第29話「小さな違和感」

龍也たちが戦っている頃、王都の各区域では市民たちがそれぞれ魔法板タブレットや広場の石像、街頭のモニュメントなどを見つめていた。


石像やモニュメントには水晶玉が備え付けられており、その水晶玉から空中へと投影された長方形のスクリーンには、城壁の向こうで戦う勇者たちの様子が映し出されていた。


「勇者様、頑張って!」

「負けるな!」

「あんな卑怯者のゴブリンなんか、叩き潰せ!」


老若男女を問わず、大声で勇者たちを応援する人々。

城壁からその光景を見下ろすレイアは、その様子に何やら胸騒ぎを覚えていた。


(決闘? 魔王軍がそんな殊勝な真似、するとは思えない。ということは、何か他に目的がある……?)


自分の魔法板にも映し出されるそれを見て、敵の意図を掴むために思考する。


(画質が悪いし音質も時々途切れてる。投射魔法の精度が乱雑ね……。勇者を圧倒する姿を見せつけて、国民の不安を煽ろうって魂胆の割にはお粗末すぎないかしら?)


レイアは違和感の正体に疑問を抱きながらも、魔法板の鏡面から視線を移す。

見つめる先は城壁の外側。勇者たちの戦う姿が、遠巻きだが目視できる。


「お願い……必ず勝って、戻りなさい」


レイアは祈るように手を組みながら、小さな声で呟いた。


□□□


「ようやく1対1で話せるな」

「この戦力差をこうもあっさり覆すとは、私の想定が甘かったようだ」


互いに得物を構えたまま睨み合う。

殺陣との一番の違いは、この睨み合いがいつ斬り合いに変わるかが決まっていないところだ。


相手をよく観察し、動きを見極めなければならない。先手を打つのは得策ではないだろう。


「このまま降参するか?」

「まさか、ご冗談を。一族の未来を、いや、魔族の未来を背負って戦うこの私が、人間相手に降参するなど」

「その大義名分で命を散らされると、俺たち人間が憎まれるからな。俺は命までは取りたくないね」


俺はユスティが仕掛けてくるのを待つ。

勇者の鎧に歴代勇者の戦闘経験によるフィードバックがあるとはいえ、俺たちが戦いの素人であることには変わりない。


実力に差がある以上、先に動いた方が不利になる。相手の出方を窺うのは、戦いの基本だ。


「フフフ……またまた、ご冗談を」


しかし、ユスティは兜の奥で笑っていた。


「何がおかしい?」

「命までは取りたくない? 違いますねぇ! 正しくは、『私の命を奪う覚悟がない』」

「ッ!?」


全身の筋肉が強張るような感覚が走る。

図星だった。ユスティは俺の本心を的確に言い当てたのだ。


「魔王様から聞いていますよ。貴方たち異世界人は平和ボケした、戦士から最も遠い位置に居る人間だと! 剣を握ることすら初めてなのでしょう?」


次の瞬間、ユスティは地面を蹴った。

素早い踏み込みと共に、俺の首元を狙って蛮刀が振り下ろされる。


「チィっ!!」


辛うじてバックステップで回避するも、間髪入れずに第二撃が迫る。


「ハァ!」

「くっ!」


今度は横に転がって避ける。だが、休む暇もなく第三撃が襲い掛かってきた。


「避けるのは得意なようですが、当てられるはずはないですよねぇ?」

「何故、そう言い切れる?」

「物言わぬ魔獣や死霊ならいざ知らず、我々魔族は言葉が通じる! 意思の疎通が出来る相手を、戦士でもない貴方は殺せますか? 不可能ですよねぇ!」


続く第三撃。これも躱すと、ユスティは舌打ちした。

鎧のおかげか、動体視力も上がっているようだ。


「勇者といえど、所詮は運良く選ばれただけの人間。命を奪う覚悟が出来ないのなら、ここで私に全て寄越すのですッ!」

「ぐぅッ!」


第四撃。剣で受け止めるも、重い衝撃に思わず膝をつく。

重たい剣だ。ゴブリンの筋力に合わせて作られたものなのが伝わってくる。


「いい加減、諦めたらどうです? 降参すれば、貴方が死ぬことはありませんよ?」

「断る! 俺たちに希望を託してくれた人たちがいるんだ。諦めるわけにはいかないッ!」

「ならここで死ぬのですッ!」


ユスティは蛮刀を降ろしたまま、俺の脇腹に勢いよく蹴りを叩き込む。

俺はそれをモロにくらい、後方へと吹っ飛ばされた。


□□□


「ケケケッ! そんなヘナチョコ槍、当たるかよ!」

「がはッ!?」


龍也がユスティと戦っている頃、蒼馬たちも騎士ゴブリンたちから攻撃を受けていた。

蒼馬からの攻撃をものともせず、騎士ゴブリンはメイスで蒼馬の腹に殴打をくらわせる。


「クソッ!」


地面に膝をつきそうになるのを、角槍を支えに立ち上がる。

