第21話お茶会の練習
ギルバートの言うお茶会とは、貴族同士でよくやるような、紅茶を飲みながら雑談するもののようだった。
手が空いたらしいコレットに声をかけてお茶会の準備をしてもらう。
紅茶、茶菓子は屋敷にあったものを使用する。コレットが選定するのかと思いきや、その作業はギルバートも口を出していた。
なんでも準備段階から一度やっておきたいそうだ。
「お茶会と言っても色々なケースがあります。気心の知れた友人とまったり過ごすもの、身分が上位のものをもてなす場合、それと社交の場として腹の探り合いをするものでは随分と勝手が変わってきます。ギルバート様が想定しているのはどんなお茶会なのですか? どんな人をもてなそうと思っているのですか?」
「ああ……そうだな、相手はかなり格の高い貴族で、それなりに友好的な関係を結べている……と思う。腹を探り合うというよりむしろ相手との親交を深めるようなものだな。俺は一般的な貴族の好みが分からないので、上手く喜ばせる自信がない」
「あら、随分と具体的なシチュエーションですね。何かそういった予定が?」
「まあな」
珍しく彼はそれ以上のことを口にしようとしなかった。その様子に少しだけ違和感を覚えるも、とりあえず話を先に進める。
「準備段階についてはコレットに聞いたのなら問題ないでしょうね。今テーブルの上に並んでいるものに問題はないと思います。実際のお茶会の際も、コレットに声をかければ協力してくれると思います」
後ろに控えて私たちの会話を聞いているコレットの方をちらりと見える。彼女はなんだかニヤニヤした顔をしていた。
コレットは私が王城で位の高い貴族とお茶会をする際の準備にも携わっていた。いわばお茶会準備のプロだ。
ただ、実際にどんな会話をするかとか、ホストとしてどんな雰囲気づくりをするのかなどは私の方が詳しい。
なんだか楽しくなってきた。
自由にしていい、と言われても何をすればいいのか分からなかったが、ギルバートのために何かできるなら私は幸せだ。
「では、私が具体的にどんな風に相手をすればいいのかお教えしましょう。礼儀的にはまず――」
「お嬢様」
張り切ってレクチャーを始めようとした私に、コレットが声をかけてきた。
いつもはメイドとして前に出ないようにしている彼女らしからぬ行動に違和感を覚えながら、私は彼女の方を向く。
「ギルバート様は基本的な流れについては理解しているようです。実際にお茶会の形式で会話とお茶を楽しみ、その中で問題点があれば都度指摘するという形にしてはいかがでしょうか」
「まあ、コレットがそう言うのなら」
ギルバートの方をちらと見ると、彼も異存はないようだった。
小さく頷くと、ギルバートはいつものぞんざいな口調とは少し違った態度で話し始めた。
「エレノア様。本日は私との茶会に出席いただいて感謝の言葉もありません。ささやかながらおもてなししますので、こちらへどうぞ」
ギルバートは私の前の椅子をそっと引いて、私に着席を促した。
……急に普通の貴族みたいな話し方をされると戸惑ってしまうな。ギャップがちょっといいなと思ってしまうではないか。
「失礼致します」
私が席に座り、遅れてギルバートが席に着く。
「なんだか随分と硬い雰囲気ですね。印象としては初対面に近い相手と接しているような感じです」
「なに、そうか?」
ギルバートは少し首を傾げた。
その様子を後ろから眺めていたコレットが口を開いた。
「ギルバート様の想定する相手であれば、もっと気軽に話していいと思いますよ。そもそも楽しむためのものなんですよね? お相手もきっとそこまで固いことは言わないと思います」
「なるほど。助言感謝する」
ギルバートの雰囲気が幾ばくか和らぐ。
「エレノア様。紅茶をどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
カップをつまみ、ゆっくりと啜る。
