第27話「たかが名乗り……だよな?」
(ふっ……チョロいな。これで作戦の第一段階は完了だ)
内心ほくそ笑みながら、
赤の勇者が話の通じる男で助かった。まあ、問答無用で暴力に訴える性格だったとしても、その姿をさらし者にしてやれば問題はないのだが。それではあまりにも退屈だ。
やはり、義心や正道とやらを重んじる者を欺く瞬間こそが最も高揚するからなぁ!
今の状況はすべて、空に浮かぶあの水鏡……反射を利用して風景を映し出す『投射魔法』を通して国中の人間が見ている。
ここまで誠意を示す姿を見せてやっているんだ。もしも断っていれば、愚かな国民どもはお前らに対して疑念を抱くだろうよ。
まあ、魔族からの決闘をバカ正直に承諾する姿に、声だけはデカい少数のバカどもは騒いでるかもしれねぇがなぁ?
さて、第二段階だ。これでお前たちもあの世行きだぜ。
「それでは、これより決闘を始める! 勝敗はどちらかの指揮官の死、或いは降参で決着とする! 伝統に則り、双方名乗りを上げよ!」
角笛を持った部下が、両軍の真ん中に立ち高らかに宣言する。
俺は腰の剣を抜き、それを天高く掲げて名乗りを上げた。
「我が名は騎士ゴブリンのユスティ! 我ら、魔王軍旗下“
まあ、そんな気はさらさらないんだけどな。
今、俺たちの拠点では呪詛師たちがこちらの状況を確認しながら、呪殺の準備を進めている。
わざわざ決闘なんて古臭いモンに乗っかってくる名誉第一のバカ共は、わざわざ本名をフルネームで明かしてくれる。それを呪符に書き込んで、あとは呪詛っちまえば勝手に死んでくれる。
俺はこれまで、この方法で何人も殺してきた。そのための鎧、そのための騎士道だ。騙される連中が滑稽すぎて笑いが止まんねぇぜ。
さてと、異世界からやってきた勇者サマたちよぉ。お前らの名前はなんてンだぁ?
どうせ忘れるだろうけどなぁ! 聞いてやるぜぇ。
「……名乗り、だと?」
ん? なんだ、赤の勇者が何か呟いてるみてぇだが……。
「なあ……名乗って、いいんだな?」
「……は?」
「本当に、名乗ってもいいんだな?」
そう呟いた赤の勇者からは、言葉にしがたい圧が溢れ出していた。
な、なんだ……この圧は!?
たかが名乗りだぞ? 何をそんなに力んでいるんだ、この男……!?
「……少し、待ってろ」
そういうと、赤の勇者はこちらに背を向けると、他の勇者どもと円陣を組む。
なんだ……? いったい、何を始めるつもりなんだ……?
(おいおい、決闘するんじゃないのかよ?)
(実は昨日、寝る前に考えた名乗り口上があるんだけど、皆でやらないか?)
(はぁ!?)
(名乗り口上って、なに?)
(あれですよ。戦隊モノでヒーローが戦う前によくやるやつ)
(なになに? もしかして、全員分の決め台詞とか?)
(俺はやらねぇぞ。ダサいし恥ずかしい)
(今やらなくていつやるんだよ!? ほら、本屋で買ったメモ用紙にカンペしといたから、ね?)
(ぶっつけ本番だね。でも面白そう!)
