異世界で脚本家のお仕事はじめました(七里田発泡)
「いぎぃーーー」
物語はステンレス製浴槽容認派の意見にアレックス浦上は異議を唱えるところから始まる。
「どこぞの戦闘員みたいな異議の唱え方してんじゃねぇ。殺すぞ」
とロレックス村上が反論。2人は議論に夢中になってしまい信号が赤になっているにも関わらず横断歩道を渡りはじめ、左折してきたトラックにひき殺される。
「ここどこ?」
「あたまいたい」
意識を取り戻したアレックス浦上とロレックス村上の2人は真っ白な空間にいた。
2人が突然の事態に戸惑っていると1人の女性が地面からタケノコのように生えてくる。あまりにも気持ち悪い女性の登場の仕方に2人は顔面蒼白になる。
「わたしは女神です」
怯えた様子の2人をガン無視し女神を名乗る女性は状況説明を始める。
「あなたたちはトラックにひかれ死にました。しかし安心してください。女神の特権であなたたち2人のどちらかに異世界で第2の人生を送るチャンスを与えてあげましょう。とりあえず、2人には今から簡単なアンケートに答えてもらいます」
女神が指をパチンと鳴らすと、2人分の机とパイプ椅子がどこからともなく出現する。机の上には既に紙と鉛筆と消しゴムが用意されていた。
「その前に1つ質問させてください。どうして異世界に行くことができるのは1人だけなのですか」
ロレックス村上が手を挙げ、女神に質問する。
「質問は一切、受け付けません」
「はい。わかりました」
ロレックス村上は女性からの圧に弱い。本人の意志に関係なく私生活においてもほぼ条件反射的に女性の言う事に従ってしまう傾向があった。クラスの女子生徒からは親しみを込めて「パシリ君」というあだ名で呼ばれている。
「それでは、はじめてください」
「はい。はじめます」
しかし女神から開始の合図が出たにもかからわず、アレックス浦上のロレックス村上の2人の鉛筆は一向に動く気配をみせなかった。アンケート用紙には何も書かれていなかったのだ。まっさらの白紙を前にし、2人の頭の中も真っ白になる。アレックス浦上は喉をごくりと鳴らし、ロレックス村上は鼻を啜った。
「終了です。用紙を伏せて、鉛筆を机の上に置いてください」
「はい。伏せます。はい。置きます」
アレックス浦上はうるせぇなコイツと内心で毒づきながら、ロレックス村上の顔を睨みつける。ロレックス村上は一瞬だけアレックス浦上にチラっと視線を寄こしたが、すぐに目の前にいる女神の方へと視線を向けた。効果はいまひとつのようだ。
女神が指を再びパチンと鳴らすと、アンケート用紙がふわりと浮いた。まるで用紙そのものが意思を持って動いているみたいだった。風に吹かれ散っていく木の葉のように2人のアンケート用紙はひらひらと女神の手元に舞い落ちる。
「魔法ですか?」
アレックス浦上は目を輝かせながら女神に聞いた。
「違います」
女神の突き放すような言い方にショックを受けたアレックス浦上は、たまらず目を伏せる。それを見たロレックス村上が隣で身体をくねらせながら大口をあけて笑った。歯茎の間にスルメが挟まっているのが見えた。歯間ブラシのしすぎで歯茎が下がり、食べカスが挟まりやすくなったと、数日前に彼が悲しげに語っていたことをアレックス浦上は一瞬だけ思い出した。
「お2人とも。いったいこれはどういうことですか?」
眉間に深い皺を刻みながら女神は何も書かれていないアンケート用紙を2人の前に突き出した。
「だって質問も何もそのアンケート用紙に書かれてなかったじゃないですか。何も書かれてないのなら僕らだって書きようがないですよ。お前もそう思うよな? ロレックス村上」
いきなり俺に話題を振ってくるなよ、とアレックス浦上は動揺する。
「ロレックス村上さん。あなた今、女神に口答えしましたね。敬うべき目上の相手に対してその態度はいくらなんでもないんじゃないですか」
「すみません……」
「すみません?」
「え? あっ、ごめんなさい」
「もういいです。異世界で第2の人生を歩むことになるのはアレックス浦上さんで決定しました。ロレックス村上さん、お疲れ様でした。もうお帰りいただいて結構ですよ」
「帰るって言ったってどこに帰れば……」
――
女神が目を閉じ、そう唱えるとロレックス村上の身体は瞬く間に風船のように膨張していった。
「なんだよこれ。いったいどうなってんだよ。これじゃまるでアニメ『AKIRA』終盤の島鉄雄みたいじゃねぇかよ! 俺の身体いったいどうなってんだよ。おかしいだろこんなの! マジでデカい赤ん坊みたいな怪物になった島鉄雄みたいなじゃねぇかよ俺の今の姿。おかしいだろこんなの。いったいどうなってんだよ俺の身体っ! マジで島鉄雄みたいじゃ……」
ぱんっ!!
