第10話 玉葉邸
へとへとの佐保が軒に揺られてたどり着いた邸は、豪奢な門構えとは対照的に内側は清閑としていた。
庭木は少なくすっきりとしている。それでも間延びせず、寂しく感じないのは、邸主の感性によるものだろう。
佐保はおずおずと邸に足を踏み入れた。
家人たちは何も訊ねることなく、すんなりと受け入れてくれた。
(邸の中も、あまり物がないのね。高貴な方のお邸って、もっと豪華絢爛な感じだと思っていたのに)
どうしていいのか分からない佐保は、邸の様子を伺いながらひたすらに玉葉の後ろをついて歩いた。
「勘違いしないように言っておくが、貴女のことはいまから客人ではなく居候として扱う」
「い、居候……ですか」
玉葉は佐保にちらりと視線を遣ると、静かに口を開いた。
もとより、客人として丁重に扱ってほしいなどと望むような
それを確認した玉葉はいくつか邸の中で過ごすうえでの条件を示した。
物は動かさないこと、部屋にある書物は自由に読んでも構わないが金銀よりも丁重に扱うこと。それ以外にもこまごまとした規則を並べる。
はい、と佐保はひとつひとつに生真面目に返した。
「お前の部屋はあの離れだ。好きに使え」
玉葉は回廊の先、建物まるまる一つを指さした。
佐保は玉葉の言葉の意味を正しく理解して、眼を丸めた。
「そんな、あの
ぶんぶんと首を横に振る。
「……似たような年頃の男女が一つ屋根の下というわけにはいかないだろう」
玉葉は眉根を寄せて佐保を見下ろした。
なるほど、と慌てて頷く。確かにそれはよろしくない。
佐保は改めてまじまじと玉葉を見つめた。心なしか耳が紅いように見えるのは気のせいだろうか。
(おいくつなのかしら……。私よりもずっと歳上に見えていたけれど、同じくらいなのかしら)
夕餉を済ませて家人に連れられて室に入ると、佐保は重い身体を寝台に投げ出した。
(ようやく都に着いて、王城に登って、高貴な方々にお会いして、「雪白の君」とも再会できて――夢みたいだわ)
すっかりと日は傾いて、昊は茜色に染まっている。
ぼんやりと飾り天井を見上げる。宇津や玉葉の言葉が脳裏にちらついた。
「……私、これからどうなるのかしら」
こぼした声はかすれていた。言葉にしてしまえば、言いようのない不安が佐保の胸にのしかかった。
(私が宇津様のような妙術を使えるだなんてきっと思い違いだもの。理解していただかなきゃ。――でも、葉術が使えないとなったら、建前の仕事が終わったあとはどうなるの?)
薄暗い室内が、心細さをいっそう掻き立てる。そう、今日の一日は悪い夢のようだった。
久々の一人きりの時間はさらに悪い方へと考えを傾け、嫌な想像ばかりが脳裏を埋め尽くした。
ぐにゃりと、天井の絵が歪む。鼻の奥がツンとして、胸が苦しい。
(村に帰れば受け入れてもらえるだろうけど、私を手放した村の人たちと生きていくのは――きっと、すごく苦しい)
幾重にも帳がかかっているように、先が見えなかった。
涙が頬に伝う。
「……っ」
信じていた村長に見捨てられ、必要とされていると思っていた王都でも思い違いだったことが分かった。玉葉はまるで別人のようで、ずっと夢に見ていた優しい『雪白の君』も美化された思い出の中のひとだった。
ひとつずつ状況を整理していけば、拠り所がもうどこにもない現実を思い知らされる。
玉葉のいる正房に漏れ聞こえることがないように、佐保は声を押し殺して泣いた。
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