第30話「“正義”のためには戦わない」

「グリーン、君じゃないのか!?」

「私、何もしてないわよ!?」


先ほど狙いを外れ、地面に突き刺さっていた矢が3本ほど、ユスティの背中に突き刺さっている。


何が起きた……?狙いを外した矢が、どうして射手である弓宮さんの意志を無視して動いたんだ?


「ぐあああああああっ!! おのれ勇者め、背中から撃つとは卑怯な!!」

「「「「……は?」」」」


わざとらしく大声を上げ、足をふらつかせるユスティ。

状況が飲み込めない俺たちを余所に、ユスティは続ける。


「我が軍をたった5人で蹴散らすその力なら……このような卑怯な真似をせずとも勝てるはず! それを……こんな……!」

「数の暴力に訴えたのはあなたたちじゃない?」

「卑怯なのはそっちじゃないか!」


すぐさま弓宮さんと義彦くんから反論が飛ぶ。ユスティはそれを遮る声量で、更に言葉を重ねた。


「だが……だが、私は屈しはしない……! 散っていった多くの同胞たちの為にも、私は負けない!! 魔族が人間に虐げられない世界のために!! それが私の掲げる正義! 魔王にこの身を捧げた理由なのだから!! うおおおおおおおおッ!!」


ユスティは蛮刀を振り上げ、雄叫びを上げながら走り出す。

まるでわけが分からない……あいつは何故、こんなことを!?


戸惑う俺たち。だが、次の瞬間だった。


「へぶぅ!」


……突如としてユスティが転倒したのだ。

しかも、勢いよく顔面から。


「……え?」

「は?」

「転んだ……」

「あいつ、何やってんだ?」


困惑する俺たちをよそに、ユスティは再び立ち上がる。


「グゥ……足が重い……。だが、止まらんぞ! 私の正義は、決して折れたりなどしない!」


再び剣を振り上げて、俺たちの方へと足を踏み込むユスティ。


しかし、再びユスティが盛大に転び、そのままうつ伏せに倒れ伏す。


「オイオイ、あいつまた転んでるぜ」

「なんか可哀想になってきますね……」

「今のうちに畳みかけた方がいいんじゃないかしら?」


弓宮さんのいう通り、今のユスティは隙だらけだ。

だが、どうも怪しい。まるでわざと転んでいるような不自然さだ。


まるで、何度打ちのめされても立ち上がる、不屈のヒーローのような……。


「……まさか?」


頭の中で、点と点が繋がる。

奴の発言、行動、そしてここまでの不可解な出来事。全てが一本の線に繋がった。


そうだ、この動きは……ヒーローショーの山場で何度も演じてきた展開だ!


「無様だと笑うか? 情けなく見えるか? だが、それでも私は……ッ!」


ユスティは立ち上がり、再び剣を構える。

そして、大きく息を吸い込んだ後で叫んだ。


「私は最後まで戦う!! 私は負けない、正義は必ず勝つのだ! 正義は、必ず……!」


わざと自分が劣勢に見えるような動き。

アピールされる不屈の姿と、繰り返された『正義』の二文字。


そして、俺たちがここに来る途中で見上げたスクリーン。


間違いない。これは“見世物ショー”だ!

俺たちは今、こいつの芝居に付き合わされているんだ!


「さっきから何をゴチャゴチャ言って……」

「待てブルー!」

「なんだよレッド!」

「罠だ! あいつ、自演してやがる!」

「……はぁ!?」

「レッド、それどういうこと!?」

「わざと劣勢を装って、今の光景を王国全域に生中継してるんだ!」

「なんですって!?」

「……ク、ククク、ようやく気付いたようですねぇ」


嘲笑が混じった耳障りな声で、ユスティはバイザー越しに俺たちを見下した。


□□□


「今更気づいても遅い! 私の奮闘は既に、この王国の全員が目にしたのだ!これで貴様らは、私の革命を妨げる悪党だ!!」

「テメェ……やっぱりハナからマトモにやり合う気無かったんじゃねーか!」

「礼儀とか正義って言ってたのは、全部嘘だったんですか!?」


青と黄の勇者が、怒りを滲ませた声で叫ぶ。

ああ、これだ……この声だ。欺かれた怒りと苦々しさが込められた、この叫び!


騙された者たちからぶつけられる、この叫び。俺様が奴らより優れている事の証明!

その事実こそが、何にも勝る愉悦。生きる喜びそのものだ!


「当然でしょう。貴方がた勇者など、私の『正義』の踏み台に過ぎないのですからねぇ」

「正義だの革命だのって……あなた、革命家でも気取ってるつもりなの?」


緑の勇者が呆れたように溜息を吐く。

なんだその態度は。女のクセに、気に食わん。


「私は魔族と人間の平等を目指して戦っているのですよ? これを正義と言わずして、なんと言うのですか?」


その反論に、極めて冷静に応える。

気に食わない相手でも、すぐに声を荒らげるのは三下の雑魚だ。

だが俺は違う。冷静沈着に、ただ自分の正義を主張すればいいのだから。


「最低ね……。自分の醜悪さに自覚がないなんて」

「何とでも言ってください。負け惜しみにしかなりませんからね」


そう、俺の主張は正義だ。俺の正義に異を唱える者は全て悪だ。

そして、悪には徹底的な罰が必要なのだ。何をしても文句は言えないのだ。


たまんねぇなぁ~、“正義”って言葉はよォ~!

それらしい正しさを主張して、この言葉を付けるだけでどいつもこいつも俺様の言う通りに動いてくれんだからよォ~!


