第1話 氷花、登場!

ザグレイ周辺の森を1台の竜車が通っていた。


 荷台は大人が5、6人は入るくらいの大きさで、あちこちに豪華な飾りが付けら、2頭の地龍が引っ張っていた。


 一般的に荷台を引く役割をするのは馬だ。だが、王族や高位の貴族、名の通った行商人は安全性と速度が馬より上の地龍を使う。購入価格は馬より遥かに高いが、力が強く大量に荷物を運ぶことができ、人間の護衛を雇う必要もない。かがんだ状態でも大人の背丈より大きい地龍がいる馬車を襲う盗賊もいないだろう。


 そして今、馬車にいる男も同じことを考え地龍を購入した。


 脂まみれの顔、大きめのスーツを突き破らんばかりの腹。この男がザグレイの領主だ。この領主はザグレイの全市民が知るほどのクズだ。というよりやっていることが大胆かつ頻度が多いため、街にいるだけで知ってしまうのだ。重い税金を国民に課し、気に入らない人間がいれば自前の傭兵を使って殺し、気に入った女は攫い、自分の物としていた。


 今も馬車の中にお気に入りの女を3人も連れ込み、移動中の暇潰しに勤しんでいた。女達の瞳は生気を失い、ただの遊び道具となっていた。領主というだけあって市民が改善の訴えや攫われた女の捜索の依頼を軍に出してもすぐに握りつぶされてしまう。

街は荒れ果てどの市民も暗い顔をしている。


 だが、この男はそんなことを歯牙にも止めない。自分は高貴な存在だ。下等な市民は自分の利益の為に一生働き続ければいい。彼はそんなことを平気で思っているようなクズだった。


 彼は今、街から遠く離れた場所で行われる商談に向かっている最中だった。彼はほとんどの仕事を信頼できる部下にやらせていた。金と女さえ与えておけば忠実な部下として働いてくれる。そんな彼が自ら向かうのはその商談がそれだけ重要だということだ。


 これから自分の成功を想像し、脂肪に押され細くなった目をさらに細くし笑った。


 だが、その直後、竜車が激しく揺れた。その衝撃で頭を思い切りぶつけ舌打ちをしながら怒声を上げる。


「何だ、何があった!!」


 するとすぐさま荷台の後ろにいた護衛がドアをこじ開け、


「地龍が何者かに殺されました」


 慌てた様子で告げる。それを聞いて領主も慌てて外に出る。するとそこには、首を切り落とされ地面に倒れる地龍がいた。普通の冒険者ですら苦戦する地龍をこんな一瞬で倒せる者など聞いたことがない。護衛も領主も驚きで声すら出せなかった。


「へぇ、やっぱり噂通りの悪人だったみたいだね」


 この場には似合わない明るい女の声が聞こえる。


 振り向くとそこには腰まで伸びた黒髪をツインテールに結び、黒いロングコートを着た黒い瞳の少女がいた。


 街で見かけたなら迷うことなく自分のコレクションにするほど顔の整った少女だった。


 だが、右手に持っている剣と頬に付いた地龍の赤い血を見て、そんな思考など一瞬で吹っ飛んだ。

あの女はヤバい、逃げなければ。領主の判断は迅速だった。


「お前達、アイツを食い止めろ!!!」


 三人の護衛に命令し、自分は一目散に逃げ出した。ドスン、ドスンと重い足音を鳴らしながら走る、走る。後ろの悪魔に追いつかれないように。


 だが、数秒走ったところで転んでしまった。再び歩き出そうとするが足が動かない。自分の命令を聞かない忌々しい足を見ると、足の腱をスッパリと切られ血が溢れていた。遅れてやってくる途方もない激痛。


「ヒャーーーー!!!」


 あまりの痛みにただ悲鳴をあげる。いつの間にか少女が自分に近づき剣を振るったのだ。


「君の護衛ならあそこで死んでるよ。全く、領主のお抱えの護衛だから少しは期待したのにガッカリ」


 後ろを見ると、確かに先程の地龍の様に首を切断され、血の池を作る護衛の死体があった。人を殺したというのに何も感じていないように少女の口調は軽快だった。


「ま、まて!金ならいくらでもやる、良い男も知っている。全てをやろう!!!だから、」

「だから、助けて、か。残念だけどお金は自分で稼げるし、私、恋愛対象が女だから」

「なら!」


 更なる命乞いをしようとしたがその前に少女が剣を振るった。


 そこで領主の意識は途切れた。


「終わったのか、氷花」


 馬車から捕らわれていた女を外に出し、毛布を被せていたもう1人の少女が声をかける。


 こちらは氷花と呼ばれた少女と対比するかのように、白銀の髪をしていた。腰まで伸びた髪が白いワンピースと合わさり、可憐さを感じさせる。そして、何よりも特徴的なのは、輝く水色の瞳だった。一切の澱みが無く、透明感のある瞳だった。


「うん。こっちは殺さずに生かしておいたよ。そういう依頼だったし。まぁ、ビビって気絶しちゃってるけど」


 刀身でペシペシ叩くが気絶していて動かない。


「なら、とっとと帰るぞ。あそこにいる奴らも連れていかないとだしな」


 頭を振り、捕らわれていた女達を指す。その表情からは一切の同情が感じられず気怠げな表情だった。


 よっこいしょ、と、氷花が領主を担ぐ。そして、白銀の髪の少女と捕らわれていた女達を側に寄せ、


転移テレポート


 氷花の足元に魔法陣が出現し徐々に登ってくる。そして、シュン、という音を残して魔法陣の中にいた者が全員消えた。





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