」

「「「了解!!!」」」


 完全回復した部下を引き連れて、陛下の元へ向かう。


「ご武運を」


 少女は早く行けとばかりに手をヒラヒラと振る。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 (ふう、ようやく行った)


 私は安堵のため息をつく。あのまま彼らに残られても足手纏いにしかならなかった。あっという間にけりを付ける自信はあるが、私の戦いを見て変な詮索をされたくなかった。


 500年前とはいえ、国は、特に神に力を与えられ、人類の為に戦ったとされる勇者を英雄と崇めている教会は、ネオの事を人類の敵としている。そのため、私の戦いを見られるわけにいかなかった。ネオが人とは違う黒い魔力を操る事を、国や教会の上層部など、一部の人間は知っている。


 そのために解放リリース:オンする時は認識阻害のある黒いネックウォーマーを装着するようにしているのだ。


「さて」


 私は目の前の敵に視線を向ける。その見た目は完全に鳥人族だった。鳥人族は魔族の中でも特にスピードが高く、群れで行動するのがほとんどだ。


 私も前世では彼らと何度か戦ったことがある。普段は温厚だが、他の種族が自分達の縄張りに侵入すると、群れが総出で襲いかかってくるのだ。そのため魔族達は彼らの群れを把握して、縄張りを避けるルートを探し出しているほどだ。


 目の前の敵の魔力を探る。


 やはり何度調べても、感じたことの無い魔力パターンだった。いや、前回の敵と同じと言うべきか。


 (あの時の狼は、人間に変身することが出来る人狼の可能性も疑ったけど、やっぱり魔力パターンが魔族のものじゃ無かったんだよね)


 今回も見た目は鳥人族なのに魔力パターンだけ不明。一体、こいつらは何なのか。思考に耽っていると


「ギシャァァァァ!!!」


 という巨大な鳴き声を轟かせながら突っ込んできた。よく見ると奴は両翼に魔力を纏わせ、ナイフのような鋭さをもたせていた。


 私は飛行フリームを使って空に飛び回避する。もしも、騎士団が残っていたら巻き添えで何人か死んでいただろう。


 そして、その結末を避けるために私はこの攻撃を真正面から受け止めるしかなく、攻撃のチャンスを逃して防戦一方の戦いを強いられていた。やはり彼らを逃しておいて正解だった。


 魔法陣を展開して中からガンモードのシュバルティネオを取り出しすれ違いざまに発砲。3発の黒い魔力弾が背中に命中。奴は少し姿勢を崩すが、すぐに上に舞い上がる。


 やはり、あの体毛は魔力を弾く効果があるらしい。弾丸が弾かれても私に焦りの感情が芽生えることは無かった。そもそも魔力量から上級魔族と同程度の力がある事を見抜いているのだ。


 前世で上級魔族どころか魔王とすら戦ったことのある私にとってこんな状況は飽きるほど経験済みだ。魔力を弾く性質があるのなら、物理攻撃を仕掛けるか、もっと威力の高い魔法をぶつければ良いだけの話だ。


 私より高所を陣取った奴は両翼に風を纏わせる。あの騎士達を切り刻んだ暴風攻撃をするつもりだ。


 私は勢いをつけ空に飛び上がる。


 あの攻撃は一定時間力を貯める必要があり、溜めている間は動くことができない。


 (なら、その間に仕留める!)


 シュバルティネオをソードモードに切り替え、地面を勢いよく蹴り空に飛び上がる。彼我の距離が数メートルのところまで縮まる。全身にみなぎる黒い魔力を刀身に集める。


 だが、私の体を嫌な予感が駆け巡る。反射的に奴と距離をとり、前方に魔力障壁を展開する。


 次の瞬間、奴の両翼から大量の風の弾丸が放たれる。弾丸は辺り一帯に降り注ぎ、私の張った魔力障壁に何10発も命中する。


 障壁には僅かにヒビが入ったが耐え切った。私は抉れた地面に着地する。


 (あっぶなー!あと少し展開するのが遅かったら完全に死んでたー。)


 あの弾丸の量はやばい。あの攻撃は攻撃と防御が同時にできる強力な技だ。しかも発動までの溜めが短い。あんなものをまともに食らったら私でも体がボロボロになる。


 私は静かに深呼吸をして再び空に飛び上がる。今度は奴のチャージ前に行動したため、風による攻撃は出来ないはずだ。


 一気に距離を詰め、斬撃を放つ。だが、その直前で距離を取られ、空振りに終わる。そして、奴は再び空を旋回する。その間にも両翼にエネルギーが集まっていく。風の弾丸を放とうとしているのだ。


 (そうはさせないよ!)


