第22話「必要なものってなんだろう?②」
「次は武器屋ですね。皆さんにとって一番大事な買い物になるかと」
食料と本を買い揃え、いよいよ武器屋へと向かう。
その道中、俺は歩きながら市場の人々を見ていた。街の様子は至って平和に見える。
例えば、屋台でケバブを売りさばく猫の顔をした獣人。
レイアさん曰く、このケバブも俺たちの世界から入ってきたものの一つで、店はこの通りの老舗のひとつらしい。店主は店を出すために他国で修行してきたんだとか。
売られていたケバブは、削ぎ落とした肉を葉野菜と一緒にパンに挟み、ソースをかけて食べる料理なのは変わらなかった。
違いを挙げるとすれば、チリソースにあたるであろう辛めの味のソースが『ピリソース』という名前だった事だろうか?
名前の通り、ピリッとくる辛さがクセになる味だった。
他だと、街のあちこちで遊ぶ子どもたち。
犬や猫なんかと一緒になって走り回っている子たちもいれば、石畳にチョークで絵を描いている子もいる。おもちゃの剣でチャンバラしたり、ドラゴンや騎士の人形でブンドドしている子も見かけた。
とても2週間前、魔王軍に襲われたとは思えない。
しかし、その一方で魔王軍の爪痕もまた残されていた。
大通りの途中には、看板で閉鎖された場所があり、目的の店まで何度か遠回りをすることになった。
石材や角材を積んだ荷車が何台も並び、職人らしき人たちや聖獣たちが、焼け落ちた家屋を建て直している。
それでも、この国の人たちは明るく活気に満ち溢れているように見えた。
(これが、俺たちが守っていくことになる人たちなんだな……)
武器屋に着くまでの間、俺はその光景を深く胸に刻み込んだ。
「……ん?」
ある店に俺は興味を惹かれ、足を止める。
「どうかなされましたか?」
「レイアさん、ちょっと寄り道させてください」
「え? ちょっと、どちらへ!?」
そう伝えると、俺はその店へと足を向けた。
その店の前には、通行人に向かって必死に呼びかける男の姿があった。
おそらくこの店の店員、あるいは店主だろうか?
通行人は足を止めることもなく通り過ぎていくが、その人の顔はどこか困り顔だ。
「そこのお兄さん、うちの木剣見ていきませんか!」
「あ、いえ……」
「そこの坊ちゃん、今なら安く買えちゃうよ?」
「いらない! じゃあね~」
「ちょ、ちょっとぉ……」
やがてその人は、ガックリと肩を落とした。
「はぁ……このままじゃ赤字だぞ……」
「どうかしましたか?」
「はぅあっ!?」
声をかけると、その人は肩を跳ねさせて驚いた。
思わずこっちも一歩身を引いてしまう。
「ああ、すみません。何かご用でしょうか?」
「いえ、何かお困りのようだったので」
「い、いえ、大したことでは」
何か誤魔化すように笑う男。見たところ、二十歳になったばかりといったところだろうか?
