第18話未来視の限界

 ギルバートの部屋まで走ってきて、それから未来視で消耗して体力が尽きた私は、しばらくその場でじっと座っていた。

 体力もそうだが、気持ちを整理するのに少し時間がかかったのだ。

 

「ずっとこうしているわけにはいかない」


 先ほど気分が動転していたのは、未来視の中で殺されるトーマスの感情を受け取ったことも影響していたらしい。不自然なほどにネガティブな情報が増幅されていた。

 ギルバートにも無様な姿を晒してしまった。

 冷静になった頭なら、自分の状況は分析できる。

 未来視で未然に襲撃を防ぐことには失敗した。それならば、次善策を模索しなければ。


「街のみんなを避難させないと……!」


 事前に襲撃を知ることだけが未来視の使い方ではない。私なら、どこに行けば安全なのか見極めることができる。

 足に力を籠めて立ち上がった私は、夜の街へと走り出した。


 


 

 「こちらです、皆さん! 落ち着いて、こちらまで来てください!」


 声を張り上げて、女性や子どもを中心とした人々に避難を呼びかける。

 ウェンディの街の人たちは、素直に避難に応じてくれた。

 

 ギルバートが襲撃を知らせてくれたらしい。ウェンディの街は、既に避難の体制に入っていた。

 

 ガタイに恵まれた肉体労働者たちは長い角材のようなものを担いでいた。

 自警団らしき人影が持つのは金属製の剣。頼もしいが、30人の盗賊団を相手にすると考えると少し心細いだろうか。


「他に逃げ遅れている方は……」


 辺りを見渡して状況を確認する。肉眼では確認できない。

 私はこの街に対象を絞って未来視を発動させた。


 一つの光景が視える。

 母子が到着した盗賊団によって家から引きずり出されている。子どもに向けて盗賊が剣を振りかぶり――


「っ……あそこね」


 母子の感じていた死の恐怖まで感じ取ってしまった。呼吸が乱れる。視界がわずかにチカチカと点滅する。そもそも今日はすでに未来視を使いすぎている。平時であればこれ以上の魔眼の使用は控えている頃だ。

 

 私は母子のいるだろう家のドアを少し乱暴に叩く。


「な、何事ですか……?」

「盗賊団が来ます! 今すぐに避難を!」

「は、はい……!」 


 寝ていたらしい彼女に状況を手早く説明して避難を誘導する。彼女は小さな子どもの手を引いていた。

 

 そうこうしているうちに、遠くから複数の足音がしてきた。


「来たぞ! 革命戦線だ!」


 自警団の男の声が響く。街が緊張に包まれる。避難する人はおおむね逃げ終わった後だろうか。


「急いでください!」

「はい!」


 遠目に見える革命戦線のメンバーは10人ほどだろうか。想像よりもずっと少ない。これなら自警団と住民だけでも撃退できそうだ。

 なんとか間に合う。ひとまず母子を住民の避難先まで合流させて――

 

「ッ!」

 

 思考を巡らしていると、唐突に未来視が発動する。

 数秒先の未来。走る私たちの目の前に突然革命戦線のメンバーが現れ、斧を振り下ろす。

 すぐに、私の意識は現在に返ってくる。

 

「はぁっ……!」


 自然発動する未来視も体力を消耗する。今日はすでに使いすぎているので、私の少ない体力がごっそりと持ってかれる。

 

 心臓がバクバクと音を立てる。視界がチカチカと光って目の前が見えづらい。症状が先ほどよりひどい。

 見えないはずのものを視すぎた弊害、未来視による疲労だ。体中の力がごっそりと抜けていくような感覚。


「まって……ください」

 

 気力だけで体を動かして、私は母親の手を掴んで止める。自然、母親に手を掴まれていた子どもまで足を止めた。

 

 次の瞬間、森の方からガサガサと音がしたかと思うと、血走った目をした男が飛び出してきた。その手には大きな斧。

 こちらまでの距離は数歩。急停止で稼いだ距離は、しかし男の足なら一瞬だろう。

 

「――誰かっここにも盗賊が……」


 叫んでから、気づく。周囲にいた人たちがあまりにも遠い。

 そして、体が疲労感で動かない。視界がずっとチカチカ点滅している。未来視で消耗しすぎた。

 

「ッ……」


 男が近づいてくる。その視線の先には、子どもの姿があった。

 母親が子どもを庇おうとしたが、乱暴に腕を振った盗賊にあっさりと突き飛ばされてしまう。

 斧を持った男の視線は、ずっと子どもを見ていた。彼を殺すことに執着している理由は分からない。しかし。

 

 守らなければ。私は未来視を受け継いだブラッドストーン家の者。王国を、民を、弱き人を守ることこそが本懐。

 そうでなければ、今までの私の努力はなんだったというのか。


 けれども、間に合わない。手足は泥のように重くて、チカチカ点滅する視界は私を急かすようで、時間が経つのだけが嫌にゆっくりだ。


「あ……」


 終わってしまう。小さな命が。訪れてしまう。受け入れがたい未来が。

 いやだ、魔眼を以てしても助けられないなんて、そんな嫌だ。

 

 喉から悲鳴が漏れ出る。

 男の持った斧が子どもの体に迫り――。

 

「任せろと言っただろう」


 ひゅん、と風が走り、エレノアの頬を撫でた。

 凄まじい速度で走ってきたギルバートが、振り下ろされた斧を剣で弾き飛ばした。

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