第3話新しい朝

「お嬢様、体調はもう大丈夫なんですか?」


 朝起きたら、メイドのコレットに髪をとかしてもらう。落ち着いて彼女と話ができるこの時間が、私は存外気に入っていた。

 彼女のかけてくれるブラシの感触が心地よい。私の正面の鏡の中の彼女は、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「ええ、説明したでしょ。ちょっと視えた未来に動揺しただけだって」

「そろそろお嬢様が何を視たのか聞かせてくださいよ。何かひどい光景を視たのなら、私が話くらいなら聞けますから」


 コレットは、私がひどい未来――人が死ぬ光景や苦しむところを視た時に、よく励ましてくれる唯一の人だ。

 

 そもそも、私の未来視とは人が大きな感情を発するところを視ることが多い。そのため、ネガティブな場面ばかり見せられることもあった。

 言い争いの場。人が傷つく時。戦いの場。人が苦しむ時。人が死ぬ時。


 加えて、未来視をする私には、未来の人たちの感情が直に伝わってくる。痛い。苦しい。死にたくない。

 騎士、兵士、平民など様々な人の苦しみを体感した私は、自分がこの魔眼を持ったことを恨んだことすらあった。

 

「……」

「お嬢様?」

 

 しかし、今回のキスする未来はいつもとわけが違う。

 

 心配そうに私を見つめるコレットには悪いが、単に恥ずかしくて言いづらいだけだ。

 思い出すだけで赤面してしまいそうなのに、説明なんてできるだろうか。

 

 私は躊躇う。

 けれど、コレットの善意を踏みにじるのも気が引ける。

 ぼそぼそと、私は後ろに立つコレットに事実を告げた。

 

「キ、キスするところを視たのよ」

「キス? 誰がです?」

「私がっ!」


 照れまじりに吐き捨てると、鏡の向こう側のコレットは目をキラキラと輝かせた。

 

「へえ! 珍しく明るい未来視ですね! お相手は誰です?」

「……辺境伯」


 しぶしぶ答えると、コレットはますます目を輝かせてしまった。


「まあまあまあ! つまりあれは、運命の人との出会いだったわけですね! いやあ、どうりでお顔が真っ赤っかだったわけですね! コレットはようやく納得できました!」

「うるさいわよコレット! 私の髪をとかすという仕事に集中しなさい!」

「あっはは。やってますって」


 談笑しながらもコレットの手は私の髪を丁寧に整えてくれている。別に彼女の仕事を疑ったことはない。単なる照れ隠しだ。


「言っておくけど、私の未来視は絶対に当たるというわけじゃないから。私が未来を変えるために動けば違った未来が訪れる可能性もあるから」


 私と辺境伯が熱烈なキスをする未来は確定したわけではない。

 

「ええ、知っていますよ。お嬢様の未来視は絶対ではない。だからこそお嬢様は多くの悲劇の未来を変えられたわけですからね」


 未来視は、視たのが遠い未来であればあるほど不確定になっていく。

 さらに私自身が未来を変えるために行動することで変わることもあるのだ。

 

 ――でも結局、私が王城から追放されるという未来は変えられなかった。王国のためにこの未来視を最大限活用することこそが私の使命だったのに。

 

 本当に変えたい未来は変えられないのではないか。それは、多くの失敗から私が得た推測だった。

 

「ところでお嬢様は、ギルバート様とキスする未来を変えたいんですか?」

「……ノーコメントよ」


 正直なところ、まだよく分からない。


「ええー、意外と印象良かったですよ、ギルバート様。高身長だし、目つきが鋭いし、それからちょい悪な感じがコレット的には高ポイントですね。ちょっと強引に迫られたいです!」

「そう? 案外賢くて理知的な人に見えたけどね」


 確かに鋭い瞳や掻き上げた髪は粗野なイメージだが、瞳の奥は冷静に私を観察していた気がする。言動だってただ口が悪いだけじゃなくこちらへの気遣いもあった。


 身支度を終えて、朝食を取る。そうすると、ギルバートからの呼び出しがかかった。

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