第31話「いざ、決戦の瞬間(とき)」
「大義……だと?」
ユスティは首を傾げる。
「そうだ。正義の意味や形が、個人の視点で変わる曖昧模糊なものだと言うのなら、俺たち勇者は『人の道』を往く!」
大義とは、人として守るべき道義を意味するもの。
つまり、人として背いてはいけない大切な事柄を指す言葉だ。
それは決して、物の見方で変わるものではない。人としての道徳そのもの。詭弁や欺瞞に誤魔化されない概念だ。
「言い方を変えただけではないか! そんなもの、物言いに過ぎん!」
「お前たち魔王軍が正義を御旗と掲げる以上、こっちまで正義を掲げてたらキリがない。今のでよく分かったよ」
「黙れ! 貴様ら勇者は、弱者を虐げる悪だ! 悪役は悪役らしく、俺の正義の前に屈するのだ!」
「さっきから喋り方が崩れてんぞ。本性丸見えじゃねーか」
「ッ!?」
槍木が呆れたように指さすと、ユスティは慌てて口を塞ぐ。
無意識に素が出た。どうやら、反論されるのは想定外だったようだ。
「貴様らが何を言おうと、我々の優位は揺らがない! これを見ろ!」
ユスティは懐から水晶玉を取り出すと、俺たちの方へと向けて掲げる。
すると、水晶玉から長方形のスクリーンのようなものが投射され、王都の様子が映し出された。
そこには、俺たちの戦いを見守っていたと思わしき人々と聖獣たちが、腕を振り上げ何かを叫んでいる。
そして街の路地や建物からは、勢いよく飛び出してくるゴブリンやオークらの姿があった。
「民衆どもから見たお前たちは、決闘を汚した卑怯者どもだ! この声が聞こえないか!」
そう叫ぶユスティの言葉に呼応するように、人々の怒りの声が轟く。
その様子に、俺は思わず拳を強く握りしめる。
「それでも、俺たちは……」
「いや~、それはどうかな~?」
俺の言葉を遮ったのは、真魚ちゃんだった。
その右手には
「もしもし~、レイアさん? 準備いいかな~?」
『いつでもいけます』
「んじゃ、スピーカーをオンにしてっと」
どうやらもう魔法板を使いこなしているようだ。
スピーカーホンにした魔法板を、ユスティの方へと向けた。
「なんのつもりだ?」
「この電話はただ今、王都中央広場と繋がっていま~す」
「……なに?」
突然の宣言に、ユスティは首を傾げる。
その直後だった。
『全部聞いたぞ! このペテン師め!』
『人と魔族の平等? アタシらのためだって? よくもまあベラベラと言えたもんだね!』
『勇者様を悪者にしようだなんて、卑怯にも程があるぞ!』
聞こえてきたのは非難の声。男に女、しゃがれた声も聞こえてくる。
しかも……非難の対象は俺たちに対するものじゃない。
『騎士ユスティ! 騎士道を汚した恥知らずめ! お前が正義を語るな!!』
『アンタみたいなのが居るから、俺たちの肩身が余計に狭くなるんだよ!』
『お前が言うほど、人間も悪い連中ばっかじゃない!』
『アタシらはアタシらでやっていけてんだ! 勝手にアタシら見下して、手前勝手な意見でアタシらの生活踏みにじってんじゃないよ!』
それは、ユスティを糾弾するものだった。
「な、なんだこれは……」
ユスティは動揺を隠しきれない。
それも当然だろう。自分たちを信じてくれるはずの民衆から、罵声を浴びせられたのだから。
「切り取った映像と音声による偏向報道。社会に訴えかけるプロパガンダでの印象操作。うん、作戦としては悪くなかったんじゃない? 私たち余所者だし、成功してたらこの国追い出されてたかもね~」
「小娘、貴様何をしたぁぁぁぁぁ!!」
「え? 簡単だよ~?」
兜の奥で不適に微笑みながら、真魚ちゃんは左手に握っていた蛇鞭の柄を引く。
よく見ると、蛇鞭の柄から先がなくなっている……ように見えた。
次の瞬間、蛇鞭の持ち手から先がいきなり出現した。
いや……どうやら鞭が透明になっていたらしい。その先端は空へと向かって伸びている。
そして蛇鞭の先端には、巨大な目玉にコウモリの翼が生えたような魔物が拘束されていた。
「あれは……?」