機獣を蹴散らし、ゴブリンたちと接敵して既に数分。蒼馬は違和感を覚えていた。


「こいつら……なんで攻撃が当たらないんだ!?」


先ほどから何度か、蒼馬はゴブリンへの反撃を試みていた。

しかし、どの一撃も空を切り、逆にカウンターを喰らう始末。既に5回はメイスで殴られている。


鎧が衝撃を吸収してくれてはいるが、ノックバックは発生するようだ。

もしも生身で戦っていたら、とっくに骨がボロボロになっているだろう。


「ケッケッケ! 当てるのを躊躇っているな、腰抜けめ! そんなんじゃ俺たちは殺せないぜ?」


目の前のゴブリンを睨みながら、蒼馬は違和感の正体を探っていた。


(俺が無意識に当てるのを躊躇っている? いや、そんなはずはない。それにしたって掠りすらしねぇのはおかしいだろ!? あいつら、回避する素振りすら見せなかったぞ?)

「どうした、勇者サマよぉ! さっきまでの威勢はどこ行ったぁぁぁ!」


再びゴブリンが攻撃を仕掛ける。

次こそは、という意気込みを込めて、蒼馬は渾身の突きを繰り出した。


だが、真っ直ぐに繰り出されたその一撃は、ゴブリンを避けるようにあらぬ方向へと曲がった。


「ッ!!」

「当たらねぇ!」

『ソウマ! アイスウォールだ!』

「アイスウォールッ!」


ヒョウガからの指示に、蒼馬は咄嗟に詠唱する。

メイスが振り下ろされる瞬間、氷の壁が出現し、蒼馬を守った。


「なッ!? くっ、抜けん!」


メイスを握った腕が氷の壁に巻き込まれ、ゴブリンは慌てて腕を引っ張る。

その隙に、蒼馬はバックステップでその場を離れていった。


「これでしばらく動けない。その間に……」

「ブルー!」

「ブルーさん!」


そこへ、琴羽と義彦が合流した。

二人もゴブリンに隙を作り、その場を離れてきたようだ。


「姐さん、イエロー。あのゴブリンども、攻撃が当たらねぇ」

「ええ。私の矢も変な方向に曲がっていくの」

「俺もです。カウンターで突き出した盾が、強い力で無理矢理逸らされたような感触がありました」

「やっぱそうだったか。ありゃ何なんだ?」

「分からないわ。何かの魔法かしら?」

「そういや、レッドとホワイトは?」


周囲を見回す3人。飛び込んできたのは、ユスティに蹴り飛ばされる龍也の姿だった。


「ぐっ……がはっ!?」

「「「レッド!!」」」


地面を転がる龍也の元に駆け寄る。


「大丈夫……まだ、たった一撃だ……!」

「お前……」


龍也は脇腹を押さえながらも、剣を支えに立ち上がる。

兜の奥から覗く眼光は、まだ強い闘志を立ち上らせていた。


「でも、どうするんですか? 向こうはこっちの攻撃が当たらないんですよ?」

「攻撃が当たらない? どういうことだ?」

「私たちの攻撃は、何故かゴブリンに当たる直前で曲がってしまうの」

「曲がる? 何かの魔法か?」

「それがわかんねぇんだよ!」

「ですから言ったでしょう?」


蒼馬らの視線が、ユスティへと向けられる。

ユスティは蛮刀の切っ先を勇者たちの方へと向けながら叫ぶ。


「私は魔族の未来を背負って戦っているのですよ! 貴方がた余所者とは覚悟が違う!」

「覚悟だぁ? ナメんな! こっちだってなぁ、色々背負ってんだよ!」

「そうよ! 私たちは私たちの目的のために、負けられないの!」

「……貴方の言う通り、僕たちは運良く選ばれただけかもしれません。だけど、そんな僕たちに明日を託してくれた人たちがいるから……だから、僕は諦めたくないッ!」

「みんな……」


勇者たちの心に浮かぶのは、城で出会った人々や、街で見てきた風景。

召喚されてからまだ二日も経っていないが、それらは既に、彼らの背中を押す原動力となり始めていた。


龍也もまた、再び剣を構え直す。


「ユスティ! 俺たちはまだ負けてない! 決着はまだ付いていないぞ!」


龍也と共に、各々武器を構え直す勇者たち。

その姿を見て、ユスティの蛮刀を握る手に力がこもる。


「しつこい連中だ……。いいだろう」


ボソリと、そう呟くとユスティは蛮刀を天高く掲げた。


「ならば理解させてあげましょう! 貴方たちが守ろうとしている者たちの愚かさを!」

「あいつ、何を……?」


次の瞬間、飛来した何かがユスティの身体に突き刺さった。


「……え?」


何が起きたのか分からず、思わず困惑する勇者たち。

中でも一番驚いていたのは、飛来したそれを見た琴羽であった。


「アレは……私の矢?」

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