第1話 氷花、登場 4

 私は500年前、あの戦いの後すぐに転生した。どうしても転生しなければならない理由があったのだ。


 転生は成功した。

 なぜか女として。


 生まれた時から前世のネオの記憶はあったが、現代でもネオを人類の裏切り者として恨んでいる人間はいる。そのため自分の正体を隠し、普通の女子として生活していた。


 ふと、リンカを見ると昔を懐かしむような顔をしていた。


「どうしたの?」

「あ、うん。私と初めて会った時の氷花を思い出してたの」

「そういえば、リンカと会った時はまだネオの性格だったもんね」

「うん。まさか、あの無愛想で寡黙な人がここまで変わるなんて思わなかったよ。髪もこんなに長く伸ばしてさ」


 そう言いながら私の髪を優しい手付きで撫でる。そのゆっくりとした手付きにくすぐったさを感じて身を捩る。だが、不思議と嫌な気はしなかった。シアが紅茶を啜りながら不機嫌そうな目でこちらを見ている。


「この髪型もリンカが」


 そこまで言葉を出したところで街の方から巨大な魔力を感じた。


「何だ、この魔力は」


 シアが鋭い言葉と共に目線を窓の向こうに向ける。どうやら私の感じた魔力をシアも感じたようだ。


「どうしたの?」


 状況が掴めていないリンカが私に問いかけてくる。


「今まで感じたことの無い種類の魔力が街の方から感じるの。しかもこの魔力量は上級魔族と同じくらいのね」

「氷花、急いだほうがいい。魔物の魔力まで感じるぞ」

「街の方に行ってみる。リンカはすぐに城にいる騎士を呼んで城から1歩も外に出ないで」


 私は早口でリンカにまくしたて窓から飛び降りる。


「ちょ、氷花!」


 部屋からリンカの驚きと戸惑いの声が聞こえるがあまりの異常事態に答える余裕は無かった。


 私とシアは飛行フリームの魔法を使い魔力の発信源に向かう。


 いた。


 やはり自分の目で見ても信じられなかった。大勢の人々が行き交う街の広場には10体の赤い眼に茶色い毛並みの狼の魔物がいた。狼は近くにいる人に襲いかかっている。


 ファストウルフ


 高速で移動し大きな牙で相手の喉に噛みつき一撃で仕留める戦法が得意な魔物だ。


 主に森に生息している魔物だった。確かに強力な魔物だが、王国の騎士や兵士レベルなら討伐は容易なはずだ。それなのに町のいたる所に、喉から血を噴き出している死体が転がっている。


 今も多くの人々が城を目指して逃げている。


「氷花、あれを見ろ」

《ルビを入力…》

 シアが指を差した方向を見る。するとそこには2足歩行する灰色の狼がいた。


 身長は2メートルほどと巨大で、黒ずんだ赤い眼が不気味に光っていた。そして、灰色の狼の周りにはたくさんの騎士や兵士の死体が転がっていた。巨大な爪で抉られたものや、体を切断されたものまであった。


