第17話領地を守る戦い

「トーマス、避難だ! 革命戦線が来る!」


 酒場に荒々しく入ったギルバートは、カウンターで働いているトーマスに向かって叫んだ。

 革命戦線、という言葉を聞くと酒場にいるウェンディの住民たちの顔色が変わった。

 近辺の街を荒らしまわっている盗賊団の名前は住民の間に知れ渡っている。酒場が騒然となり、人々が酒の抜けた表情で席を立つ。

 

 トーマスがカウンターを出て、ギルバートの元へと歩み寄る。

 

「ギルバート様、戦いに出るんですか?」

「ああ。俺の祖父とお前の父が築いたこの街を守らなければならない」


 ウェンディの街を含め、この領を開拓したのはギルバートの祖父の功績だ。それを守ることは、ギルバートにとって極めて大事な、命を懸けてもいいことだ。


「それなら、あっちにいるガタイの良い男たちを使ってください。あいつらは毎日毎日木材の運搬をしていて、腕力があります」

「しかし、領民を戦わせるのは……」

「あいつらだってこの街を愛しているのは同じですよ。もちろん、俺もです」


 トーマスの目に力が籠る。彼とて暴力沙汰は怖い。それでも立ち向かわなければならない、と思えた。それだけこの街が、この酒場が彼にとって大事なものだった。

 

「俺も微力ながら手伝いますよ。木の棒でも持っていけば牽制くらいにはなるでしょう。それから自警団も呼んできます。騎士様には及ばないと思いますがね」

 

 己のするべきことを確認したトーマスがへらり、と軽薄に笑う。

 それは、命の危機への恐怖に震える己を嘲笑し、鼓舞するような笑みだった。


「ギルバートさん……さっきの話、本当なんですか?」


 二人の話を聞いていたらしい、トーマスの幼馴染のケティーがそばによって来た。


「ああ、ケティーは避難してくれ。できれば顔の広さを生かした他の住民にも避難を呼びかけて欲しい」

「と、トーマスは……」

「俺は残って自警団と協力して撃退する」

「それってとても危険なんじゃ!?」


 ケティーの目に不安の色が灯る。しかし、トーマスの決意に揺らぎはなかった。


「何度も言ってるだろ。俺は親父から受け継いだこの店が好きなんだ。それを守るためならなんだってさせてほしいんだ」


 彼の決意は固いのを見て取り、ケティーはやがて静かに頷いた。



◇ 

 

 

 廃墟の方へと向かえば、侵略者たちとぶつかるだろう。

 そう推測したギルバートは、剣を手に一人で森の中を走っていた。彼の頭の中にあるのは、先ほど彼の元へと走ってきたエレノアの姿だった。


 革命戦線が来る。

 そう言った彼女の顔は、恐ろしいほどに真っ青だった。

 きっと、期待されすぎた彼女は失敗を恐れるようになってしまったのだ。ギルバートの鋭い眼光は、そのことを見抜いていた。


 そんなに自分を責める必要などない。未来などという不確定なものを予測しきれないものを御しきれないのは当然だ。

 時間があれば、あるいはギルバートがもっと言葉巧みな男だったなら、そんな風に彼女の気を静めることもできたかもしれない。


 けれども、ギルバートは言葉による保証はあまり意味のないものだと思っていた。

 信頼してくれ、と彼に言って結局裏切った人間は何人もいた。


 だからギルバートは、ただ任せてくれと伝えた。

 言葉ではなく行動を以て、彼は彼女の失敗などなんでもないことだったのだと見せつける。

 人の本質は口先などではなく行動だ。

 今までの経験から、彼はそう信じていた。




 

 思考を巡らしながら彼は走る。

 剣を腰に携え走る彼の周囲に人影はない。たとえ今の彼についていこうとしても、夜闇の中で彼を見失うだけだろう。

 

 夜の森は暗いが、ギルバートが足元の石や幹に躓く様子はなかった。彼の目は、単に人間観察に優れているだけではなく物理的な視力も良い。暗闇の中でも周囲の状況を正しく認識できる彼は、特に夜闇の中での戦闘を得意としていた。

 

 すると、彼の耳には自然には存在しない音が聞こえてきた。松明の火と、金属の擦れる音。わずかな話し声。


 間違いなく、革命戦線だ。彼は姿勢を低くして、状況を観察する。


 ここにいる革命戦線のメンバーは5人だ。剣や斧で武装した男たち。


 ギルバートは人数的に不利。ギルバートの持つ魔道具は炎を噴き出すような派手なものではないので、人数差を覆すことも不可能だ。

 

 しかし、夜の闇は彼の鋭い視覚を遮ることができない。ホークアイ家の人間は闇の中でも決して視覚を失わない。それは彼の大きなアドバンテージだ。

 

 万全を期す。彼は首から下げたネックレス、それに紐づけられた小さな羽根に触れた。

 それはホークアイ家に伝わる魔道具、鷹の羽根だ。優れた視覚をもたらすそれは、かつて千里眼の羽根と呼ばれていたそうだ。

 その効果により、彼の視界がさらに多くの情報を捉える。ひらひらと落ちてくる木の葉すらも、今の彼にはハッキリと捉えられる。

 これなら敵の武器の動きも決して見逃さないだろう。


「ふっ……!」

  

 物陰から一気に飛び出したギルバートは、真っ先に松明を持った男を剣で突いた。


「があっ……!?」 

 

 男が力を失い、松明を落とす。火種を乱暴に踏みつけて消火したギルバートは、明かりが消えて困惑している男たちにすぐさま斬りかかった。

 夜の森に、金属音と悲鳴が響いた。


 

 

 

 一方的な戦いを終わらせた無傷のギルバートが、剣についた血を乱暴に払う。


「俺の領地を荒らしたんだ。こうなる覚悟はできていたんだろうな?」


 彼の鋭い瞳が、力なく倒れる男たちを冷たく見下ろしていた。

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