第28話「それぞれの戦い」

「ぜ、全軍って……それもう決闘でもなんでもないじゃないか!?」


タウラスイエローもとい義彦は、迫り来る獣の群れから逃げながら叫ぶ。

勇者の鎧を装着しているとはいえ、あまりの戦力差に腰が引けてしまっているようだ。飛びかかってくるメカ・ウルフへの対応も、盾に隠れるようにして防いでいるのみで、防戦一方と言わざるを得ないだろう。


『そうかぁ? 俺たち天聖獣の加護は、お前ら勇者に一騎当千の力を与えるからなぁ。このくらいの人数差は、ちょうどいいハンデだと思うぞ』


義彦の左腕で、腕輪の黄玉が発光しながら語りかける。


「ハンデにしたって、向こうは百人超えてそうなんだけど!?」


飛びかかってきたメカ・ボアーの突進を、義彦は盾で受け止めながら叫んだ。

そのまま力の支点を逸らし、メカ・ボアーの進行方向を無理矢理変える。すると猪突猛進してきたボアーはバランスを崩し、地面をバウンドしながら転倒した。


『なぁに、お前なら勝てるって。俺を信じろ!』

「ロック……俺の武器盾しかないんだけどぉ!?」


ロックと呼ばれた天聖獣は豪放磊落といった性格であるようで、どうやら細かいことは気にしないタイプらしい。

武器が盾だけではあるものの、持ち前の筋力と反射神経で義彦はそれなりに戦えている。しかし、やはり攻め手には欠けているようだ。


『使い方次第でどうとでもなるって! ホラ、ちょっとその盾投げてみ』

「投げる!? 盾投げたら丸腰じゃん!?」

『いいからやってみろって! ほら、ボアー来てるぞ?』

「うわ来てる!? あぁもう! 信じるからね!?」


義彦は言われるがまま、メカ・ボアーの群れに向かって勢いよく盾を投げつける。

盾は勢いよく回転し、そのまま群がる猪たちに連続で命中した。


「お、おおっ! なんか凄いの出た!」

『だろ~? その調子で頑張れ!』

「よ、よし……! 距離取ってても戦えるなら……ってこれ、盾持ちの役割と違うよね!?」


戻ってきた盾を握り直しながら、義彦は再びツッコミを入れるのだった。




「ハヤテ、敵は今どれくらい居るの?」

『ざっと数えて約500ってとこかね』

「じゃあ、何人まで同時に狙える?」

『無差別なら100体。加減すりゃ50人ってところさ』

「そうね。皆に当たっちゃったら困るもの」


フェニッグリーンもとい琴羽は、弓に矢をつがえながら腕輪からの声と会話する。

ハヤテと呼ばれた天聖獣は、声からして気の強い女性のようだ。


『武器屋で買った矢は200本。射ち過ぎるんじゃないよ』

「分かってる。本数のカウントは任せるわ」

『あいよ。そういうのは顕現してないあたしらの役割だからね』

「頼りにしてるわよ」


そう言って琴羽は深呼吸すると、狙いを定めて矢を放つ。


追風一射おいてのいっしゃ!!」


同時に放たれた三本の矢は、それぞれ違う三方向へと飛ぶと、機獣たちの腹部や喉元を貫いた。


しかし、それだけでは無い。

貫通した矢はその勢いのまま、次の標的へと向かって飛び始める。


「凄い……本当に矢が勝手に飛んでく……」

『あたしの加護は風を起こすだけじゃない。風の流れを操れる。矢の軌道も加速も、自由自在なのさ』


ハヤテの言う通り、矢は時折その軌道を変えて的確に機獣たちの急所を射抜いている。

龍也たち仲間に当たりそうになる瞬間もあったが、綺麗に曲がって避けていった。


だが……。


『ただ、今の矢じゃ強度が足りないね』


5、6体ほど射抜いた辺りで、矢は自壊し消滅した。3本の内の1本は、機獣の機械部分に命中して弾かれて砕けている。

武器屋で購入した鉄の鏃では、これが限界らしい。


「だったら、数で勝負ね。射ち尽くすわ!」


それでも彼女は怖気づかない。

琴羽は新たな矢を弓につがえ、再び狙いを定めた。




