第23話「迫る軍団」

龍也たちが買い物に出る少し前。

リュコス王国内に設置された魔王軍の拠点では、魔女メディナが部下に命令を下していた。


バスケットボールほどの大きさの水晶玉の前で、部下達は跪き、メディナの言葉が終わるのを待つ。


「では、リュコスを直接叩く日が来たわけですね?」

『ええ。あなたの部隊にお任せします』

「はっ。その役目、必ずや果たしてご覧にいれましょう」


騎士の鎧に身を包んだ、緑色の肌の異形が恭しく頭を下げる。

爛々と光る金色の瞳に醜く曲がった鼻。三角形に尖った耳に、しゃがれた低い声。

人の形をしていながら、人間とは明らかに違うその姿は、この世界の人々から蛮族として恐れられている種のものだ。


『あなたの掲げる”正義“は、赤の勇者を惑わす毒牙となるだろう。魔王様はそうお考えです。存分に振るって来るのです』

「えぇ、思い知らせてやりましょうとも。我らの苦しみ、我らの怒り。そして、人間どもの醜さを」

『期待していますよ。解放群リベレイター


水晶玉の輝きと共に、魔女の姿が消える。

直後、隊長格のゴブリンは立ち上がると、部下たちの方へと向き直った。


「クク……グハハハハハハハ! 遂に、遂にこの時がやってきたぞ!!」


先程までとは一転した、下品な笑い声を上げる隊長。

部下たちもまた、部屋が揺れるほどの歓声を上げて歓喜にうち震える。


その喜びが良いものでないことは、彼らの顔を見れば明らかだった。


「お前たち! あの憎き王国に報復する日が遂に訪れた! さあ武器を手に取れ、角笛を鳴らせ! 聖戦の始まりだ!!」

「「「「「オオオオオオオオオ!!」」」」」


咆哮にも似た雄叫びと共に、ゴブリンたちは拠点から出陣する。

陽光に照らされたその姿は、全員が騎士の鎧という異様な光景。鎧を着たゴブリン達は皆、身体の一部分が金属製の義体のようになった狼や猪などの獣に騎乗していた。


「しかし隊長、我々にこのような格好をさせる意味は?」

「正直言って、鉄の鎧など邪魔でしか無いのですが……」


部下の1人が、隊長に問いかける。

すると隊長ゴブリンは、下卑た笑みを浮かべたまま答えた。


「メディナ様から賜った作戦の一環だ。窮屈だろうが……まぁ見ていなさい」


隊長は、騎士の格好に似つかわしくない獰猛な笑みを兜のバイザーに隠し、騎乗する馬に鞭を入れる。

リュコス王国は、再び魔王軍によって襲撃されようとしていた。


□□□


「ありがとうございました」

「おう! また来てくれよ!」


武器屋での買い物は、そこまでかからなかった。どうやらレイアさんがあらかじめ、ここに来る前に準備してもらっていたらしい。

魔法板タブレットで取り置きが出来るなんて、かなり現代的な仕組みがあるもんだ。

おかげでスムーズに購入が終わって、そろそろ出発できそうだ。


しかし……。


「武器が手に入ったのは良いけどよ。この国、結構ヤバくないか?」

「まさか、高い武器はほとんど入荷が止まっているなんて……」


槍木と弓宮さんが、浮かない顔で呟いた。


武器屋で購入できたのは、鉄と鋼の武器までだった。

最上級の金属である魔鋼製の武器は、輸入がストップしているらしい。


国内に残っていた分も、王国軍が全て買っていったんだとか。

当然か。国の防衛を最優先とするなら、強く鍛えた兵士に一番良い武器を渡すのがセオリーだ。


……まあ、俺たちを勇者と呼びつつも、安い武器しか渡さないところが国王様のひどいところなんだけど。

せめて魔鋼とは言わないまでも、鋼の武器くらいは渡してくれても良かったんじゃないかな?

物質転換あるとはいえ、過信は出来ないわけだし。いや、もう愚痴っても仕方ないんだけど。


「魔王軍は王国間の国境に、それぞれ四つの拠点を設置したようなのです」

「国家間を物理的に分断したんだ……。物資での支援だけじゃなく、他国からの援軍も封じた上で四大王国を各個撃破を狙う。規模が大きい上に堅実だね」

「迂回とか出来ないんですか?」


冷静に分析する真魚ちゃんに対し、義彦くんは尤もらしい提案をする。

でも魔王軍が、果たしてそんな逃げ道を用意してくれているだろうか?


