第24話「靴屋ゴブリンってなに?」
靴屋の奥に腰掛けていたゴブリンに驚き、思わず後退る。
一体どういうことだ……!? どうして街の中にゴブリンが……。
「もう、先に注意しておりましたのに……」
「これはこれはレイアさん。今日は随分と大人数ですな?」
(……え?)
ゴブリンに驚く様子もなく、平然と話しかけるレイアさんの姿に、俺は困惑した。
俺だけじゃない、他の皆も驚いているようだ。
「ごめんなさいね、シューマンさん。この人たち、ゴブリンを見慣れていないの」
「いえいえ、慣れてますから。それでこちらの方々は?」
「この方々は昨日、王国が召喚した勇者様たちです」
「なんと……!?」
レイアさんの言葉を聞き、シューマンと呼ばれたそのゴブリンは目を丸くして驚愕する。
そして俺たちに向かい、深々と礼をした。
「勇者の皆様、ご足労いただき誠にありがたく思います。わたくし、シューマンと申します。以後、ご贔屓にしていただければ幸いです」
「は、はあ……」
なんだろう、思ってたゴブリンとは随分違うっぽい?
ゴブリンってこう、もっと野蛮で凶暴なの想像してたんだけど……。
「本日はどのようなご要件で?」
「勇者様たちは、今日中に王国を旅立たれます。なので、是非ともあなたの店の靴を買っておきたかったのです」
「もったいないお言葉です。ですが、他ならぬあなたの頼みですからね。すぐにでもご用意致します」
「ありがとう。できるだけ長く使える物をお願いします」
「少々お待ちください。すぐ持ってきます」
レイアさんからの注文を受けると、シューマンさんは奥の部屋へと姿を消した。
聞くなら今が良いと思い、俺は口を開く。
「レイアさん、あの……」
「どうしてゴブリンが靴屋を開いてるんですか!?」
と、俺より先に、義彦くんが質問していた。でも気になったことは俺と同じようだ。
ゴブリンと言えば、ファンタジー系のゲームや漫画じゃ代表的な悪役だ。
醜悪な外見に凶暴な性格。人間を襲ったり攫ったりする、ゲームでは序盤の敵キャラ筆頭のポジションに位置する存在。
それが街で靴屋を営んでいる。いったいどういうことなのだろうか?
「一昔前までは、彼らも魔物として扱われていました。ですが、今の彼らには人権が認められています」
「どういうことです?」
「ゴブリンやオークなど、人間に近い姿をした種族。今では『魔族』と呼ばれていますが、彼らは元々人間だったことが、学者たちの研究で明らかになったのです」
「人間が、ゴブリンやオークに……!?」
驚きのあまり、開いた口が塞がらない。
レイアさんは静かに頷き、説明を続ける。
「森や洞窟、大自然の中で暮らしていた狩猟民族が、それらの環境に適応して進化したものだそうです。この研究が公表された当時は大変な騒ぎになったそうですよ」
「まあ、そうだろうな。今まで魔物扱いしてきた連中が人間だったとか、国家が揺らぐだろ」
槍木の言うとおりだ。公表当時の混乱ぶりは容易に想像できる。
魔物を倒す役職に就いてる人間は肩身が狭くなっただろうし、法律も多少の変化があったりしたんだろう。
「人権が保障されて以降、魔族も各国の都市圏に出入りするようになりました。シューマンさんのように、街で普通に暮らしている人も居ます」
「なるほど……だからここに来る前、驚かないで、と言っていたわけですね」
「でも魔族に対する差別、まだなくなってないんでしょ?」
「ご理解いただけたようで幸いです」
琴羽さんと真魚ちゃんの言葉に、レイアさんは静かに答える。
さっき店から出てきたガラの悪いクレーマー男の態度に合点がいった。あれは店を冷やかしに来て、わざと不機嫌な態度を取ることで店員を困らせるタイプの迷惑客のそれだ。
だからレイアさんは、事前に忠告してくれていたのだ。俺たちがシューマンさんに失礼な態度を取ってしまわないように。
人間と魔族。これは、俺たちの世界で言うところの人種差別と同じものだろう。俺も今の話を聞くまでは、シューマンさんを偏見の目で見てしまっていた。
ヒーローにあるまじき失態だ……我ながら情けない。今後改めなければ。
「シューマンさんの靴は、履き心地と機能性に優れてるんですよ。私もよく愛用させてもらっています」
「お褒めいただき光栄です」
「あら、噂をすれば」
そこへ、店の奥から靴の入った紙箱を持ったシューマンさんが表れた。
レイアさんに褒められたからか、シューマンさんは嬉しそうな表情を浮かべている。
見た目は少し怖いけど、こうして見ると普通の人と変わらないな……。
街角に店を構える、気の良いおじさんって感じだ。
「どうぞ、こちらになります。サイズは箱に書いてあるので、合う物を選んでください」
「ありがとうございます」
入っていたのは、革製のブーツだった。
レイアさんに数字を翻訳してもらい、俺たちはそれぞれの足に合うブーツを試着する。
「うん、サイズバッチリだよ~!」
「まあ、悪くはねぇな」
真魚ちゃんは早速何歩か歩いてみたり、飛び跳ねたりしている。
槍木はブーツをいろんな角度から見回していた。
「革製にしては、あんまり窮屈な感じがしないような?」
「いわれてみるとそうね?」
「当店の靴は、内側の素材に拘っております。靴擦れなど起こさせませんよ」
「なにそれ最高じゃん……」
義彦くんと弓宮さんは、その履き心地に驚いている。
確かにこの靴、化学繊維も使ってないのにクッション性がかなり高い。現代のブーツと大差ない履き心地なんじゃないだろうか?