「美味しいですね。初対面の時の水同然の紅茶とは大違いです」
「おい、一言余計じゃないか?」
ギルバートが抗議するように私を睨んだ。
それに対して、私はわざと嫌な笑顔を浮かべてみせた。
「あらあら、初対面の婚約者にまずい紅茶を出したこと、その後机を蹴り上げて私に紅茶をひっかけようとしたこと、私は忘れていませんことよ?」
「お嬢様……それはもしかして王城の嫌な貴族の真似でしょうか……」
コレットが呆れたような声を出す。
私は嫌な笑顔を引っ込めてギルバートに語りかける。
「ギルバート様。貴族の中にはこういう人種もいます。ついかっとなって机を蹴り上げてはなりませんよ?」
「いや、しないが……」
ギルバートがコレットと同じような呆れた声を出す。
「茶菓子も用意しております、ぜひお召し上がりください」
「ええ、いただきます」
クッキーを一つ口に運ぶ。
サクサクという食感と共に、上品な甘さが口にじんわりと広がる。
「こ、これ美味しい……!」
思わず口に出してしまう。
それを見たギルバートが、にやりと笑った。
「お気に召したようだが、お貴族様」
「ええ、そうですね」
ちょうど私の好みの味だった。
「コレットに聞いたかいがあったな。今度機会があればまた買っておこう」
「ええ。この味なら位の高い貴族でも満足するかと」
さすが私のメイド。センスが良い。
そう思って彼女の方を見ると、またニヤニヤという笑顔でこちらを見ていた。なぜだろう。
ギルバートが紅茶に口をつける。そして、音を立ててカップを置いた。
「ギルバート様。ティーカップは音を立てて置くものではありませんよ。もうちょっと慎重にカップを置くべきでしょう」
「ああ、分かった」
ギルバートが小さく頷く。ちょっと口うるさかったかな、と彼の表情を見るが案外楽しそうな顔をしているので一安心する。
「エレノアはお茶会でいつもどんな話をしていたんだ?」
「私の場合はほとんど女性との会話でしたからね。服飾の流行、貴族の噂話などが主でしたね」
「エレノアはそういうのが好きか?」
「私ですか? いえ、どちらも必要な知識なので聞いていましたが、好みで言えばそんなには」
それは必要な情報なのだろうか、と思いつつも素直に答える。
「そうか。ではエレノアはどんな話が好みだ?」
「あまり好みで話をしていなかったですが……」
迷ってしまう。どう答えればいいのか、咄嗟に思い浮かばなかった。
沈黙が続いたのを見て、コレットが口を開いた。
「私が見るに、お嬢様は家族の話をする時が一番楽しそうでしたよ」
「なるほど。そう言えば俺の家族の話はしたがエレノアの家族の話は聞いていなかったな。故郷にいた頃によく話していたのは誰だったんだ?」
ギルバートがコレットの話を聞いて私に質問をしてきた。
まあ、家族の話ならお茶会の話題としても妥当だろう。そう思って私は素直に質問に答えた。
「私の場合は義理の兄、バージルお兄様ですね」
「ああ、音に聞くブラッドストーン公爵だな。辺境の俺も噂くらいは聞いている」
「ええ。腹違いの兄である彼とは本来もっと微妙な関係になってもおかしくなかったのですが、彼は本当に私によくしてくれました」
私は未来視の魔眼をおばあ様から継承したのに対して、お兄様は魔眼を得られなかった。
しかし、彼は未来視の力を魔道具の力を借りて行使できる。
「ブラッドストーン公爵は未来視で敵の動きを先読みし剣を振るうため、戦場では無敗と聞く。エレノアと同じような能力を持っているということなのか?」
「いえ、お兄様は私ほど先の未来は視えません。魔道具の力を借りて敵の次の行動を予知しています。けれど、お兄様は剣術に優れた武人ですのでそれで十分なそうです」
彼が若くして多くの功績を挙げているのは、未来視の力をうまく使いこなしているからだ。
「純粋な身体能力が必要なので私には無理な芸当ですね」
同じように未来視の力を得て、私は知力を、お兄様は武力を磨くことを選んだ。同じ力だが、その活用方法は全く違う。