まさにこの世で最も甘く、よく効く毒だ。いくらでも暴力を振るうことを許される言葉だ。

その言葉を巧みに使い、理性のタガが外れたバカ共を手駒に出来る俺こそ、闘争の神にも等しい存在といえるだろう。


「今頃、私の正義に感銘を受けた者たちが、私たちを讃え、声援を送ってくれている事でしょう。そして、我々を差別する愚かな人間共に立ち向かう。素晴らしい光景だとは思いませんか?」

「この国の魔族と人間の分裂。それがお前の狙いか……」

「人聞きが悪いですねぇ。これは支配への反逆、『革命』ですよ。この国の魔族は、今日を以て人間たちの支配から解き放たれるのです!!」


投射魔法は、先ほどの決め台詞の所で切断済み。映像を見ていた連中には、俺が卑劣な勇者たちへと果敢に突っ込んでいったようにしか見えていないはずだ。


あとは、折を見てレッドに俺を正面から斬らせる。

斬られなくてもあの剣を引き寄せ、俺を斬ったように見せかければいい。


その後は、今頃俺の様子を伺ってる部下どもが俺に駆け寄り、騎士の誇りを踏みにじられた怒りでキャノン・ギガンテスを起動。

ギガンテスによる蹂躙と、民衆同士の暴動でリュコスはメチャクチャになる……というわけだ。


さあ、赤の勇者よ。お前の怒りが最後の鍵だ。

信じる正義モノを冒涜された激情を、その剣に乗せるがいい!!


□□□


「お前は……何も分かっちゃいない!」


胸の底から湧き上がる怒りを、言語にして吐き出す。

ユスティの言葉を聞いた俺は、激しく憤慨していた。


「何が分かっていないと言うのですか?」

「お前の正義は紛いものだ! 本当の正義は、そんな身勝手なものじゃない!」


嫌な感じだ。さっきからこいつが『正義』という度に、それが汚されていく感じがする。


こいつは正義という言葉を、都合の良いものとして使っている。

正義だと付ければ、何をしても許されるものだと思っているやつの態度だ。


それは、俺がこの世で最も忌み嫌う考え方だ。最も許せない存在だ!


「身勝手なものですよ! 正義なんてものはねぇ、誰かの身勝手を賞賛した言葉に過ぎないんですよ!」

「それは……」


ユスティの言い分に、俺は思わず口を噤んでしまう。


確かに、正義という概念にはそういう側面もある。他でもない俺自身がその一面を是としてしているのだから、否定することができない。

身勝手さを正義と呼ぶ奴の言葉は、俺の信念の裏返しだ。


だが……だからこそ、負けるわけにはいかない!!


「一緒にすんな!!」

「……え?」


俺のものではない言葉に、思わず振り返る。


声の主は槍木だった。


「テメェの身勝手はただの自己中だろうが。自分に酔ってるだけの寝ぼすけ野郎が、いっちょ前に正義語ってんじゃねぇ!」

「ブルー……」


槍木の言葉には、いつものチャラチャラした雰囲気とは違う、強い信念が込められていた。

本気で怒ってくれているのは確かだろう。


「レッドの掲げる正義は、誰かの心に寄り添うものよ。私たちに踏み出す勇気をくれた、力強くて優しい志。押しつけるだけのあなたとは違うわ!」

「グリーン……」


槍木に続く弓宮さんの言葉にも、確かな重みが伴っていた。俺から勇気を貰ったというのも、嘘ではないんだろう。

言われている側としては、少し気恥ずかしいけど。


「レッドさんのこと……何も知らないくせに、偉そうな口叩かないでください! 付き合いは短いですけど……でも、あなたみたいに『正義』って言葉で誰かを傷つけるような人じゃない! 一緒にするな!」

「イエロー……」


義彦くんの言葉は、出会ってから聞いた中でも一番強い口調だった。

本当は、いつもこれくらいの声で主張出来る子なんだろう。頼もしい。


「あ~あ、私が言うことなくなったじゃん」

「ホワイト!?」


振り返ると、いつの間にか真魚ちゃんが何食わぬ顔で加わっていた。


「どこ行ってたんだよ?」

「ちょ~っと用事。続けて良いよ」

「ぶった切っといてそりゃねぇぜ~!?」

「あはは~、ごめんね~」


槍木のリアクションにからからと笑いながら、真魚ちゃんもユスティの方を見据える。


「でも、私も皆と同じ。アイツの主張、ダブスタばっかで嫌いなんだよね」

「貴様ら~……1人に対して5人で弁を重ねるな! 卑怯だぞ!!」

「ほら、またダブスタ! 街の人たち自軍に取り込もうとしてたのにそれ言うの?」

「ぐぬぬぬぬ……」


鋭い反論に、今度はユスティが黙る番だった。


「みんな……ありがとう」

「どういたしまして」

「それほどでも~」

「いえいえ、これくらいは」

「別に。アイツが気に食わなかったからな」


皆のおかげで、俺も言葉がまとまった。

もう奴の言葉には惑わされない!


「ユスティ! 分かっただろ? 俺とお前の『正義』は別物だ!!」

「いいや、違うね!! 俺も、貴様も、違う正義を掲げているだけに過ぎない! 正義と正義で殴り合っている以上、正しいも間違いもないんだよォ!!」


こいつ、無敵だな。何を言っても『自分が正しい』の一点張り。こちらが何を言っても、聞き入れる気はないんだろう。


だったら、こんな奴の作った土俵からは飛び出してやるに限る。


「なら俺は……俺たちは、“正義”のためには戦わない!」

「はぁ……? なら何のために戦うってんだ?」


呆れたような、困惑しているような反応を返すユスティ。

兜で隠した本性も見え始めている。なんだかんだ向こうも焦っているようだ。


だったら、とっておきをくれてやるよ……!


「俺たちが掲げるのは、正義じゃない。俺たちが掲げるのは……大義だ」

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