「勇者様、どうでしょう? ご満足いただけましたか?」
振り向くと、シューマンさんが俺の方を見ていた。
「とても良い靴だと思います。これならどんな険しい道でも踏破できる、そんな気がします」
「そうでしょうとも。当店自慢の逸品ですから」
俺が感想を述べると、シューマンさんは穏やかな笑顔を見せた。
それはまるで自分の子供を見守る父親のようであり、孫の成長を楽しむおじいさんのような笑みにも見えた。
「どうか存分に使ってやってください。その靴も喜びます」
その笑みが何に対して向けられたものか、それは彼の視線の先にあった。
視線の先には、俺たちが履いているブーツ。
慈しむようなその表情に、俺はふと気づかされる。
(ああ、そうか。この人にとって、この靴は我が子も同然なんだ)
先ほどまで座っていたカウンターに置かれていたのは、作りかけの靴と作業道具。
店内を見回すと、棚に陳列された多くの靴と紙箱が目に入る。
その全てが、シューマンさんの手によるものだと理解するのに、時間はかからなかった。
これだけの数の靴を、この人は一人で作り続けてきたんだろう。
おそらくこの店の客足は少ない。全く客入りがないわけではないみたいだけど、店内には俺たち以外に客が居ないのを見れば察せられる。
それでもシューマンさんは、毎日欠かすことなく靴を作り続けているんだ。
そうして出来上がったのが今、俺たちが履いているこの靴なんだ。
ああいう表情になるのは、当然だろう。
ちょっと、胸がキュッと締め付けられる。
「……なあ、みんな」
「何かしら?」
「はい?」
「せっかくだし、ブーツ以外にも何か買っていかないか?」
こんなに良い靴を、棚で眠らせているのは勿体ない。
シューマンさんの顔を見て、俺は強くそう思った。
提案しながら目配せすると、皆は納得したように首肯した。
「いいわね。実は私も、サンダルとか思ってたところなの」
「私もさんせ~い」
「お、俺もあのスニーカーとか気になってたので……」
「俺もあと五足は欲しくなってきたわ。もーちょい見てく事にするぜ」
槍木も賛成してくれたようだ。
女の子は絡んでないから……多分、あのクレーマーが気に食わなかったんだろうな。反骨精神の塊かよ。
「レイアさん、いいですよね?」
「……そうですね。他の王国で、王に謁見する機会がないとも限りませんから」
「じゃあ、決まりだな! シューマンさん、他の靴も買いたいのですが、オススメはありますか?」
「皆さん、先を急ぐのでは……?」
「まあまあ、いいじゃないですか。他のも欲しくなっちゃっただけですから~」
困惑するシューマンさんを誤魔化しつつ、こうして追加の買い物が決定した。
「せっかくだし、買った靴のレビュー書こうよ」
「それ、いいわね。ライラさん、翻訳お願いできるかしら?」
「れびゅー? ってなんですか?」
「商品の使い心地なんかを書いて、商品を宣伝する文章を作るの。お客さん、そういうの気にするから」
「なるほど、任されました」
女性陣は早速、サンダルやシューズの宣伝を計画し始めている。
真魚ちゃん主導の下、商品レビューを貼り出すつもりのようだ。
「なら、キャッチコピーに『勇者来店!』ってのどうだ?」
「あ、それ採用!」
「でも、僕たちまだ何も為し得てはいないんですけど……」
「勇者として活躍していけば、自然とこの売り文句も生きてくるかと」
「って事はよ……魔王軍倒せば、俺たちファッションリーダーってことか!」
「ひょっとしたら……なるかもしれませんね」
「ッ!?」
予想外の肯定だったのか、槍木がガバッと弓宮さんの方を見る。
「あくまでも私たちが魔王を倒し、この世界の人々に認められればの話です。今の私たちはまだ、期待されている“だけ”の立場ですから」
「戦う理由、一つ増えたな」
「靴屋の評判のために戦う勇者なんて、前代未聞ですね」
レイアさんの一言に、俺たちは声を揃えて笑う。
そんな俺たちの様子を、シューマンさんは棚から靴を降ろしながら、不思議そうな顔で見つめていた。
その時、建物を揺らすほどの轟音が、断続的に響き渡った。
「な、なんだ!?」
「地震?」
「いや、違うだろこれ……」
音の発生源は外からのようだ。
「皆さん、行きましょう!」
「レイアさん、場所分かるんですか!?」
「今、監視塔から警報が来ました。城門の方です!」
城門ということは、今の音は城壁の外からの攻撃である可能性が高い。
俺はリュックを背負い直すと、取り出した鉄剣を握った。
「すみませんシューマンさん、ちょっと行ってきます!」
「え、ええ」
「後で戻ってきますので!」
それだけ言い残し、俺たちは店を飛び出した。
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