第32話「大義のための信念を」
「お喋りの時間は終わりだ! 野郎ども!」
「「「ウオオオオオオオオオオ!!」」」
「殺れぇぇぇぇ!」
号令と共に4人、いや、3人の俺の部下が武器を振り上げ突撃する。
1人足りないと思って周囲を見渡すと、水溜まりの真ん中で伸びていた。どうやら白の勇者にやられたようだ。あの小娘、ただじゃおかねぇ!
正直、作戦が露呈するのは想定外だった。おかげで俺の『正義の解放運動作戦』は台無しだ。
だが、それがどうした! 作戦が使えなくなったんなら、やることは一つだ。俺は、俺たちはいつだってそうしてきた。
この世は弱肉強食、力こそが全て! 結局、強ぇやつが正義なんだよぉ!
「うおおおおおおッ!!」
赤の勇者が剣を手に突っ込んでくる。
あの野郎、命を奪う覚悟はねぇくせに、剣の腕はそこそこあるらしいのが腹立たしい。
だが、どうせ奴の攻撃は当たらない。
何故なら、俺の鎧には……ククク……。
「来いよ赤の勇者! 俺を倒してみろ!」
「望むところだぁぁぁぁぁッ!」
赤の勇者の剣と、俺の蛮刀が鋭い音を立ててぶつかり合う。
今だ!
「隙ありぃぃぃッ!!」
「ッ!? 剣が……!?」
ぶつかり合った二つの剣が、ピタッとくっつく。俺が蛮刀を引くと、赤の勇者はあっさり体勢を崩した。
今だ! そのまま腹に膝を叩き込んでやる!
「
赤の勇者が叫んだ直後、剣が一瞬で赤熱化し、爆発した。
「な、なんだとぉぉぉぉぉ!?」
爆発に巻き込まれ、俺は吹き飛ばされる。
勢いよく地面を転がり、兜が外れて視界が広がった。
「あっっっぶねぇ!? お前の蹴り、結構痛かったんだぞ!」
赤の勇者は吹っ飛ばされこそしたものの、受け身を取って華麗に着地を決めていた。
こいつ、やはりただ者じゃないな……。戦士でもないクセに動きがいい。本当に何者なんだ?
いや、今はそんなことどうでも良い。
今の爆発で、俺の刀は折れちまった。が、それは奴も同じだ。剣を爆発させちまったんだからな。
俺の鎧に付与された力には気づいていないようだが、早めに仕留めねぇとバレちまうかもしれねぇ。
そろそろ本気で片を付けねぇとな。
「わざわざ自分から武器を手放すとはな! 降参する準備かぁ?」
「いや、別に? そっちはようやく素面を見せてくれたな。口調までは偽れても、表情まで偽るのは苦手か?」
「減らず口を。いくら勇者の鎧に身を包んでいるとは言え、ただの人間がゴブリンに勝てるとでも?」
「いいや、まだ武器はあるさ」
そう言って勇者は、どこからか取り出した新しい剣を竜剣へと変化させた。
ヘッ、学ばねぇ奴だ。まあ、仕方ねぇか。俺はこの力について、一言も喋っちゃいないからなぁ。
俺や部下どもの鎧は、魔王様の側近である魔女メディナ様から賜った特別製。”マグネタイト“と呼ばれる特別な岩石を加工し、魔法によってその岩石が持つ特性を増幅したものだと聞いている。
その力とは、
戦場において、あらゆる武器は鉄が使われる。誰かを殺すには、鉄を使うのが手っ取り早いからだ。木も石も、鉄には敵わねぇ。
つまり、殺し合いの場においてこの鎧は無敵! 俺たちは無敵の力を手に入れたのだ!
「いいぜ、来いよ! その剣ごと、テメェの鼻っ面をへし折ってやる!」
「やってみろよ」
自信ありげに竜剣を構える赤の勇者。
さあ、踏み込んで来い。剣を振り下ろしてみろ!
その剣が俺に当たる直前で止めて、そのまま奪い取ってやる。
そいつでテメェをぶっ刺した後、刺さった剣を折って臓腑をグチャグチャに抉ってやるぜ。
折れた蛮刀を放り捨て、俺様は拳を握る。
赤の勇者は腰を落とし、身を引き絞って……。
「ああ、そうだ。お前の手品、さっきので仕掛けが分かったぜ」
「ッ!?」
「火炎斬!」
一歩、踏み込む。
地面が抉れ、赤の勇者は一瞬で俺の眼前まで接近した。
「させるかぁぁぁ!!」
振り下ろされる炎の一閃。虚を突かれながらも、俺は剣に向かって手をかざした。
見切っただと? ハッタリに決まってる!
俺は鎧の力を見せこそしたが、どんな力があるかまでは一言も口にしちゃあいない。分かるはずがない!