より遠くの未来を視れる私は、政などを、限定的な未来視を持つお兄様は自分の武力を活かすために使った。
「人格的にはどんな人なんだ?」
「優しいですよ。生意気な妹だった私の言うことをなんでも聞いてくれる人でした」
優しい表情をして、幼い私の話をよく聞いてくれた。
5つも年が離れているので、下手したら両親よりも頼りにしていたかもしれない。
「生意気な妹のエレノアか……あまり想像がつかないな」
「ふふ、そうですか? 今でも結構生意気な女ですけどね」
元婚約者のラインハルトは、自分の行動に私が口を出すことを嫌ってよく「生意気だ」と言っていた。
「王城に行ってからは家族と交流はなかったのか?」
「ほとんどなかったですね。義兄は騎士団を率いてあちこちを転々としておりましたし、両親は領地にいましたから。文通はしておりましたが」
「そうか……家族と会いたいか?」
ギルバートの視線が私を貫く。その目は、私の本音を見極めようとしているようだった。
「会いたいと言えば会いたいですが、別にそれほど恋しいというわけではありませんよ。私はこの領での生活が結構好きですからね」
久しぶりに家族の話をして、彼らのことを思い出す。
「ただ、私の追放の話は家族に伝わっているはずですから何かしたのアクションがあるかもしれない」
特に兄は過保護な面がある。下手したら私を心配してこの領まで押しかけてくるかもしれない。
「ギルバート様。兄が訪ねてくることがあったら、お願いしますね」
「ん? ああ」
「たまに思い込みが激しいところがあるので、ひょっとしたら会話が困難かもしれませんが……」
「待て。エレノアの義兄はどんな人なんだ?」
「……優しい人ですよ。私には」
「不安になる言い方だな……」
楽しくなってついつい話過ぎてしまった。私は喉を潤すために紅茶に口をつける。時間の経過でわずかにぬるくなっている。
「すいません、いつの間にか普通のお茶会みたいに話してしまいました。ギルバート様にお茶会のやり方を教えるんでしたよね」
「いや、それは実はどうでもいい」
「…………え?」
思わぬ一言に、私は固まる。それでは先ほどまでのやり取りの意味はいったい……
困惑する私の様子を見て、背後に控えて黙っていたコレットが楽しそうに口を開いた。
「ギルバート様はただお嬢様とお茶会したかっただけみたいですよ」
「え?」
「……」
ギルバートが黙って視線を横に逸らす。
「お嬢様のような貴族が喜ぶことが分からなくて、とりあえず思いついたのがお茶会だったそうです。でも正式なお茶会のやり方なんて分からないので、練習という形でお嬢様に頼んだみたいですよ」
ギルバートは気まずそうに顔を逸らして紅茶を飲んでいた。
その様子に、私はおかしくなって笑ってしまった。
「フフ……あはははは! ギルバート様、別にそんなこと言わなくてもお茶くらいいくらでもしますのに!」
口を押えて笑う。ギルバートの不器用なやり方が面白くて、笑いが収まらない。
ああ、面白くて、恥ずかしい。彼が私のことをこんなに真面目に考えてくれているのが恥ずかしい。
「ギルバート様、それこそ婚約者と仲良くなるためのお茶会ならそんなに固いものじゃなくていいんですよ。私と、今からお茶を飲んで茶菓子を食べてお話するんです。マナーなんていりません」
私はしきたりなどを気にしない方だ。
「楽しいお茶会に必要なのは心意気だと思います。相手をもてなして、楽しい時間を過ごそうとする態度こそが必要なものだと思います。そう言う意味では、今日は私はすごく楽しかったですよ」
表情を緩めて、ギルバートに微笑みかける。私のできる最大限の感謝を伝えるためだ。
それを見たギルバートは、ほんの少しだけ頬を赤らめると顔を隠すようにカップを自分の口に持ってきた。
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