「“イービルアイ”。魔法で生み出される使い魔の一種で、わかりやすく言うと生きた監視カメラみたいなものなんだって」
「貴様っ、どこでそれを!?」
ユスティの声に焦りの色が見える。ははぁ、話が読めてきたぞ。
「あんなでっかい兵器で脅しといて、決闘の形式に拘ってるのは不自然だな~って思ったんだよね。だから、多分あなたは『堂々と戦う自分』をアピールするのが目的なのかなって。で、街にギガンテスの姿を映してたから、カメラの役目をしてる何かがあるんだろうな~って所までは読めたから、探してみたんだよね」
「合流が遅れたのはそういうことだったんですか!?」
「そゆこと。透明になってたから見つけるの大変だったんだよ~」
自慢するように鞭を引く真魚ちゃん。
俺より先に気づくなんて、やっぱりこの子は凄く頭が回るみたいだ。
「おい小娘、お前まさか……」
「そう、そのまさか。さっきあなたがペラペラ語ってくれた作戦は、王都全域に生中継されていたってわけ」
真魚ちゃんは、ユスティの言葉を遮るようにして言った。
「だから、さっきまでの戦いも、今こうして喋っている姿も、ぜ~んぶ王都中に見られてるよ?」
「な……!?」
そう言うと、真魚ちゃんはイービルアイを地面に引きずり落とす。
翼をバタバタさせてもがいていたイービルアイは、叩きつけられた衝撃で潰れ、木っ端微塵になった。
幸い、肉片や血液が飛び散るようなことはなく、陶磁器が割れるように砕けただけだ。どうやら魔法で作った、と言うだけあって粘土でできていたらしい。
「で、その後は魔法板でレイアさんに連絡。街に住んでる魔族の人達を集めてもらったってわけ」
「ヒュゥ、ホワイトやるぅ~」
「お手柄じゃない。ナイスよ、ホワイト」
「凄いよホワイト!」
「それほどでも~」
ホワイトは得意げにヒラヒラと手を振った。
これで奴の計画は破綻した。つまり、後は戦って決着をつけるのみだ。
しかし、まだ問題は残っている。
「許さんぞ小娘ぇぇぇ! だが、俺の計画が露呈したところで、貴様らは俺を攻撃できまい!」
そう。俺たちの攻撃は、奴らにあたる直前に逸れてしまう。
あの手品のタネを明かさなければ、攻撃することもできない。
「ホワイト、奴らに攻撃が当たらない理由に心当たりは?」
「え、そんな事になってたの? 私の鞭はビシバシ当たってたけど……」
真魚ちゃんの武器は命中した……?
これはいったい、どういう事だ?俺たちと真魚ちゃんの武器に、何か大きな違いがあるんだ?
剣、弓矢、槍、盾、そして鞭。この5つの特徴、そして違い……違いは……。
そういやあいつ、攻撃を逸らすだけじゃなくて、矢を引き寄せていたな……?
という事は……。
「……もしかして」
「レッド、心当たりあるの?」
「ホワイト、その武器って変換する前は木の棒だったよな?」
「そうだけど……」
やっぱり。なら、あの能力の正体は、おそらく──
「見えたぜ、アイツの攻略法!」
組み上がった推察を元に、作戦を練る。
外れてたら手詰まりになるけど、きっと正解のはずだ。
「皆、俺に考えがある」
「その口ぶり、何か掴んだわね?」
「ちょっとした賭けにはなる。けど、乗ってくれるか?」
「今更ビビってられっか。勿体付けずに言えよ」
「既に命を懸けてるんです。それに比べたら、安いですよ!多分!」
「私も異論はないよ~」
皆、覚悟は出来ているみたいだ。
今ならどんな相手にも、負ける気がしない!
「お喋りの時間は終わりだ! 野郎ども!」
「「「ウオオオオオオオオオオ!!」」」
ユスティの号令に応えるように、部下の騎士ゴブリン達が雄叫びを上げて集合する。
どうやら、それぞれ拘束を抜け出してきたらしい。鎧が土や霜にまみれて汚れていた。
「殺れぇぇぇぇ!」
蛮刀やメイスを振り上げ、こちらへと向かってくるゴブリンたち。
だが、もう作戦は伝達済みだ。
「皆、いくぞ!」
俺は再び竜剣を構えると、ユスティへと向かってまっすぐ走りだした。
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