「ヒュー、姐さんやるぅ」


コーンブルーこと蒼馬は、手にした角槍でメカ・ボアーを貫きながら呟いた。

槍使いの彼にとって、突進したり飛びかかったりと、単純な攻撃しかしてこないウルフやボアーは敵ではなかった。


「それにしても、こいつら弱ぇな。それとも俺が強すぎて手も足も出ないってか?」

『そうではない。この鎧には、これまでの装着者たちの、つまり歴代の勇者たちの戦闘経験が刻まれている。新たな勇者がスムーズに戦えるよう、鎧がお前たちの身体に最適な動作を反映させているにすぎない』


落ち着きのある若い男の声が、蒼玉から響いた。


「ってことは俺たち、鎧に着られてんのか!?」

『今はな。だが、お前たち自身が経験を積めば、鎧の補助に頼りきらない動きが出来るようになるだろう』

「服に着られんのは性に合わねぇ。ヒョウガ、早く強くなるにはどうすりゃいい?」

『フッ、決まっているだろう?』


ヒョウガと呼ばれた天聖獣は、もったいぶった末に叫んだ。


『ひたすら戦え。経験あるのみだ。そう、喩えるなら、この角にピンときた美しい女性に誘いをかけるように!』

「なるほどな。要はナンパと同じってワケだ。わかりやすくて良い!」


蒼馬は兜の奥でニヤッと笑いながら、角槍を回して構え直す。


『ソウマ、そろそろ範囲攻撃を試したくはないか?』

「一気に片を付けられんだろ? そんなん使うしかねぇよなぁ!」


角槍に魔力をみなぎらせ、それを地面に突き立てる。

すると穂先が突き刺さった地点を中心に冷気が放出され、機獣たちが凍り付いた。


「砕け散れ!! フリーズブレイク!!」


叫びながら引き抜いた槍の石突で、氷に覆われた地面を叩く。

直後、凍り付いた機獣たちと粉々に砕け散った。


同時に持っていた角槍も砕け、真ん中から折れたただの槍が地面を転がる。


「うわすっげ……」

『実際目にすると驚くだろ? 最初はそんなものだ』

「使い所を間違えられねぇな、これ」

『ああ。だが、ぶっつけ本番にしては上出来だ。この調子でいくぞ!』

「おうよ! かかってきやがれ魔王軍!」


凍った範囲の外から向かってくる機獣たちを見据え、蒼馬は新たな槍を取り出しながらそれらを手招いた。




「ねえ、ミーナ」

『如何なさいましたか?』

「技名って、叫んだ方がいいの?」


リヴァイホワイトこと真魚は、迫る機獣たちを蛇鞭で叩き飛ばしながらそう尋ねた。


『ええ。しっかりと叫んでください』

「相手に技の発動を悟られる危険とか、あると思うんだけど?」

『それは味方も同じです。無言で大技を放つ事で、仲間が巻き込まれる危険性があります。歳若い魔法使いによくある失敗談ですよ』

「あー……ウインカー出さずに曲がる車みたいなものなんだ。それちょっと良くないね」


そう言って真魚は、大きく螺旋を描くように蛇鞭を動かす。


螺旋蛇スピニング・スネイク!」


蛇がとぐろを巻くように、しなる鞭が機獣を巻き込み、飛沫を散らしてうねり昇る。

巻き込まれた機獣たちは大地を離れ、高く打ち上げられて落下した。


「でもさ、さっきの念話で合図すれば済むんじゃないの?」

『あれは我々専用です。念話を前提とした連携に慣れてしまうと、勇者以外の人間と共に戦う機会があった場合に不都合が生じてしまいます』

「なるほど。それはそうかも」


納得したように頷くと、真魚は蛇鞭を握ってピンと張る。

すると鞭は見る間に固くなり、錫杖へと姿を変えた。


鞭で倒しきれなかったメカ・ボアーが、こちらへ向かって突進してくるのが見えたからだ。

真魚は錫杖を振り上げると、それを鋼鉄で覆われたボアーの脳天へと叩きつけた。


『それに、唱える事で技のイメージ強く思い描くことが出来ます。あなたたち異世界人は、武器を手に取る事に慣れていないのでしょう? それを補助するためにも必要なのです』

