第19話「報酬、どうしようか?」

「なるほど、報酬か……」


謁見の間にて、クソ親父……もとい国王セントジャックルは呟いた。

彼の眼下には5人の勇者たち。壁際に控える警備の騎士たち。そしてグレゴリー司祭の姿がある。


時刻は指定されていた昼前。謁見の間にある窓からも、まだ東に傾いている太陽の光が射し込んでいた。


「はい。我々勇者一同は、この世界を救うために戦うことを誓います。然らば、その働きに見合う相応の対価を要求する権利は、当然のものであるはずです」


赤の勇者、タツヤは胸を張って堂々と告げる。

ここでタツヤに宣言させるのはいい判断ね。あの中で、クソ親父からの印象が一番いいのはタツヤだもの。


「ふむ……。だが、魔王軍の侵略は刻一刻と迫っているのだ。あまり悠長にしている時間はないのだが……」


しかし、ジャックル国王の表情は芳しくないものだった。

不機嫌というより、何か焦ってるように見えるわね。


ひょっとして、本当にタダ働きさせるつもりなのかしら。

ハァ……まったく、呆れたものね。どうしてこうもケチ臭いのかしら。


「魔王軍の侵攻のせいで、国の復興も楽ではないのだ。取り敢えず今は、この国を護るためにも──」

「オイオイオイ、国王サマよぉ? それとこれとは別問題なんじゃね~かぁ?」


クソ親父の言葉は遮られた。

青の勇者がニヤつきながら茶々を入れたのだ。


「こっちだって命懸けなんだ。それくらい要求してもバチは当たらないと思いますがねぇ?」

「そ、それはだな……」

「魔王を倒す事には同意したけどよ、俺らは無理やり招かれたんだ。こっちの世界のことは何も知らねぇんだぜ? そんな奴らに命懸けの戦いを任せようってんだ。それくらいの保証はあってしかるべきだよなぁ~?」

「うぐぅ……」


王の勇者の指摘に、クソ親父は顔を歪めた。


「そ、そうですよ! 俺たちにだって、元の世界での生活があったんですよ!」

「それをいきなり連れてこられて、この世界の問題に巻き込んでおいて、タダ働きとは虫が良すぎるのではありませんか?」

「うぐぐぐ……!」


黄の勇者、緑の勇者が続いたことで、言い返せずに歯ぎしりしている。

ケチらないで、素直に払えばいいのに。すぐ隣でそんな顔されて笑いを堪えるのに必死な娘の気持ちにもなって欲しいわ。


「それとも、王様は自分の国の兵隊さんたちに報酬を払わずに国を守らせてるの?」

「き、貴様! 無礼であるぞ!」

「勇者といえど、陛下を愚弄するなど許されると思うな!」


白の勇者の言葉に、騎士の何人かが声を荒げた。

これ、そろそろ止めるべきかしら?


「そこまでです」


私が口を開くより先に、鋭い声が場を静める。

声の主は王妃セントレギナ。私のお母様だ。


「我が騎士たちよ。王を思うその憤りを、私は讃えます。その忠義には、いつも感謝していますよ」

「王妃様……勿体ないお言葉です」


騎士団長が胸に拳を当て、頭を下げる。

他の騎士たちもそれに倣い、お母様の言葉に耳を傾けた。


「ですが、忠義だけで懐は潤わないのもまた事実。陛下、ここは王としての器の見せ所ではないかと」


そう言って、お母様はクソ親父に視線を送る。

言葉遣いこそ丁寧で、その口元には微笑みさえ浮かべているお母様。

だけどその目だけは、縄張りに侵入した者を睨みつけるウルフのように鋭かった。


「た、確かに……そうであるな……うむ」

「では、我々に報酬を用意してくれるということですね?」

「……よかろう。貴様らに其方らの望み通り、報酬を用意する事を約束しよう」

「契約成立、ですね」


その言葉に、龍也たちは満足げに笑みを浮かべた。


「それで、其方らの望みは何なのだ?」


クソ親父の言葉に、彼らは待っていましたとばかりに目を輝かせた。


「俺はこの国で一番の美女を要求するぜ!」


青の勇者は高らかに宣言した。

まあ、性格から見て当然でしょうね。


「国で一番の美女、ときたか……。基準などはあるのか?」

「とりあえず、国中の若い女の子を集めてくれりゃそれでいいぜ。あとは俺が自分で選ぶからな」

「そういう事であれば、募ってみるとしよう」

「おう、頼んだぜ」


そう言うと、青の勇者は上機嫌に口笛を吹いた。


「私は、魔王を討伐した後の自由を保障していただきます」


緑の勇者からの要求は、ある意味で物資よりも難しいものだった。


「自由か……。具体的にはどういったものが希望だ?」

「魔王軍を倒した後は、この世界で好きに生きたいのです。もちろん、この世界の人々の生活を妨げるような真似は致しません。ただ、誰にも干渉されない自由が欲しいのです」

「ふむ……よかろう。好きにするがいい」

「ありがとうございます」


緑の勇者は丁寧に頭を下げた。

確かに、このクソ親父の性格からして、魔王倒した後もなんやかんや理由を付けて働かされたりするかもしれないのよね。

案外、良い判断なのかも。


「このお城、禁書庫ってのがあるんだよね? そこに収められている魔導書全ての閲覧権限が欲しいな~」

「な、なんじゃと!?」


白の勇者の要求には、クソ親父だけでなく騎士たちも驚いていた。

私は昨日、お姉様から話を聞いてるからいいけれど……何も知らないで聞いたら驚くわよね。


「何故それを……いや、そもそも何が目的なのだ!?」

「私は元の世界に戻らなきゃいけないの。第一王女のライラさんに聞いたら、禁書庫になら答えが眠っているかもしれないって」

「ら、ライラが……!?」

「だから魔王を倒したら、私は元の世界に戻る。そのために禁書庫の魔導書、読ませてほしいな」

「ううむ……」


クソ親父はしばらく唸りながら考え込んでいた。

やがて大きなため息の後、クソ親父は口を開く。


「よかろう。ただし、同伴者が必須だ。最低でもグレゴリーか、我らレギナ家の誰か1人が同伴していなければ許可は下ろさぬ。加えて、魔王を倒すまでは入室禁止じゃ。それでよいな?」

