第6話 黄金の都
それから、その翌日には佐保は身支度を整えて都に向かうことになった。
「お荷物はそれだけでよろしいのですか?」
「ええ、これで十分です」
使者の怪訝そうな顔に、佐保は困り顔で頷いた。
佐保の手には、一抱えの包みのみ。中に入っているのは、何疋かの『春霞』と、父母の遺した日記と書物だ。
父母と死に別れて十年ほど経つだろうか。村での生活の中で「自分のもの」と呼べるものは何もなかったのかと思うと、なんだか寂しくなった。
立派な軒に揺られ、佐保は過ぎ行く景色を眺めた。
使者の男は由
「王都に行くのは初めてですか」
「は、はい」
緊張した面持ちの佐保に、皓月は朗らかに語り掛けた。
「そう硬くならないでください。俺は高位の官吏ではないですから」
「えっと……はい」
急に砕けた様子に変わった皓月に、佐保は狼狽えながらもこくりと頷いた。
「とりあえず、休憩しながらの旅路です。ゆったり行きましょ」
村での様子とは随分と異なる雰囲気に、佐保は肩に籠っていた力がゆるりと解れているのがわかった。
皓月は王都のこと、そしてそれを統べる王のことをいろいろと教えてくれた。
光泉国の王は代替わりしたばかりだ。一年ほど前に代替わりした王はこの国初めての女王だった。うら若き十四歳の公主が王の座に就いたのだ。
「俺はまあ……陛下にお会いしたことがありますけど、めっちゃくちゃかわいらしい方ですよ。凛としていて」
「そうなんですね」
皓月が通りかかった町で買ってきた饅頭を飲み込んで、佐保は頷いた。
「さて、ここを潜れば王都・九泉ですよ」
ひと月に及ばないほどの旅程を経て、佐保を乗せた軒はついに州都の関門をくぐった。
(すごい、今まで一番、人がたくさん……!)
恐る恐る外を覗いた佐保は街の様子にあっけにとられた。
もともと、村の中でさえあちこち歩きまわることもなかったのだ。慣れない外の様子に目を奪われた。
「すぐに王城に着きます」
皓月の言葉に、佐保は遥か前方に視線をやった。
「綺麗な梔子色ですね」
思わず感嘆の声を漏らした佐保に、皓月は自分のことのように嬉しそうに頷いた。
王城の門は光泉国の禁色である梔子色に染められていた。
その門をするりと通り抜けると、佐保は見たこともないような広大な建物に再び言葉を失った。
行き交う官吏や女官たちの衣服はとても上等なものだと一目見て分かる。回廊に敷かれている石すら、踏むのをためらうほどだ。
(わ、私、本当に不釣り合いだわ……)
隠れてしまいたい、とおずおずと皓月について歩く。
「まずは別のひとに目通りいただくんですけど……その前に少しだけ身なりを整えていもらいますね」
佐保の不安を汲み取るかのように、皓月はにっこり微笑んだ。
後宮の一室にたどり着くや否や、集まってきた女官たちにあっという間に鄙びた服を脱がされた。体を清め、生まれて初めての化粧を施される。
「髪色は……これ以上はどうにもなりませんわね」
女官のひとりが佐保の髪をぬぐい、嘆息をついた。
佐保は小さく、すみません、と謝罪する。
濡羽色の黒く艶やかな髪が好まれるこの国で、佐保の薄墨の髪色は異質だ。
うつくしい濡羽色の髪を持つ女官に囲まれて、佐保はうつむいた。
自分よりもずっと美しい女官たちに身の回りの世話をされる状況に、佐保はいたたまれない気持ちになった。
「あの、あ、ありがとうございます」
「おお、佐保さんめちゃくちゃ綺麗になりましたね!」
ぺこぺこと女官に頭を下げていると、皓月がずかずかと室に入ってきた。貴族の姫君みたいですよ、と皓月は無邪気に褒める。
「『輝の君』、勝手に入られては困りますわ」
「いいでしょう、着替え終わってるんだから。――ありがとうございます。あなた方におまかせして本当に良かった」
女官にたしなめられた皓月は少し口をとがらせて――屈託のない笑顔で礼を述べた。
仕方がないわねえ、とまんざらでもなさそうな女官に手を振って出ていく。
「さて、今から俺の同僚のところに案内しますね」
王の側近なんですよ、と皓月は説明した。
(こんなに急に、陛下の側近の方とお会いすることになるなんて……)
心の準備が間に合っていないというのに、広大な王城を連れられて歩いた。
こちらにどうぞ、と皓月に促され、佐保はおずおずと室の中に入った。
「失礼いたします」
おずおずと頭を下げれば、誰かが立ち上がるような衣擦れが聞こえた。
「貴女が――桃佐保だな。待っていた」
顔を上げなさい、その声に従って声の主に視線を向けて、佐保は言葉を失った。
雪白の髪、銀灰の瞳。――間違うはずはない。通された室の中にいたのは、「またいつか」を誓った彼だった。
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