第7話 再会と勧誘
「貴女が今も布を織ってくれていてよかった」
よかった、というものの、彼の言葉の調子は平坦で、本当に良かったと思っているようにはとてもではないけど聞こえなかった。
(本当に、貴い身分の方だったんだわ。こんな若さで陛下のご側近だなんて……)
彼は景
「布を見せてくれ」
佐保が布を差し出せば、青年はまじまじとそれを眺め、表面を指先で幾度か撫でた。
「美しく織ってもらったんだな。『春霞』の名に相応しい」
玉葉は慈しむように布に言葉を掛けた。
なんだか面映ゆくて、お礼を返すべきかも分からず、佐保は様子を伺った。
「……これほどまでに力が洗練されるとは思わなかったな」
彼は布に視線を落としたままそうささやいた。依然として独り言なのか判断がつかず、佐保はまごついた。
なんだか、記憶の中の彼よりもずっと冷たく感じた。
「貴女、自分がなぜここに呼ばれたのか理解しているのか?」
「えっと、『春霞』を陛下にお納めするためだと存じております」
玉葉はその答えを聞いて、眉間に皺を寄せた。あいつ、話してないのか、と玉葉は小さな声で悪態をついた。
「そんなの建前に決まっているだろう。貴女、自分が何したのか分かっていないのか」
忌々しそうな目線を向けられ、びくりと肩を震わせた。なぜこんなに怒っているのだろう。
「はいはい、そこまで。遅くなって悪かったねえ」
暢気な声とともに、見目麗しい男性が室に入ってきた。
(この方、声は女性のように聞こえたのだけど……だ、男性、よね?)
「遅いですよ、宇津様。いい加減に自立なさいませ」
玉葉は立ち上がると、宇津と呼ばれた人物に席を譲った。
「ごめんね、少し寝坊してしまって。私は
よろしく、と差し出された手に不敬にあたるのではないかと悩みながら、そっと握り返した。
線の細さから見るに、どうやら女性らしい。佐保はすぐに相手への認識を改めた。「典葉寮」というのは聴いたことがなかったが、朝廷の偉い方、ということぐらいは何とか理解できた。
(玉葉様が私のお会いする方だと思っていたのだけど、勘違いだったみたい……)
「玉葉は少々きつい性格で、すまないね。貴女を召し上げたのは、他でもない陛下が貴女の織る布をご所望だからだ」
陛下という言葉に、佐保は思わず居ずまいを正した。
「……でも、それはタテマエ。本当はやらかした貴女を早いとこ回収しちゃいたかったんだ」
「やらかし、ですか」
先程の玉葉の反応といい、何をしてしまったのは間違いないだろう。
佐保は不安に駆られ、さらに身を固くした。
「典葉寮としてはね、好き勝手に
聞き覚えのない「ようじゅつ」という言葉、身に覚えのない話に佐保は眩暈がした。
トン、と宇津は卓上の「春霞」を指した。
「葉術を込めて織られた布……くらいなら、『無自覚にそうなっちゃたんだろう』で済ませられるんだけどね。語り売りで随分と儲けちゃっただろ。あれはね、さすがに見逃せない」
何を言っているのかよく分からない。でも、全部身に覚えのある話だった。どうやら、知らず知らずのうちに罪を犯してしまっていたらしい。佐保は宇津の言葉にどっと背筋が寒くなった。
そんなつもりは、とか葉術って何ですか、とか訊きたいことはたくさんあるのに、佐保の口は凍り付いたように動かなかった。
「……おい、だんまりか。何か言ったらどうだ」
「こら、玉葉。尋問じゃないんだから」
低い声で言葉を促す玉葉を、宇津がたしなめる。
「慣れない場所でいきなり色々言われて怖いよねえ、ごめんごめん」
金縛りにあったように動けずにいる佐保に、宇津は笑いながら謝った。
「まあ、無自覚だったんだろう。私が招いたのは貴女を保護するためだから」
「保護、ですか……?」
てっきり何かしらの処罰を受けるのかと思っていた佐保は、保護という言葉に思わず訊き返した。そうだよ、と宇津はにこやかに頷く。
「この『春霞』、あたたかいとか晴れやかになるとかって話題になったのは、貴女がこの布を織ったり染めたりするときに『春』を込めたからだろう。覚えはある?」
「いえ……。そもそも、『春』を込めるというのはどういうことでしょう……?」
理解ができすに訊ねると、宇津の奥に控える玉葉から大きな溜め息が聞こえた。
宇津はひらりと手を上げて何か言いたげな玉葉を制すと、話をつづけた。
「自覚がないのは分かった。その話はあとでね。……で、あなたはこの布に『名づけ』をして語り売りで『物語』を与えた。それも、多くの人がこぞって買いたくなるような『物語』だ」
「……それは、そうです」
今度は佐保にも自覚のある話だった。でも、何も詐欺を働いたりはしていない。逸話と自分の名前を利用しただけだ。
「でも、葉術を使ったという自覚はやはりない?」
「はい、すみません……」
思わず謝罪の言葉を口にした佐保に、謝る必要はないよ、と宇津はそれをうけ取らなかった。
「勝手に色々しているようなら、『呪言師』としてこちらも相応の対処をしなければならないんだけど……さっさと私の管轄下に置けば他も文句ないだろうからね」
よくわからないままに頷きながら、佐保は話を聞いていた。
知らないとはいえ、悪いことをしてしまったということに佐保は罪悪感でいっぱいになっていた。それなのに罪に問わず救ってくださるというのだ。ありがたい話だ。
「ということでね、佐保、貴女を『葉術師』にしたい」
葉術師、という言葉に佐保は戸惑った。聴いていた話と随分違う。
失礼に当たらないかと萎縮していた佐保も、とうとう悲鳴に近い思いで自ら口を開いた。
「その、私は機織りのために呼ばれたのではないのですか? 先程から出てきている『葉術』というものも存じ上げないのですが……」
混乱する佐保の申し出に、それもそうかと宇津は頷いた。
ち、と奥から聞こえた舌打ちに思わず肩をすくめた。
(玉葉様、本当にあの『雪白の君』と同じ人なのでしょうか……)
「そうだね、君に簡単な葉術を見せてあげようか」
ちょっと外に行こう、と立ち上がる宇津に従って、佐保は腰を上げた。
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