「迂回しようとすると、巡回してる魔王軍の尖兵に襲われるとの報告が上がっております。巡回ルートから離れようとすれば、かなり遠回りすることになるのだとか」

「うわ……なにそのクソゲー」


そんな気はしてた。となると、俺たちが目指すべきはその拠点になるんだろう。

四つの拠点を全て攻略し、王国間の繋がりを取り戻さなければ。


「報告が上がってるってことは、調査に行った兵士は帰ってきたんですか?」

「ええ。報告してきた斥候によると、わざと逃がされた気すらしたとか……」

「わざと? なんで?」


レイアさんの言葉に、俺は首を傾げる。


「多分だけど、敢えて情報を持ち帰らせることで、自分たちの力を誇示する意図があるんじゃないかな?」

「性格悪ッ!」


真魚ちゃんの言葉に、義彦くんが苦い表情を見せた。

わざと見逃すことで、逆にいつでも殺すことが出来たと理解させられるの、煽りとしてだいぶレベル高いな……。


「けど、絶望感を煽ることはできる。ウザってぇな」

「なら尚更、負けられないな。こんな真似、終わらせてやらないと」


こんなやり方で、大勢の人を苦しめている魔王軍に、俺は改めて怒りを燃やした。


「かわい子ちゃんたちがオシャレも出来ない世の中になったら困るしな」

「ブルー、お前ホント女の子好きだな……」

「悪いかよ?」

「いや、むしろ分かりやすくていい」

「どういう意味だコラ」


とにかく女の子が第一、というのが槍木の指針らしい。

聞くだけならチャラいけども、モチベーションがシンプルなのはいい事だと思う。


女の子絡みでちょくちょく問題行動、問題発言が目立つのはちょっと思うところあるけど……。


「それで、レイアさん。次の目的地はどこなんですか?」

「次が最後のお店です。ただ……」


そこでレイアさんは足を止め、俺たちの方を振り返る。

その表情は真剣そのもの。思わず背筋が伸びていた。


「店主さんの姿を見ても、決して驚かないでくださいね」

「驚く……? 何にですか?」

「行けばわかります」


それだけ言って、レイアさんは再び歩き出した。

いったい、どんな店なんだろうか……。


□□□


「こちらです」


そう言ってレイアさんが指し示した店には、靴の形の看板がかけられていた。

ガラス張りのショーウィンドウにも、いくつかの靴が並べられている。


「ここは……靴屋さん?」

「長旅には良い靴が必須です。こちらの店には、私も普段からお世話になっているので」

「なるほど……」


この大陸の地形はよく知らないけど、旅というからには山道とか森林とか、そういった場所も歩く事になるだろう。

そうなった時、シューズだと歩きにくそうなのは確かだ。そこまで気を配ってくれてるなんて、レイアさんは気が利く人みたいだ。


「あー、分かります。靴ひとつで足にかかる負担も変わりますからね」

「盾石くん、詳しいの?」

「前に運動部に居たから、そこそこ」

「オシャレな靴とかね~かなぁ~」

「可愛い靴があると嬉しいですね」

「2人とも、こういうのは機能で選ばないと後で泣くぞ?」

「そうなの?」

「うわ出た~、横からマジレスしてくるヤツ~」

「ブルー、俺たちの目的はオシャレする事じゃないだろ」


少し騒がしいなと思うくらい、ワイワイしながら店へと進む。


そういや、異世界の靴っていったいどんなんだろう?

化学繊維なんて無いだろうし、やっぱり革靴……だよな?

だとしたら、何の革使ってるんだろう?

牛とか豚とかヤギとか?ひょっとしたら、モンスターの革とか使ってたり……。


そんな事を考えながらドアを開けようとした、その時だった。


「ヘッ!こんな店、二度と来ねぇよ!」


勢いよくドアが開けられ、中からガラの悪い男が現れた。

思わず後ずさると、男は俺達の方を一瞥し、そのままドアをバタンと閉めて去っていく。


去り際に舌打ちまで聞こえた。何なんだあの人……。


「ハァ~……見苦しいわね」

「レイアさん、あれは?」

「悪質なクレーマーというやつです、お気になさらず。さあ、入りますよ」


レイアさんがドアを開け、俺たちは店の奥へと足を踏み込んだ。


見えてきたのは整然と並べられた棚に、綺麗に並べられた靴。

シューズにブーツ、サンダルにハイヒール、それからスニーカーのような靴まである。


そのどれもが革製で、商品と共に設置された札には値段と何やら文字が書かれている。

多分、商品名とか原料名あたりだろうか?


そして、店内の床は埃一つなく綺麗に掃除されていた。


「おや、いらっしゃいませ」


カウンターに腰掛け、なにやら作業をしていた店主がこちらへ顔を向ける。


その顔に、俺は……いや、俺たち5人は声を揃えて絶叫した。


「「「「「うわあああああ!?」」」」」


そこに座っていたのは、鈎状に曲がった鼻に落ち窪んだ目。

そして、緑色の肌をした人型の魔物。


ファンタジー系のゲームなんかで一度は見た事があるその姿は……紛れもなくゴブリンだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る