「なるほどね、ここまで被害が出た理由が分かったよ。ファストウルフだけじゃここまでの被害は出ない。王国の騎士や兵士なら簡単に倒せるレベルだし数もそこまで多くない」

「あの正体不明の化け物が原因というわけか」

「多分ね」


 私とシアは狼の群れと逃げ惑う人達の間に降りる。


「手を貸そうか?」


 シアの問いかけに対して


「いや、こっちはどうにかなりそうだから、シアは避難のサポートをお願い」


 街にいる魔物は目の前にいる個体で全てだが、今は何が起こるか分からない状況だ。避難者達にシアが付いていればこちらも安心して戦える。


「分かった。こちらは任せておけ」


 シアが再び空に飛ぶ。


 さてと、


 私は息を深く吸い吐き出す。そして、


解放リリース・オン


 という叫び声と同時に私の体から黒い魔力が噴き出し、首元に黒いネックウォーマーが出現し、口元を隠す。


 そして、展開した魔法陣の中から[シュバルティネオ]を取り出す。


 刀身の奥に銃口があり、持ち手の部分にトリガーが取り付けられている珍しい形をした漆黒の長剣だった。


 狼達が一斉にこちらを見る。どうやら私を獲物と認識したようだ。上等。


「さあ、ハッピーエンド、迎えるぜ」


 その瞬間、灰色の狼が「ヴガー!!!」という雄叫びを発し、狼の群れが一斉に襲いかかってくる。


 まず2体が建物の壁を走って来る。


 そして、こちらに飛びかかって来たところを漆黒の長剣で切断。2体の狼の首が、ドチャ、という汚い音を立てて地面に落ちる。


 同じく左右の壁を伝って飛びかかって来た後続の2体のうち右側の狼を右足の横回転蹴りで壁に吹き飛ばし、左から襲って来た狼は、左手で首を掴み、先程吹き飛ばした狼に向かって投げる。


 すぐさま[シュバルティネオ]の持ち手の部分を折り曲げ、銃形態に変形させる。


[ガンモード]


 そして、2体の狼がぶつかった瞬間、発砲。


 放った1発の弾丸が2体の狼を貫き絶命させる。

 ついでに、今飛び上がった狼も撃つ。絶命。


 残りの狼が怯んだ隙に高速で接近。撃つ、蹴る、撃つ、蹴る。4回の攻撃で残り6体を仕留める。


「さて、後は君1人だけだよ」


 挑発するような言葉を放ちながら、シュバルティネオを灰色の狼に向ける。これに対して、


「グルアァァァァァ!!!!!」


 という苛立ちの声を上げながら襲いかかって来る。さらに、両手の爪が巨大化する。


 突っ込んでくる速さは先程の狼とは比べ物にならないほどに早い。しかも、あの爪は奴の魔力を大量に纏っているため、生半可な武器や防具では役に立たないだろう。


[ソードモード]


 剣形態に変形させ、受け止める。


 キイィィィィンという金属同士がぶつかったような音が辺りに響き渡る。


「うわ、君すごいパワーだね。一瞬押されちゃったよ」


 その言葉に嘘は無かった。油断していたとはいえ、一瞬押し負けた。そんな相手は前世でも今世でも珍しいことだった。


「お礼に面白いものを見せてあげるよ」


 私は左手に風の紋章が描かれた魔法陣を浮かび上がらせる。そして、刀身にスライドさせる。


[エレメンタルチャージ・ウインド]


 剣が緑色の風を纏う。狼が一瞬怯んだ隙に切り上げる。狼が暴風によって空高く吹き飛ぶ。私も飛び上がり、クルクルと回転している狼を風の刃で何度も切る。


「せーの!!」


 トドメとばかりに剣を大きく振りかぶり狼を地面に叩きつける。私も地面に着地する。そして、余裕の表情で剣をクルクルと手元で回す。


「これで終わりにしよっか」


 今度は黒百合の紋様が描かれた黒い魔法陣を左手に浮かべる。そして、それをスキャン。


[リリーネスアサルト]


 漆黒の長剣が黒い魔力を纏う。だが、その量は先程まで纏っていた魔力とは量が桁違いだった。


 私の使っている緑の魔法陣は風の属性付与。けど、この黒の魔法陣は一時的な魔力の限界突破。


(つまり、いつもより何倍もの威力を秘めた攻撃が出来るってこと。)


 灰色の狼が起き上がった瞬間、走る。そして、


「ゼアーーー!!!」


 気合の声と同時にすれ違いざまに巨大な黒き魔力の刃で2足歩行の狼を一閃。腹を切り裂かれた狼は悲鳴を上げることなく絶命。


 息を整えて解放リリース:オンを解除する。


 ネックウォーマーが消滅し、魔力も元の水色に戻っていく。後ろを振り向いて、灰色の狼の元に歩いていく。狼はうつ伏せの状態で自分の血の池に沈んでいた。


 赤い血。


 わずかに驚いた。もしこいつが魔物だったら黒い血が流れていただろう。


 だが、こいつが流しているのは人間と同じ赤。


 すると、狼の体が破裂した。咄嗟に魔力障壁を全身に纏う。辺りには狼の赤い血が撒き散らされていた。あと少し障壁の展開が遅かったら血まみれになっていただろう。


「え?」


 今度は驚きが隠せず声が漏れる。先程まで灰色の狼が倒れていた場所に目を閉じた人間の男が血まみれで倒れていた。


「マジで?」


 予想外の光景にもうこれしか言えなかった。

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