 私も奴を追従する。前方に10個の魔法陣を展開。


「行け!」


 魔法陣から放たれたのは先程の騎士団が使っていた火玉ファイアーボールだ。だが、こちらの火玉ファイアーボールは私の黒い魔力を使っているため、通常の赤色ではなく黒。そして、使っている魔力の量も彼らより圧倒的に多いので威力も上だ。しかも、魔法陣の構築に1秒とかかっていない。


 黒き炎弾が奴に襲いかかるが、直撃寸前で奴が上に急上昇し躱される。奴はこれで攻撃を避けたと思っているはずだ。


 しかし、私にとっては想定内だった。左の人差し指をクイッと上げると、火玉ファイアーボールもその動きに合わせて上に方向を変える。かわしたはずの攻撃が自分に迫っていることに気付いた鳥人族が驚きで赤い瞳を見開く。


 今更回避しようとするが遅い。黒き炎弾が全弾命中する。


「ギシャァァァァァァァァァァァ!!!!!」


 全身を黒い炎に焼かれたことで鳥人族は今日1番の悲鳴を上げる。炎がご自慢の翼にまで及び、飛行速度が目に見えて落ちる。


 私は火の紋様が描かれた赤い魔法陣を左腕に展開し、シュバルティネオにスライド。


 [エレメンタルチャージ・ファイア]


 剣が赤い炎を纏う。未だに体勢を整えられないでいる奴の両翼に剣を振るう。私の振るった剣は見事に両翼を根元から焼き斬る。奴が地面に落ちていく。だが、まだ死んでいない。私は加速して、奴を下で待ち構える。そして、


「よっと」


 魔力を右足に溜めて、思いっきり蹴り上げる。鳥人族は再び勢いよく空に舞い上がっていく。


 すぐさまシュバルティネオを[ガンモード]に切り替え、黒百合の紋様が描かれた黒い魔法陣をスライドさせる。


 [リリーネスアサルト]


 膨大な量の黒い魔力が剣全体を包み込む。キュィィィィィィン!!!という音と共にエネルギーが銃口にチャージされていく。


「これで終わりだよ」


 トリガーを引く。銃口から黒い光線が放たれた。光線は黒い軌跡を描きながら奴へと向かい、胴体を貫いた。


 グシャッ!ビジャビシャビジャ!!!


 胴体に大穴を開けた鳥人族が鈍い音と共に地面に墜落し、赤い血が降り注ぐ。私も地面に着地するがまだ近寄らない。もしも、前回の奴と同じならあれがくるからだ。


 私が次の結末を予想し、距離を取った瞬間、ブシャッと赤い血を撒き散らして奴の体が爆散する。近付いていたらあの血を全身に浴びていただろう。


「まあ、血なんて見慣れているけど、流石にもろに浴びるのはごめんだよね」


 なんて独り言を漏らしながら奴に近付く。


 やはり前回同様、血の池の中に人間が倒れていた。

 ゆっくりと覗き込むと、倒れているのが身に覚えのある人物だということに気付く。


 倒れていたのは、私がこの前森で捕まえて、現在は王城の地下牢に閉じ込められているはずのザグレイの領主だった。いや、元領主か。


 生理的に見たくは無いが仕方がなく、男の容態を調べる。まず、死んでいる。そして前回同様、私が戦闘で与えたはずの傷すら無い。


 どうして死んだのかすら掴む事が出来なかった。だが突如、私の脳裏に先日の出来事が思い出される。


 (確か私、あの時………あった!)


 男のズボンの裾を捲ると、両足に包帯が巻かれていることに気付いた。包帯を解くと、真っ直ぐに一本の切り傷があった。その傷は間違い無く、逃げる男の動きを止めるために足の腱を切った時の傷だった。一応は傷の治療がされているが、傷が深かったのか跡までは消えてなかった。


「なるほどね、怪物になる前の傷は消えず、なった後に受けた傷は無くなってる、か」


 どうやら、私の嫌な予感は的中したらしい。私はこの現象を見たことがある。


 そう、500年前に。最悪の形で。


「ふむ、ようやく気付いたみたいですね。まさかこんなに早く見破られるとは思いませんでしたよ」


 私は突如聞こえてきた声に驚きながら、声の聞こえてきた方を振り向く。


 崩れた天井のさらに上。見上げるほどの高さで声の主は浮遊しながら私を見下ろしていた。紫色のロングコートに同じ色の髪。そして、右手には紫色に塗られた大型拳銃。その青年はこちらを面白いものを見るような目で見ていた。


 その姿を見た瞬間、過去の記憶がフラッシュバックする。それは、私の人生で最も自分の無力さを呪い、転生しても未だに消えることのない後悔の記憶だった。


「お久しぶりですね。ネオ。いや、今は氷花とお呼びした方がよろしいでしょうか」


 穏やかに、そして、私が過去を思い出してこと悔恨に苛まれていることすら楽しんでいるかのような聞いた声を瞬間。


「シャドウ!!!!!!」


 私は怒りのままに雄叫びを上げながら空に駆け出していた。







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