第2話 3人でデート 3

「はい、シア。確かチョコレートで良かったよね」


 私は近くのベンチに腰掛けていたシアに黒いアイスを渡す。


「ああ、ありがとう。それにしてもよく私の好きな味を覚えていたな」

「だってシア、買い物に来るとほとんどアイス買うし、いつもチョコ味なんだもん。記憶力の悪い私でも分かっちゃうよ。それに」


 私はシアの左側に座り、好物であるチョコミントアイスを一口齧る。ミントの鼻を抜ける爽やかな香りとチョコの甘い味が口の中に広がる。そして、視線をアイスからシアに向ける。そして、左手を腰に当て薄い胸を逸らしながら得意げな顔で


「2年以上も一緒に暮らしているんだからシアの好きなものも嫌いなものも全部知ってるよ」


 すると、私の言葉を聞いたシアが不敵な笑みを浮かべながら質問してくる。


「なら、私が1番好きなものも知っているか?」

「昼寝とご飯!」


 ドカッ!


 思いっきり殴られた。どうやらハズレだったらしい。


「全く、何でこうも鈍感なんだ。この女は」


 そう言われても普段のシアの生活を見ていると、この2つが彼女にとっての至福の時間ではないかと思うほど幸せそうな表情を浮かべる。


 私の料理の技術はあの笑顔を見たいという思いがあるからあそこまで高くなったのだろう。そして、リビングのソファで昼寝をしているシアを見ると私も眠くなって隣で眠ってしまっていることがよくある。


「えーと、シア。一口食べる?」


 ため息をついているシアの目の前に私が食べていたチョコミントアイスを差し出す。


 すると、体をビクン!と震わせ、私と差し出されたアイスを交互に何度も見る。しばらくして、何かを覚悟したような表情を浮かべ、私の歯形が付いている部分を恐る恐るといった様子で1口齧る。


「どう?」


 感想を聞くと僅かに顔を赤く染めながら蚊も鳴くような声で、


「美味しい」


 と、1言口に出す。


「私のも食べるか?」


 こちらを見ることなくオドオドした感じでチョコアイスを差し出してくる。


「い、いや、別に食べたくないならそれでいいんだけど」

「せっかくだし、ありがたく貰うよ」


 私は1番近いシアの食べていた部分をパクりと食べる。


「どう?」


 私の顔が離れた事を感じたのか、こちらの方を向き上目遣いでこちらを見ながら感想を聞いてくる。シアの水色の瞳が不安そうに揺れている。


「めっちゃうまい!」


 転生してから初めて食べるチョコアイスに感動していた。


「やばいこれ、美味しすぎる。確かにシアがハマる理由が分かるかも。チョコって砂糖の塊みたいなイメージだったけど、食べてみると意外と甘さ控えめだし、カカオの香りが凄く良い」


 転生する前もチョコアイスはあったが異常な甘さと苦さでとても食べる気にはなれなかった。恐らく500年経ってチョコアイスに何らかの変化があったのだろう。


 私の言葉を聞いたシアが今までの固い顔を崩し、嬉しそうな笑顔になる。


「今度から氷花もチョコ味にしたらどうだ?」

「んー、どうしようかな。チョコも美味しいけどミントも捨てがたいんだよなー」


 確かにチョコの甘みを1番感じたいならその選択が正しいのだろうけど、そうするとミントの爽やかな香りを感じることが出来ない。


 私は残っていたチョコミントアイスと器代わりのコーンを食べ終え熟考する。


「別にチョコミントでもいいんじゃない?」


 私が人生最大の決断を迫られていると、そんな声と同時にいきなり背後から白く細い手が伸びてきて首に絡み付いてきた。


 私が後ろを振り向くと、陽気な笑顔でいたずらの成功を喜んでいるリンカがいた。


「だから!何でお前はいつも氷花にくっつきたがるんだ!とっとと離れろ!」


 するとリンカはシアをからかような口調でいなす。


「別にー。休日に知り合いと会っても抱きついたらダメなんて法律は無いでしょ」


 いつも通りすかさずシアが抗議の声をあげ、アイスを持っていない左手で、私の首に巻き付いているリンカの腕を解こうとする。


 するとリンカも負けないとばかりに力を込めてくる。憤怒に顔を染めるシアと変わらず笑顔のリンカの戦いが繰り広げられる。


「ちょ、2人共!ギブギブ!流石にまずい!」


 段々と巻き付いている腕の力が強くなる。当然、私の首が絞まる。リンカの腕をパンパンと叩く。


「「あ」」


 2人が声を揃えて、やっちまった、とでも言いたそうな声を出す。私の顔が青くなっていることに気付いた2人が慌てて腕を離す。


 そして、何事も無かったかのようにシアが元の位置に戻り、私の左側に座る。


「はあ、はあ、はあ、」


 ようやく自由になった喉で大きく呼吸をして足りない酸素を補給する。呼吸が落ち着いてきたのでリンカを見る。


 今日の彼女はいつもの王族用のドレス姿ではなく、ミントグリーン色のシャツに黄色いカーディガン、ミントグリーン色のロングスカートにピンク色のヒールといった夏らしい爽やかな服装だった。