「OK、理解出来たよ。じゃあ、思いっきり叫んじゃおっか」


そう言って真魚は、錫杖の先端を離れた地点から向かってくる機獣たちの方へと向けた。

錫杖の先端には周囲から水分が集まり、螺旋を描きながら水の球体が形成されている。


そして水球が充分な大きさへと至った時、真魚は高らかに叫んだ。


「ウォーター・ブラスト!発射!」


錫杖から勢いよく射出された水球は、機獣たちに命中する直前、風船のように弾ける。

すると飛び散った水飛沫が勢いよく分散し、散弾のように機獣たちを貫いた。


『どうでした?』

「まあまあかな。何匹か撃ち漏らしてるみたいだし」


飛沫が直撃した機獣は倒れたが、掠めた程度だった個体が真っ直ぐにこちらへと向かってきていた。


「鞭と錫杖、遠近の使い分けに技のイメージ……覚えることがいっぱいあるね」

『面倒に感じますか?』

「まさか。むしろ楽しい! 知らないことがいっぱいあるって、ワクワクするもん!」

『マオ……その飽くなき知識欲、とても好ましく思いますよ』

「ありがと、ミーナ」


真魚は錫杖を再び鞭に変化させ、向かってくるメカ・ウルフを見据える。


「下がってホワイト!!」

「およ?」


と、視界の外からの声に、声のした方へと視線を向ける。

そこには、炎を宿した剣を構えたレッドがいた。


「火炎斬!!」


技名を聞いた真魚は、一歩後退る。

次の瞬間、ウルフたちは高熱の斬撃に焼き尽くされ、黒焦げになっていた。


「大丈夫か?」


ドランレッド、もとい龍也は振り抜いた剣を降ろすと、真魚の方に視線を向ける。


「大丈夫だよ~。でも、ありがと」

「ああ。君は近接戦闘向きじゃないんだから、あまり前に出すぎないようにな?」

「りょーかい。今ので攻撃範囲は掴めたし、もう少し下がってるね~」

「俺たち前衛組は、君とグリーンの後方支援が頼りだからな。背中は任せた!」


龍也はそう言って、再び機獣たちの方へと向かっていく。

その背中を見て、真魚はふと呟いた。


「龍也さん、な~んか手慣れてるように見えるんだよね~?」




『タツヤ、さっきの大技でその剣は限界だ』

「了解。次で交換……なッ!」


龍也は飛びかかってきたボアーの脳天に向けて、握った炎剣を叩き付ける。

刃が当たったその直後、限界を迎えた剣は砕けて爆ぜた。


「これで3本目、段々コツは掴めてきたぞ」

『貴様、異世界人にしては筋が良い。以前の勇者には道場剣術を嗜んでいた者もいたが、剣を握っての身のこなしがここまで素早いのは貴様が初めてだ』

「そいつはどうも。失業しても筋トレは続けてたからな」


新たに取り出した鉄剣を炎剣に変化させながら、龍也は得意げに答えた。


『だが、実戦向けの動きと言うほど洗練されたものでもない。貴様、向こうの世界では兵士見習いでもやっていたのか?』

「残念、ハズレだ。前職はスーツアクター……まあ、役者って言えばいいのかな?」


ウルフの牙を躱し、すれ違いざまに斬り裂く。

龍也の剣を見ながら、グレンは呟く。


『成る程、道場剣術ならぬ役者剣術だったか。戦うための剣ではなく、大衆に魅せるための剣とはな』

「不満か?」

『いや。ただ、納得した。貴様の剣はとても目立つ。それは戦場においては重要なことだ。貴様が戦えば戦うほど、敵の注意は貴様に向く』

「そう。そして目立てば目立つほど……」


龍也がそこまで言いかけた時、彼の頭上を黒い影が覆った。


咄嗟に右へステップすると、振り下ろされた蛮刀が地面を割る。

襲撃者は、鎧に身を包んだゴブリン……群隊長ユスティであった。


「今のを躱すとは、中々やるようですねぇ……」

「そろそろ来ると思ってたぜ、ユスティ」


立ち上がり、蛮刀を構え直すユスティ。

向かい合う龍也もまた、炎剣を正眼に構え直した。

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