……だが、一閃は宙で静止することなく振り下ろされた。
炎刃はかざした手の脇をすりぬけ、俺の肩に叩き付けられる。
鈍い音を立てて、鎧に亀裂が入った。
「んなっ……なんだとぉぉぉぉぉ!?」
「言ったろ。手品の仕掛けは分かったってな」
驚愕する俺の前で、赤の勇者は不敵に笑った。
思わず一歩後退る。何故だ!? 鎧に近づくほど、鎧の力は強く働くはず!?
いつもなら、当たる直前で剣が勢いよく弾かれ、斬りかかってきた奴が吹っ飛んでいく筈なのに!?
「お前らの鎧、磁力を操れるんだろ?」
「……は?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「金属に反応して、引き寄せたり弾いたりする力。まさかとは思ったけど、正解だったみたいだな」
「お前……どうして、鎧の力を……」
「俺たちの武器は、普通の武器に天聖獣の力を流し込んで変化させている。その性質上、転換前の素体になった武器の強度や性質が、転換後にも反映されるんだ」
赤の勇者が握っていた竜剣が、その言葉に応じたかのように姿を変える。
瞬きする間に形を変えたそれは、刃が途中から折れ、黒く焼け焦げた木剣だった。
それで鎧が剣を弾けなかったのか!
って、どうして木の剣なんか戦場に持ち込んでんだよこいつは!?
「まさか……さっき剣を爆発させたのは……!?」
「そう。お前が使った力の正体を突き止め、剣を持ち替えるためにわざと自壊させたんだ」
更に一歩、後退る。
こいつ、俺が力を使ったところを何度か見ただけで、鎧の力の正体に辿り着いたのか……!?
手がかりは力を使った時の状況と、仲間の言葉だけ……。なんて洞察力してやがる!?
「レッドの推察は合ってたみたい、ねっ!」
「ああ!これ、皆も使ってくれ!」
赤の勇者は更に5本の木剣を取り出すと、それらを地面に突き立てる。
「
4本の木剣は、赤の勇者が握る竜剣と同じ形に変わる。
赤の勇者はそれを、他の勇者達の方へとそれぞれ投げ渡した。
「ッしゃあ! これでもくらいなッ!」
「ウガッ!?」
「確かこうよね? メーーーン!」
「ウゴォッ!?」
「グリーン、それは頭狙う時の掛け声ですよ」
「そうなの? じゃあ、頭以外を狙うときは?」
「ホワイト、これ剣道じゃないから」
青と緑の勇者が振るった剣が、部下たちの鎧を砕け散らせる。
黄と白の勇者が振り下ろした剣が、部下たちの武器を破壊する。
「馬鹿な!? 天聖獣に強化されているとはいえ、木の剣ごときでこの鎧がこうもあっさり砕けるものか!」
木槌で石の壁は壊せない。壊れるのは木槌の方だ。
マグネタイトの鎧はそこまで脆くはない。一撃で全損とまでは至ってないのがその証拠だ。
なのに、俺の全身には悪寒が走っていた。
何故だ……この男に、赤の勇者に勝てる要素が浮かばない!?
崩れていく……俺の中で、何かが……。
まるで、この鎧みたいに……。
「知らないのか? 磁石は高熱に弱いんだぜ」
「な……っ!?」
「相手が悪かったな!!」
地面に立てていた木剣を再び構え、赤の勇者は俺の方へともう一度それを振り下ろした。
□□□
振り下ろした剣を、ユスティは右腕で受け止める。
音を立て、腕の鎧に亀裂が入った。
続けて左腕、それから肩。変化させた木剣を何度も振り下ろし、折れる度に新たな木剣へと持ち替えてていく。
強度は鉄剣と比べて遙かに劣るが、ありがたいことに数なら余っているほどだ。
玩具屋で買ったものが、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。
これなら武器の耐久性を気にしながら戦う必要もない!
「うおおおおおおッ!!」
「や、やめろぉぉぉぉぉ!!」
鎧はどんどん亀裂が広がり、木剣が当たる度に欠片が飛ぶ。
行ける! これなら、コイツに勝てる!