(あんまり難しい言葉もないし、このくらいならまぁ)
(ふぅん。まあ、名乗るのが伝統って言ってたし、向こうも名乗ったんだから倣うべきよね)
(ウッソだろオイ……反対なの俺だけかよ……)
何かの儀式か? わからん……一体何をコソコソと……。
と、ようやく終わったようで、勇者どもは改めて横に並び直す。
そして、赤の勇者は高らかに名乗りを上げた。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! ここに集うは五つの光、世界を守る俺たちこそは――」
「赤の勇者! ドランレッド!」
「緑の勇者! フェニッグリーン!」
「あ、青の勇者! コーンブルー!」
「白の勇者! リヴァイホワイト!」
「黄の勇者! タウラスイエロー!」
「我ら! 勇者戦隊テンセイジャー!」
そう叫びながら、勇者どもはバラバラなポーズで構えを取った。あと、何故かその背後で爆発が起こった。
「うわぁビックリしたぁ!?」
「な、なんだ今の!?」
「いや、名乗ったら背景ナパーム爆破までがセットだろ?」
「特オタの常識なんか知らねーわ!! ってかお前そんな技あんなら敵に使えや!!」
「はい中断! 皆、今は決闘中よ?」
「これが名乗りかぁ。結構楽しいかも~」
(……なんだ、これは?)
俺は困惑した。隣の子分共もきっと同じだろう。目の前の光景に、理解が追いついていないからだ。
たかが名乗りだぞ? 口上はともかく、なにゆえそんな派手な動きを……? というか何故爆発させたんだ?
分からん……何も分からん……。
「さあ、名乗りは終わったぞ! 始めて良いんだな?」
名乗り口上を終え、横一列に並んだ勇者どもは武器を構える。そこでようやく、俺は意識を引き戻された。
「あ、ああ……そうだ。では、角笛の音が合図だ」
俺は角笛を持ったゴブリンに合図を送りながら息を整え、精神を安定させる。
その瞬間にふと思い至った。
(奇妙で奇抜なあの名乗り。もしや、深い意味はないのではないだろうか?)
敢えて奇妙な行動に出ることで、我々を動揺させる作戦だと考えれば説明は付く。
きっとそうに違いない。甘く見ていたがこの勇者ども、思ったよりも油断ならない連中かもしれんぞ。
(だが、我々の勝利に変わりはない。奴らは今、確かに名乗った。これで呪詛の準備は整ったぞ!)
あとは角笛の音と共に、呪詛を発動するだけ。それで奴らは終わりだ。
『ユスティ群隊長、こちらはいつでも』
兜の裏に付けられた連絡用の魔導具から呪詛師の声が届く。
「よし、始めろ」
俺はそう命じながら、剣を構えた。
そして、角笛は高らかに吹き鳴らされる。
次の瞬間、勇者どもは苦しみ悶えながら倒れ……
「うおおおおおおおおおッ!!」
倒れ……ていない!? どういうことだ!?
「おい、どうなっている!?」
『ぐべらばぁぁああ!?』
「ッ!?」
聞こえてきたのは血反吐を吐く音と、呪詛師たちの苦悶の声。
なんだ? いったい何が起こった?
勇者どもの攻撃か!?
いや、奴らは何もしていないはず。すると、拠点が襲撃を受けたのか?
それもあり得ない。そんな予兆は一切なかったはずだ。ともすれば他にあり得る可能性は……。
「まさか……呪詛返しか!?」
呪詛は他者を呪い殺すためだけに生み出された強力な術式だ。
それ故に、失敗したときのリスクは凄まじく、その術式がそのまま術者に跳ね返ってくる。
だが、奴らはこれまで何人もの人間を呪殺してきた熟練の呪詛師たちだ。失敗するような要素はなかったはずだ。
だとすれば、失敗の要因は……。
「奴らの名乗った名は……本名ではない、のか……!?」
こちらの動揺を狙った奇抜な名乗りに加え、本名ではない名で呪詛を弾く。
奴らの行動は、全てこちらの想定外のものだった。
なんなのだ……奴ら、異世界から来たばかりではなかったのか!?
「た、隊長! 奴ら、来てますよぉ!?」
眼前には、既にそこまで迫っている勇者たちの姿。
考えている時間はもうない。
「仕方あるまい……。ならば実力を以て排除するまでよ! 全軍突撃ぃぃぃぃぃ!」
「全軍突撃!」
これほどまでに焦った瞬間は、魔王様に初めて謁見した時以来だっただろう。
常識破りな勇者どもは、既に俺の中でそれほどまでに理解の及ばぬ存在として映り始めていた。
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