 だが、あまり見たことの無いリンカの私服よりも私の目が止まったのは、太陽の光を浴びて輝く腰まで伸びる黄金の髪だった。いつもはそのまま下されているが、今日は1つに括られ、ポニーテールになっていた。いつもと違い、年頃の女の子らしい姿に思わず見惚れてしまっていた。


 って、いかんいかん。ジロジロ見ていたら不審がられる。私は誤魔化すように早口で話す。


「久しぶり。って程でもないか。女王さまが護衛もつけずに出歩いてもいいの?」

「あはは、大丈夫だよ。ちゃんと氷花から貰ったネックレス付けてるし」


 そう言ってリンカは首に付けていた白いネックレスを見せてくる。


 そして、途端にいたずらな笑みを浮かべ、からかうような口調で言葉を重ねる。


「あれれ、もしかして心配してくれてるの?もう、こんなに心配してくれるなんて。私困っちゃう」

「うん。普通に心配だったよ」

「ほえ!?」


 リンカが目を見開き、心底びっくりしたような表情を浮かべる。


「確かに女王だってことは誰も気付かないかもしれないけど、そのネックレスはあくまで、リンカが女王だって事を認識させないだけで顔はそのまんま見えるんだからね。こんな可愛い女の子が歩いてたら路地裏に連れ込まれてアウトなんだから」

「そ、そう。へえ、心配してくれてたんだ」


 まだ、驚きが抜けないのか、カーディガンの袖をにぎにぎしている。


「女の子ってそいつ確か20歳超えてただろ」


 シアが呆れた様子で呟く。


 すると、先程までモジモジしていたリンカが身を乗り出して、反対側にいたシアの両頬をムギューと引っ張った。


「シーーーアーーー」


 今まで聞いたことの無い怨嗟のこもった声が聞こえる。角度的に私からはリンカの顔は見えないが、シアがガクガクと震え、若干涙目になっている。


 そういえば、この前リンカの部屋で話していた時、あと少しで21歳、って暗い顔で話していた気がする。


 それにしてもいつも笑顔が絶えないリンカがここまで怒るなんて。シアは彼女のとんでもない地雷を踏んでしまったらしい。


(私もリンカだけは怒らせないようにしよ)


「今から時間ある?リンカ」


 取り敢えず話題を変えよう。このままではシアの頬が千切れてしまう。


「うん、私は大丈夫だよ」


 頬を引っ張っていた手を離し、こちらに顔を向ける。いつもの笑顔に戻っていた。シアは頬が千切れてないか、触って確かめている。


「なら、3人でデートに行かない?」

「デ、デート?!」


リンカが顔を真っ赤にしてあたふたと手をバタバタさせる。


(あれ、デートって確か、仲の良い友達が一緒に買い物に行く事だよね。だから、シアも私を誘ってくれたはずなんだけど)


「待て、氷花!どうしてそうなる!!」

「どうせならみんなで遊んだ方が楽しいじゃん」


 私はあっけからんとした口調で答える。さっきは休日と言っていたが、恐らく城を抜け出してここに来たのだろう。


 先程から私服を着た、王国兵が何人かうろついている。一般人に紛れているつもりだろうが、魔力量が明らかに高いし、隙のない一挙一動が不自然すぎる。


 ネックレスの力で見つかりはしないだろうが、私といた方がもしもの時に対応しやすい。


「どうする?」

「うん!もちろん一緒に行く!」


 右手をあげ、嬉しそうな笑みを浮かべ、勢いよく立ち上がる。


「はい、氷花」


 そう言いながら私に右手を差し出してくる。


「え、何?」


お手?


「だってデートなんでしょ。だったら、手を繋がなきゃ」


 私の問いにさも当然の事のように答えを返してくる。500年前はこんな決まりは無かったような気がする。


 (まあ、友達がほとんどいない私は前世でも誰かと遊んだことはなかったけど)


「分かった」


 私は彼女の細く、小さな手を握る。


「ほら、シアも」


 私は頬を膨らませているシアに空いている右手を差し出す。


「3人で仲良く楽しもうよ」


 少しの間の後、残っていたコーンを食べ終え、手をパンパンとほろい、私の手を握ってくる。


「全く、お前は本当に。何でこんなに鈍感なんだ」


 口では文句を言っているが顔には隠しきれない嬉しさが滲んでいた。


 こうして、今日のデートは私とシアとリンカの3人で行くことになった。

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