第19話私のヒーロー
「任せろと言っただろう」
ギルバートの剣が斧を弾き飛ばす。
子どもの命が間一髪で救われる。
その光景を見た瞬間、私の胸がバクバクと激しい鼓動を始めた。
私を救ってくれるヒーローなどいない。
王城から追い出された時に、私はそう確信したはずだった。
私は誰よりも力に恵まれた。魔法が失われつつある現代で、未来を視ることができる魔法使いとして生を受けた。
だから私は救う側なのだ。救われる、助けられるなんて望んではいけない。
そう自分を戒めたはずなのに、こんな風に助けられてしまったら決意が揺らいでしまいそうではないか。
「て、テメ……」
「うるさい、寝てろ」
斧を吹き飛ばされた男が体勢を整えるより早く、ギルバートの剣が閃き男を吹き飛ばす。
「……ふう」
「ギルバート様…!」
剣を携えた彼の元に近づく。助け出された子どもは、泣きながらも母親にしっかりと抱き止められていた。
彼になんと、どう感謝を伝えたらいいのかわからなくて、無言で佇んでしまう。
黙って彼を観察すると、その立ち姿が普段とは少し違うことに気づいた。
「もしや、怪我をしているのですか?」
「……よく見ているな」
彼が少し気まずそうな顔をした。
視線を下に逸らせば、彼の服には薄っすらと血がついていた。返り血がほとんどのようだが、脇腹のあたりは内側から血が染み出ている。
「すぐに治療を……」
「いや、待て」
ギルバートが、街の側、住民たちが革命戦線とにらみ合いをしているのとは逆方向に目を向ける。
そこには、新しい一団がいた。精悍な顔つきをした男女の集団。その立ち姿は、私の知る王都の騎士団に似ている。
「我が家に仕えてくれている騎士たちだ」
「ギルバート様! 遅れてしまい申し訳ありません」
ギルバートは、彼らに対して背筋を伸ばして立ち上がった。脇腹に傷があることを悟られないように、堂々と立っている。
「お前たちはすぐさま住民たちの援護に加われ。この人数なら制圧は容易い」
「報告よりも規模が小さい……もしやギルバート様が数を減らしたくださったのですか?」
「無駄話は後だ。革命戦線の殲滅を速やかに始めろ」
「ハッ!」
すぐに走っていき、革命戦線との交戦を始める騎士たち。
革命戦線は、あまりにも早い騎士の到着に狼狽しているようだった。
戦況は優勢だ。これまで騎士たちの本格介入前に略奪をして逃げおおせていた革命戦線は、次々と地面に倒れていく。
血気盛んな住民たちも、騎士たちの援護を受けてさらに勢いづいていた。
「……よし、なんとかなりそうだな」
「ええ、そうですね。だからギルバート様は少し休んだ方がよろしいかと」
「……」
騎士たちがその場を離れると、ギルバートの覇気が明らかに弱まった。
普段の威圧感のある姿とは違う。脇腹の傷のせいだろう。
「エレノア、俺の負傷は誰にも言わないでくれ」
「それは、なぜでしょうか」
「俺が弱いところを見せるわけにはいかない。以前話しただろう。ホークアイ辺境伯たるもの、誰よりも強くあらねばならない」
「手傷を負うこと自体は、戦う者には当然のことではないでしょうか」
たとえ歴戦の騎士だろうと負傷はするものだ。しかしギルバートは、私の言葉を否定するように首を横に振った。
「そうじゃない、メンツの問題だ」
ギルバートの言葉には、どうあっても譲れないという確たる意思があった。
――ああ、この人は完璧無比なヒーローなんかじゃない。私を救ってくれた姿に偽りはない。
けれども彼は、普通に傷つくし、意地を張る。
私と同じだ。
その事実は、むしろ私が彼にさらに惹かれる要因になった。
「せめて、私にくらいは弱いところを見せてください」
「……」
これはギルバートのためであるのと同時に、私のエゴだ。
彼の全部を知りたい。キスする未来だとか、婚約者だとかは関係ない。私が、心のうちからそう思ったのだ。
ああ、本当の恋とは、こういうものだったのか。私は自分の胸の内に湧き上がった感情に納得する。
ラインハルトの婚約者だった時は、彼のことを好きになろうと努めていた。将来結ばれ、支え合っていくのだから好感を持たなくてはダメだ、と。
しかし、ラインハルトの態度は最初から好意的とは言えないものだった。私の何が気に食わなかったのかは今でも分からない。
だから、ラインハルトと私は最後までギスギスしたままだった。
今私がギルバートに向けている感情は、あの時とは違うものだ。もっと知りたい。もっと声を聴きたい。もっと話したい。もっと触れてみたい。彼のことを見ているだけで胸がドキドキしてきて――
「おい、エレノア」
「ハッ! な、なんでしょうか!?」
「いや、ずっと俺の顔を見つめたまま固まっていたから、何かあったかと思ってな」
……それは、結構恥ずかしいな。
見れば、ギルバートの騎士たちは革命戦線のメンバーをほとんど捕えていた。
私が未来視で視た大男、革命戦線のリーダーもすでに地面に伏せている。
彼の持つ重力を操る魔道具は強力だが、何人もの騎士を退けられる力は持っていなかったのだろう。
「終わったか。俺は後始末をしてくる」
「いいえ、待ってください。応急手当をして差し上げます」
「……大した怪我ではない」
「いいえ、私がそうしたいのです」
あなたのために何かさせてほしい、と口に出すのは気恥ずかしい。
「私にくらい、弱いところも見せてください」
先ほどの言葉の繰り返し。
意外にも、彼は私の言葉に対して否定を口にしなかった。
こうして、私たちのウェンディの街での一件は終わりを迎えた。
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