第28話いざ決戦へ

 それから、お兄様の計画について二人で簡単に話を聞いた。

 舞踏会。ラインハルトを断罪するための舞台。


 それから、私の未来視の結果についても話した。ギルバートが死ぬ未来。

 同じく未来視のできるお兄様は、能力に人並み以上に理解がある。

 

「そう言った未来が視えたのなら、なおさら私の策に乗った方が良いでしょう。このまま襲撃を受けるだけではジリ貧です。こちらから行動すれば未来を回避できるかもしれません」


 

 


 

 説明を終えると、お兄様は「それは後は婚約者同士お二人で」と言って部屋を出ていった。

 それを見届けると、ギルバートは大きくため息をついた。彼らしからぬ疲労を感じさせる態度だった。

 

「随分お疲れのようですね、ギルバート様。……すいません。私が倒れたせいですね」

「いいや、お前のせいじゃない。まあ、俺はお前が突然倒れたからかなり動揺したがな。……まったく、心配したぞ」


 珍しく素直な言葉だ、と彼を見上げると、鋭い瞳が優しく緩んでいるのが見えて心臓が跳ね上がる。そういう目は、ズルい。本当に心配してくれていたのが一目で分かってしまうではないか。


「エレノアが気絶している間の襲撃は、ブラッドストーン公爵が来てからは危なげなく撃退してくれた。彼の護衛の騎士も優秀でな。正直助かった」

「それにしては随分とお疲れの様子でしたが……」

「そっちは気疲れだ。お前の兄といるのは結構疲れる」

「そ、そうですか……?」


 どうやら、彼はわりと腹黒いところのある兄のことが苦手だったようだ。


「別に罵倒されたとか冷たく接されたとかそういうことじゃない。ただ、公爵の瞳は常に俺を見ている、というか監視していることが伝わってくるな」

「なんでしょうか。ギルバート様の悪い噂を聞いたとか?」

「いや、多分お前の婚約者になった俺のことを見定めようとしているんだろう」


 ギルバートはやや遠い目をした。


「……お、お兄様はやや妹を大事にしすぎる傾向のある方なので」


 私のことになると微妙に周りが見えなくなるのは彼の数少ない欠点だ。

 幼い頃はむしろ私を毛嫌いしていたように見えたが、いつの間にかあんな感じになっていた。

 

「公爵と接している時のエレノアは、俺の見たことのない顔をしていたな」

「あまり普段と変わらないと思っていましたが、そうでしたか?」


 なんだろう。変な表情とかしていただろうか。


「ああ。家族の前だから安心していたな」


 彼はそれだけ言うと、ふい、とどこかを向いてしまった。

 ちょっと不機嫌そうな様子は滅多に見ないものだ。それがなんだか可愛らしくて、私は微笑ましい気分になってしまう。


「俺も、お前にあんな顔をさせないとダメだなと思った」

「え?」


 言葉は聞き取れなかった。

 彼はそれ以上何も言う気はないらしく、私に無言で近づいてくると頭を乱暴に撫でてきた。


「ちょっ……ギルバート様!?」


 きゅ、急に接近されると困るのですが!? 頭に乗った大きな手の感触がひどく心地よい。


「エレノアはもう少し休んでいるといい。あの腹黒い公爵様の策に乗るためにちゃんと準備しておけよ」 


 よく見れば彼の耳がほんのり赤い。慣れないことをした照れが彼にもあったらしい。


「急に可愛いところ見せないでくださいよ」


 私の呟きは誰にも聞きとがめられることはなかった。



 

 

 お兄様は舞踏会の準備で忙しいようだ。

 説明を終え、私たちの状況をだいたい把握すると、最後にギルバートの肩をぽん、と叩き「頼みましたよ」と言い残した。

 屋敷にはほとんど騎士を残さない分、各地で急増した賊に対応しているホークアイ領の騎士たちの援護をしてくれるらしい。

 おそらく、彼なりにギルバートの領分に踏み込まないように気を遣ったのだろう。

 

 お兄様はどうでもいい人間には何も任せない。優しさに見えるそれは、実際のところ冷酷で合理的な思考だ。

 ギルバートのことを信用に足る人物だと思ったから、私を守らせることにしたのだろう。



 

「エレノア、準備はできたか」

「ええ、ばっちりです。ギルバート様も準備は完了しましたか?」


 あれから数日。私たちはお兄様から招待状の届いた舞踏会へと向かうために準備をしていた。

 私の目の前の扉の向こうでは、ギルバート様が着替えを終えたらしい。ドアが開き彼が出てくる。その姿に、私は思わず息をのんだ。


「……なんだエレノア。じろじろ見られると変な気分なんだが」


 彼のグレイの短髪は、きっちりと整髪剤で整えられていた。普段のぶっきらぼうでぞんざいなイメージとは大きく異なり、貴族然としている。

 オールバックが彼の顔の迫力を増し、野性的な魅力を引き立てている。

 普段は動きやすさ重視の服は、汚れ一つない一張羅に変わっている。黒を基調としたジャケットは一見地味にも見える。しかし襟元や袖口など端々を彩る装飾は金色の輝きを放って、彼の存在を引き立たせている。

 ぴっちりとしたパンツが彼の足の長さを強調していて、見事な光沢を放つ革靴まで隙がない。


「び、びっくりするくらい似合ってますね……」

「あ、ああ。エレノアがそう言ってくれるなら安心だ」


 二人して照れくさくなりぼそぼそと話す。


「エレノアも、その、似合っている。本格的なドレス姿は初めて見たが、美しいな」

「ッ……あ、ありがとうございます」


 直球な褒め言葉は、すべて本音のようだった。いつもは鋭い視線は優しく真っ直ぐにこちらを見つめている。

 ギルバートの視線から逃れるように、私は自分のドレスに視線を下した。


 私の赤目と対照的な、濃い青色のドレスだ。上半身を包む生地には、ところどころに可愛らしいレース。上品で、そして己こそがこの場の華であると強調しているようだった。

 コルセットでキュッと締まった腰から下は、ふんわりと広がるスカートが足元まで覆っている。高いヒールの不安定さが久しい。


「美しいお前に釣り合う人間に見えるよう、俺も努力するとしよう」


 ギルバートは軽く笑うと、私に手を差し伸べてきた。

 ちょっとだけ頬を熱くしながら手を掴む。

 

 用意された馬車に乗って、私たちは王城へと向かった。

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