見たところ、店に他の店員がいる様子はない。個人経営なのだろう。
店の前に陳列されているのは、先ほどの子どもたちが遊んでいたドラゴンの人形やスズの兵隊。車輪の付いた木彫りの馬に、ゼンマイらしきものが付いた動物の玩具もあった。
店の壁際に設置された棚にはボールやぬいぐるみ、ドールハウスなども置かれており、それらが種類別に並べられている。
間違いない。ここは玩具屋だ。
思わずテンションが上がる。少し大人げないとは思うが、仕方ない。だって玩具屋は、いくつ歳を重ねてもワクワクしてしまう場所なのだから。
ここが玩具屋なのが分かったところで、俺は店主の背後にある木樽に気がつく。
樽の中には大量の木剣が入っており、また、タルには黄色い文字で何やら書かれた赤い紙が貼られていた。
なんだろう、セール品とかの張り紙を思い出すな。
「龍也さん、急にどうしたんですか!?」
「いきなり走り出すから驚いたよ~」
そこへ、義彦くんと真魚ちゃんが後ろから追いついてきた。
振り返ると、レイアさんたちも来ていた。
「ああ、悪い。この人が困ってるみたいだったから」
俺はもう一度、店主に話を聞いてみることにした。
「困っているのでしたら、力になります。よろしければ、話を聞かせてください」
「その……実は、木剣が大量に売れ残ってしまいまして……」
そう言って店主は、木剣の入ったタルを指さす。
レイアさんは張り紙を見て、思わず口を開いた。
「木剣1本、銀貨2枚? 5枚じゃなくて?」
「なんなら銀貨1枚でも構わないくらいです……」
「どうしてこんなに安くして……るんですか?」
「それは……凱旋祭の売れ残りです」
レイアさんの言葉に、店主は悲しげに答える。
「本当なら、凱旋祭の出店で売る筈だったものだったのですが……。ほら、魔王軍のせいで祭りが中止になったので」
「ああ……」
なるほど。個人経営店がお祭り商戦用に用意した目玉商品だったのか。
祭りの熱狂は、財布の紐を緩めさせる。この世界でも同じかどうかは分からないけど、普段よりも多くお金を使ってくれる可能性は高い。
俺たちの世界で言うところの、プラスチックの剣みたいなものなんだろう。
だけど、それがなくなってしまった以上、こうやって値段を下げて売り込むしかないわけだ。
そしてシーズンを逃した商品は中々売れづらくなってしまう。
新番組が始まって半年過ぎても売れ残っている、前作ヒーローのなりきりアイテムみたいに。
「角材に加工することは出来ないし、せめて値下げしてでも売らないと……」
店主さんは本当に困った顔をしていた。
このままでは赤字になってしまうだろう。最悪、店を畳むことになるかもしれない。
そう思ったとき、俺は自然と口走っていた。
「その木剣、ちょっと見せてもらえますか?」
「ええ、よろしいですが……」
俺は店主から、木剣を1本受け取る。
よくできた剣だと思った。見た目はどこにでもあるような木剣だ。材質は樫だろうか?
柄の部分を握って軽く振ってみる。
うん、悪くない感触だ。重さもバランスもいい。これなら俺にも扱えそうだ。
デザインもシンプルながら、子どもウケが良さそうだ。
特に、カラフルに塗られた鍔がとても気に入った。
「この木剣、全部買い取ります」
「はい!?」
「よろしいのですか?」
店主とレイアさんが、二人揃って驚く。
「ちょうど剣をたくさん買いに来たところだったんですよ」
「ちょ……ちょっと待ってくださいね!?」
レイアさんが俺の肩に腕を回すと、声を潜めて耳打ちしてきた。
(何を考えてるんですか!?)
(だって、店主さん困ってたし……)
(それは、そうですが……)
理解はしてくれている。だけど、納得は出来ていない顔だ。
当然だろう。レイアさんはお金を出してくれている側だ。なるべく無駄な支出は抑えたいだろうし、効率を考えれば鉄の剣を買った方が絶対にいいはずだ。
それは俺も分かっている。けど、それでも。
(これは俺の我が儘です。でも、少なくとも店主さんの悩みを消すことは出来る。俺が買うのはただの木剣じゃない、店主さんの笑顔なんです)
(……それが、あなたのエゴなのね)
(ああ。でも、これが偽善だとしても、自己満足であっても、それで少しでも誰かが喜んでくれたら俺は嬉しいんだ)
俺が満足したいから買っただけだ。だから損はしていない。
偽善だったとしても、やらずに後悔するよりはいいはずだ。
(レイアさんには迷惑かもしれません。でも……)
(それがヒーロー、でしょ?)
(ッ!?)
レイアさんは微笑んで、俺から離れた。
「それなら、私は止めません。どうぞ、タツヤ様の御心のままに」
「あ……ありがとうございます」
今、一瞬だけ口調が変わってたような……。
「店主さん、この木剣、全部こちらで買い取ります」
「本当によろしいんですか?」
「はい。店の裏にある在庫まで全部、まとめて買い取りいたしますわ」
「あ、ありがとうございます! 助かりました!」
こうして俺は、大量の木剣を手に入れた。
使い道は……後で変身して、鉄剣との強度を比較してから考えよう。
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