「な、なんなんだテメェらは!?」
その時、ユスティは叫びながら拳を突き出してきた。
拳は木剣に命中し、刃が途中からバキッと折れる。
「余所者のくせに、俺たちの問題に首を突っ込みやがって!」
今度は拳を俺の脳天めがけて振り下ろしてきた。
咄嗟に躱すと、その拳は地面を軽く凹ませる。当たってたら、ただじゃ済まなかっただろう。
「先に差別だ何だ言ってきたのはテメェだろうが!」
「黙れ! 余所者のくせに、デカい口で正義を語りやがって!」
離れたところから、槍木の反論が飛んでくる。
この場の全員に聞こえる声量での、訴えるような叫びだ。
「口が大きいのはそっちだとおもうんだけどな~」
「うるさい! よくも俺たちに恥をかかせたな! 許さん許さん許さんぞぉぉぉぉぉ!!」
丸太のような足から繰り出される蹴りを、今度は素早く避ける。
真魚ちゃんの反論に煽られたのか、攻撃の手が早まったようだ。
「俺たち俺たちって、それはどこまでを指すの? 魔王軍? それとも今この場に居るあなたの軍?」
「黙れぇぇぇぇぇ!!」
弓宮さんの言葉が、怒りに拍車をかけたようだ。
攻撃がどんどん大振りになっている。
「言ってることメチャクチャで、意味が分かりません!」
「し、知った風な口聞きやがって!」
「お前ら人間には分からねぇよ!」
義彦くんの言う通り、ユスティの言い分はさっきから破綻している。
それが意味する答えを、突き付ける瞬間が迫っていた。
「し、知った風な口聞きやがって!」
「お前ら人間には分からねぇよ!」
「それはもう聞いたって……ばッ!」
「それしか言えないのかし……らッ!」
「「グハッ!?」」
加勢しようとしたゴブリンたちは、皆が押し止めてくれている。
決めるなら、今しかない。俺は剣を握る手に、より一層力を込めた。
「お前ら! こんな人間共に負けてんじゃねぇ!」
「そういう群隊長こそ、押されてるじゃないですか!」
「アンタこそ早くそいつ倒してくれよ!」
「うるせぇ! 部下のくせに生意気言ってんじゃねぇ!」
とうとう部下たちに八つ当たりし始めた。
もうさっきまでの丁寧な態度は欠片も残っちゃいない。
「さてはお前ら、目的なんてないな?」
その様子を見て、槍木が呆れた声でそう言った。
「差別がどうの、なんてハナから解決する気はねぇんだろ」
「な、何を証拠に?」
「差別がなくなっちまえば、テメェの掲げる正義には敵が居なくなっちまう。敵をブチのめす理由が消えたら困るもんなぁ!」
「グエェ!?」
論破しながら、ゴブリンを蹴り飛ばす。
そして槍木はこちらを振り返ると、ユスティを指さしながら叫んだ。
「魔王とやらにヘコヘコして、群れて主語をデカくして、自分より弱い奴らを相手にマウント取って……ここまでしなきゃ自分の正義も主張出来ねぇのか!」
「黙れ!! お前たちのような薄汚い人間どもには、我々の崇高なる理念を理解することなど出来んのだ!!」
「それはもう聞き飽きてんだ! 自分より強え奴らの権威を笠に威張ってんじゃねぇ! この中身スカスカダブスタ野郎!!」
言い終えると、槍木は俺の方へと視線を向けた。
(お前が決めろ。思いっきりブチかませ!)
(ああ、任された!)
槍木、真魚ちゃん、弓宮さん、義彦くん。そしてレイアさんと、街の人たち。皆が作ってくれた瞬間だ。
絶対に、ここで終わらせる!!
「黙れ黙れ黙れぇ!!この世界のことなんざ、何も知らねぇ余所者のクセによぉ!知ったふうな口聞いてんじゃねぇ!」
全てをかなぐり捨て、ありったけの怒りを込めた巨大な拳。
正面から迫るそれを真っ直ぐ見すえ、俺は腰を落とす。
「レッドの邪魔を……するなぁぁぁッ!!」
イエローが投げた盾が、ユスティの腕に命中する。
空気を切り裂く回転の乗った一撃は、鎧が割れて露出したユスティの腕関節に命中した。
「ぐぎゃあああっ!?」
拳が止まり、ユスティが悲鳴を上げる。
決定的な隙が生まれた。
「ああそうだ。なにせ、昨日来たばっかだからな」
俺は静かにそう言うと、地面がを抉って踏み込んだ。
「人と魔族の関係がどうだとか、差別がなんだとか、俺達は下手に口出せるほど知ってるわけじゃない!」
二歩、三歩。踏み込み、そして跳躍する。
この脆くも多くの人の思いが乗った剣に、ありったけの力を込めるために。
「けど、少なくとも1人、この街で頑張ってるゴブリンが居ることは知ってる。その人の作った靴を、積み重ねてきた頑張りを、どれだけ嫌な目にあっても人間を信じてくれている姿を、俺たちは知っている!」
「な……に……!?」
「それを踏み躙るお前らを、俺は許さない! それが俺たちと、お前たちの違いだぁぁぁぁぁッ!!」
ありったけの力を乗せて、剣が燃え尽きるほどに火力を高める。
そして、この戦いの中で滾らせ続けてきた怒りと共に、俺は剣を振り下ろした。
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