肥大化したロレックス村上の身体が小気味よい音と共に破裂し、鬱陶しかった彼の姿は一瞬にして跡形もなく消え去った。
「女神様……これはいったい」
「彼を虚無の世界に送り出しました」
「なるほど……それはつまり死後の世界ですね」
「そうです。彼と違ってあなたは聡明のようですね。あなたならきっと異世界でも、無事うまくやっていけると思います」
「それで女神様。俺は異世界で何をすればいいのでしょうか?」
「脚本家の仕事です」
「え?」
「アレックス浦上さん。あなたには異世界で脚本を書く仕事をしてもらいます」
アレックス浦上を見る女神の眼差しは真剣そのものであった。
####
「ええっ!脚本家!? 俺が? いったい何故!?」
アレックス浦上は素っ頓狂な声をあげ、目をぱちくりと何度も
生前のアレックス浦上は脚本家でもなければ、これまでに脚本を書いたことも、地方の劇団に所属していた経験もない、ただのしがない一般人に過ぎなかった。何の実績もないそんな自分が何故、異世界で脚本家として活動をしなければならないのか。
点と点が繋がらないもどかしさにアレックス浦上は思わず、自らの頭皮を掻き毟り始める。
「フケが飛ぶのでやめてください」
「はい。すみません」
女神から注意を受け、アレックス浦上は頭を搔き毟るのを止めた。
####
爪の間に溜まっている頭皮の皮脂に視線をじっと注ぎながらアレックス浦上が考え始めて約5分が経過しようとしていた時、彼の脳裏にふと過去の苦い思い出が一枚画のようにはっきりと浮かんできた。
それは彼が葬り去ったはずの中学生の頃の記憶(ジュブナイル)であった。
『おいアレックス浦上。焼きそばパン買って来いよ』
中学生の頃のアレックス浦上は炭水化物を炭水化物で挟んだ発酵食品をアレックス浦上らから毎日のように買いに走らされていた。昼休みを告げるチャイムが鳴り、授業が終わると彼は、脱兎のごとく教室を飛び出して一目散に購買部へと向かった。
ヒッヒッフーとラマーズ法で効率的に肺に酸素を送り込みながら、階段を物凄い勢いで駆け降りる。彼がこうも必死に急いでいるのには、とある事情があった。それは海よりも深い理由であった。
(もし買いそびれたら……お仕置きが)
買いそびれたらアメックス渕上らによる手痛いお仕置きが待っている。君は知っているだろうか。尋常ならざる恐怖心は時として人を突き動かす原動力となり得ることを。
購買部の前に光に群がる蛾のように密集している生徒たちを次々と殴り倒しながら、アレックス浦上は這う這うの体で焼きそばパンを5個購入することに成功した。戦いの日々が続いた。彼の身体は常に満身創痍の状態であった。
中学生時代のアレックス浦上はこのようにアメックス渕上らから毎日のようにパシられ、カツアゲされていた。母親から毎月もらっていたお小遣いは卒業するまで、全て焼きそばパンを購入するためだけに使われ続けた(チックショー!!)
学校に居場所のなかった当時の彼を救ってくれたのは『書イタリア読ンダリア』の存在であった。株式会社マッシブ・アクティブ・センシティブが提供する『書イタリア読ンダリア』とはアカウントさえ作れば誰でも無料で小説を読んだり、小説を投稿することができたりする小説投稿サイトである。
アレックス浦上は過去に『デラックス浦上』名義で『書イタリア読ンダリア』上にいくつか自作小説を公開していたことがあった。いずれの作品もPV数は1000以下。読者からの感想もほとんどなかった。唯一、『異世界に転生した俺がハーレム王国を築くために闇の支配者と闘うことになった件について』という作品に感想コメントを1度いただいたことがあるが、それも「ナニコレ(困惑)」のひと言だけであった。
(俺には物語をつくる才能はない。せっかくの申し出だがここは丁重にお断りすることにしよう)
「申し訳ないんですが俺、転生先で脚本家として飯を食っていける自信がなくてですね……。その、あの、つまりお断りさせていただきたいのですが」
「そうですか……それは非常に残念です……」
そう言うと女神はアレックス浦上に手のひらを向け、ゆっくりと目を閉じた。
――
アレックス浦上の体がふわりと宙に浮かび、瞬く間にロレックス村上のように膨張していく。
「な...な...あひゅッ!!」
「あなたの半径3メートル以内の大気圧を私の魔法、
「なんだよこれ。いったいどうなってんだよ。これじゃまるで映画『トータルリコール』終盤のシュワちゃんみたいじゃねぇかよ! 俺の身体いったいどうなってんだよ。おかしいだろこんなの! マジで目玉飛び出す寸前のシュワちゃんみたいなじゃねぇかよ俺の今の姿。おかしいだろこんなの。いったいどうなってんだよ俺の身体っ! マジでシュワちゃんみたいじゃ……」
ぱんっ!!
「やっぱり太陽系はダメダメだったかー。えーと次はケイ素生物のいる銀河系……銀河系……ゲッ、こんなに離れてるの!? はぁーもう嫌になっちゃうわ~この仕事。そろそろ本腰入れて転職活動しようかしら」
fin
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます