第21話「必要なものってなんだろう?①」
「ご利用まことにありがとうございます」
「ご苦労さまです」
喋る馬が引く馬車から降りると、レイアさんは馬の首から下がった袋に銀貨を入れた。
元の世界で言うところの、バスやタクシーみたいなものらしい。
御者はいないが、すれ違って行った馬車を見る限り、聖獣である馬がタクシードライバーのように話題を振ってくるようだ。
乗ってる途中に聞いたところだと、御者がついてる間はまだまだ新人なんだとか。
移動中はしばらく、街の風景を眺めていた。
荷車を引く牛やサイ、郵便物を運ぶ鳥などが行き交い、人々と会話する光景はとても幻想的だった。
中には前足で器用にレジ打ちしながら接客する猫がいる店や、街角で楽器を演奏してチップを貰う犬耳の2人組など、映画の一幕のような光景もあり、思わず写真に残したくなってしまったくらいだ。
花屋の水やりをしている店主が、顔を上げるとイノシシのような顔をしていたのを見た時には、失礼だけどちょっと驚いてしまったりもした。
王都というだけあって、色んな種族が集まっているようだ。
「ここがリュコス王国、商業区画でございます」
レイアさんが示した方向に目を向けると、その街道の入り口には、大きなアーチがかかっていた。
何やら文字のようなものが書かれているが、俺には読めない。なんとなく商店街っぽいから、通りの名前が書いてあるんじゃないかと認識した。
「すごいすご~い! 人も聖獣もいっぱいいる~!」
「何か美味しそうな匂いもしますね。朝食食べたのにお腹が……」
学生コンビは市場をキョロキョロ見回しながら、興奮をあらわにしている。
確かに甘い匂いや、ソースっぽい香りがする。俺も食べ歩きしたくなってきたな。
「賑わっていますわね」
「アクセ屋とかねぇかな?こっちの世界のイケてるピアスとか欲しくなってきたわ」
弓宮さんと槍木も、歩きながら周囲の店に視線を向けている。
この辺りは野菜や果物、肉や魚介を売っている店が並んでいるが、レイアさんは何を買いにきたんだろうか?
「レイアさん、買い物のリストとかってありますか?」
「ありますよ。今、
そう言ってレイアさんは、袖から取り出した鉱石の板を指でなぞる。
直後、リュックからピロンと音がした。
横ポケットを確認すると、レイアさんの物と同じ鉱石の板が入っていた。
どことなくスマホっぽい?
「レイアさん、これは?」
「これは
名前からして、この世界の技術で作られたスマホっぽい端末か?
液晶の代わりに表面が鏡面状になっているようだけど、構造はどうなってるんだ?
「かつての勇者がもたらしたもので、今や大陸全土に普及しております。勇者様たちも見覚えがあるのではないでしょうか?」
「どう見てもスマホですよコレ!?」
「まさかこっちの世界にスマホがあるなんてなぁ」
「インターネットは……多分ないよね~」
「でも、使い方はあまり変わらなさそうね?」
「異世界も結構現代的なんだな……」
他のみんなも驚きながら、魔法板に指を滑らせている。
鏡面にはアプリのアイコンらしき正方形の絵が浮かび、タップやスライドで操作できるのも変わらない。
便箋のような絵をタップすると、なにやらメモ書きが表示された。
おそらくこれが買い物メモだろう。……多分。
「やっぱり読めないな……。聞くことは出来るのに、どうして読めないんだ?」
「召喚式の魔方陣を通った際、勇者様たちにはこの世界の言語を耳にしたとき、頭の中で翻訳される魔法が付与されていると聞いています」
「聞くことはできるけど、見て認識することはできないのか……」
「でも、文字を学ぶことでこの世界を識ることができる。私は必要な不便だと思うな~」
「真魚ちゃんは勉強熱心なのね~」
弓宮さんが感心したように、真魚ちゃんの頭を撫でる。
必要な不便、か。確かにそうかもしれない。
郷に入っては郷に従う。知らないことを知ろうとする事で得られる物は、どんな世界でも同じらしい。
「では、皆さんは商品を持ってきてください。気になる物は私が解説しますので」
「ありがとうございます」
「じゃあ、ショッピングの始まりね。楽しみだわ~」
こうして、異世界で初めての買い物が始まった。
□□□
最初に購入したのは野菜類だった。
王様たちが用意してくれた食料は、缶詰や干し肉といった保存食が殆どで、野菜類は入っていない。
城で用意するよりも市場で買う方が新鮮で、その上この街を直接見ることができる。そういう配慮らしい。
まあ、レイアさんいわく、そういう配慮が出来るのは王妃様の方らしいんだけど。
「キャベツに男爵イモ、ニンジンにタマネギ……なんか、元の世界とあんまり変わらないですね」
「本当の名前は違うのかもしれないわ。私たちに分かるように翻訳されているのかも」
義彦くんと弓宮さんは、店員から受け取った野菜を眺めて呟いている。
確かに、見た目に目立った違いは見られない。なんなら果物の試食を試してみたら、心なしか元の世界で食べたものよりも美味しい気さえした。
「でも、季節が旬じゃない野菜も売られているような……。現代科学が発展していない世界で、そんなこと出来るの?」
「魔法でも使っているんじゃないかな?」
「季節モノではない野菜や果物は、クワァータからの輸入品です。この大陸の中で、最も農業に優れた国なんですよ」
「朝飲んだお茶も、そのクワァータ産だったよね。どんな国か、見てみたいかも~」
そう言って、真魚ちゃんはリンゴとオレンジを何個か購入していた。
「あれ? ブルーは?」
「あ、あそこ……」
義彦くんが指さす先には、隣の店の売り子さんをナンパしようとしている槍木の姿が。
すぐさま弓宮さんが引っ張って連れ帰ってきたのは、この先も何度か見かけることになりそうな光景に思えた。
□□□
次に訪れたのは、本屋だった。
ここはレイアさんが一人で探すと言っていたので、俺たちはテキトーに店内を見て回ることになった。
といっても、文字は読めないのでパラパラめくって挿絵を見るだけだ。
意外なことに絵だけではなく、写真が使われた本が何冊もあった。どうやら魔法板の機能の中に、カメラ機能もあるらしい。
異世界転移者が何度も現れている世界だという話も、こういうの見てると本当なんだなと実感できる。
「はい、マオさん。ライラ王女おすすめの絵本と、生き物図鑑です」
「ありがとう! あれ? レイアさん、それは?」
「植物図鑑です。野宿するとき、毒草や毒キノコを食べてしまわないように持っておこうかと」
「あー、そっか。これから野宿の日もあるかもしれないんだよね」
真魚ちゃんとレイアさんが、どうやら合流したらしい。
「絵本?」
「そう。この世界の言葉を覚えるのには、一番手っ取り早いかなって」
「ああ、なるほど……。それは思いつかなかったな……」
真魚ちゃんの言葉に、俺はとても驚いてしまった。
「ノートと筆記用具も買うから、皆で覚えようね~」
「ノート取って勉強するなんて、学生以来だなぁ」
「わああああああっ!?」
そのとき、店の奥の方から義彦くんの絶叫が響き渡った。
「なんだ!?」
「あちらからです!」
声のした方に向かうと、義彦くんが真っ赤な顔で本を落としていた。
「義彦くん、どうしたの!?」
「あ、いや、これはその……」
慌てふためく義彦くん。いったいどうしたんだ?
不思議に思っていると、槍木が落ちていた本を拾ってペラペラとめくった。
「ん~? この本が何か……おーおー、こいつはおったまげたなぁ!」
「ブルー、その本は?」
ブルーは視線だけをこちらへと向けると、静かに本を閉じた。
「健全な少年少女には刺激が強すぎる大人の絵本、ってヤツ」
「大人のえ……っておまっ、それ……」
大体察した。たまたまそーゆーコーナーの本を、そうとは知らずに手に取っちゃったワケね。
義彦くん……ドンマイ。
「なになに? 大人の絵本って?」
「真魚ちゃんにはまだ早いわよ」
「そうですね~。この店での買い物はもう終わりましたし、次の店に行きましょうか」
ちょっと災難はあったものの、俺たちは書店を後にした。
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