「はーい。やったぁ~」


白の勇者は嬉しそうにガッツポーズを取った。


元の世界に帰った勇者は、過去の記録を確認する限り一人もいない。

だが、禁書庫に収められた魔導書の中には、召喚式の記術書スクロールと同じくらい古い物も存在している。

もしかすると、この子は歴史に名を残す偉業に挑もうとしているのかもしれない。


「俺はその……現金でお支払いいただければ……」

「お、おお、金でいいのだな?よかろう、額を申せ」

「額ですか?あー……額かぁ……」


黄の勇者の答えは一番俗っぽかった。

まあ、勇気のある自分に変わりたいって言ってたし、金銭くらいしか報酬に選べないのは当然か。

でもあの子、この世界の貨幣の額とか知らないわよね?


「ご心配召されるな。こんなこともあろうかと、用意しておりました」

「準備いいなオイ!?」


そこへ、グレゴリーが袖から巻紙を取り出した。

広げられた紙には、この国の貨幣の種類と単位が分かりやすくまとめられていた。


硬貨一覧

白金貨プラチナム金貨ゴールド銀貨シルバー銅貨カッパー青銅貨ブロンズ

単位

【1プラチナ=100ゴールド、1ゴールド=100シルバー、1シルバー=100カッパー、1カッパー=10ブロンズ】


「ええと、日本円換算だと……」


黄の勇者は、両手の指を折りながら桁数を数えている。


「多分だけど、ブロンズが1円玉でカッパーが10円玉、シルバーが100円玉って所かな」

「なるほど……。それじゃあ……」

(どうせなら国庫傾くくらいの値段言ってやろうぜ)

(えぇ!?そ、そんなのダメですよ!?)


考え込む黄の勇者の耳元に、青の勇者が何やら耳打ちする。

黄の勇者の慌てぶりを見るに、絶対ろくな事じゃないと思うんだけど……。


「えっと……では、白金貨を100枚ほど……」

「ひ、100枚!?」


白の勇者に続き、再びその場の全員が驚愕した。

かくいう私も、ちょっと空いた口が塞がらない。青の勇者なんか吹き出して噎せているくらいだ。


「え……?あの……俺、何か間違えました?」

「あー……うん。ちょっといいかな?」


戸惑う黄の勇者に、今度は白の勇者が耳打ちした。


(それ、日本円にすると1億円くらいだよ)

(い、1億!?100万くらいじゃなくて!?)

(一覧表をよく見て。金貨から額がちょっと飛んでるみたい。1ゴールドは1万円くらいで、1プラチナムは1枚辺り大体100万円って事になるっぽいよ)

(数字がおかしくない!?)

(ここ異世界だもん。日本円で解釈しようとした私が多分間違ってた。ごめん)


コソコソと話し合う2人が、こちらをチラッと振り返る。

クソ親父と騎士たちは、まだ驚いた顔をしている。


(どうしよう、ドン引きされてるっぽい……)

(う~ん……別にいいんじゃない?魔王倒して億万長者。咎められるような事でも無いと思うけど)

(そうかなぁ……)

(言っちゃえ言っちゃえ。世界を救うんだもん、むしろ1億でも安いんじゃない?)

(全然安くはないけどね)


相談が終わったのか、黄の勇者は再び玉座を見上げて宣言した。


「白金貨100枚、いいですよね?」

「う、うむむ……100枚……うぅむ……」


唸り続けるクソ親父。

そこへ、お母様が再び口を開いた。


「いいでしょう。魔王を見事打ち倒した暁には、耳を揃えて払いましょう」

「れ、レギナ!?正気か!?」

「あなた、考えてみてください。勇者様たちは昨日、いきなりこの世界へ連れてこられたのです。青銅貨1枚さえ持っていない、一文無しなのですよ」

「それは……そうだが……」

「たとえ魔王を倒しても、資産がなければ生きていくことは出来ません。元の世界へ戻る方法が見つかるまで、この城で寝泊まりするにせよ、城を出てどこかで生活するにせよ、そのくらいは払ってしかるべきなのです」

「ぐぬぬぬぬぬ……よかろう……。ただし、必ず魔王を倒すのだぞ!よいな!」

「は、はい!頑張ります!」


クソ親父はようやく諦め、支払いを認めた。


残ったのはタツヤただ1人だ。


「赤の勇者、貴様は何を願うのだ。申してみよ」

「俺は……」


何やら考えている様子のタツヤ。

朝食の時に釘をさしておいたのに、まだ決まってないなんて。

流石にタダとは言わせないわよ。私がわざわざ忠告してやったんだから、ちゃんと活かしてくれなきゃ困るのよ。


「うーん……うぅん?ん~……何だろうな……」


両腕を組み、頭を捻って唸りながら、タツヤは悩んでいる。

ほら、早く決断しなさいっての。この際、肉でも家でもいいんだから。


やがて、タツヤは組んでいた腕を下ろし、クソ親父を真っ直ぐ見上げて口を開いた。


「俺……いえ、私への報酬は、魔王を倒すその日まで保留という形で構いませんか?」

「保留……じゃと?」


……はい?

待って、待ちなさい。あれだけ悩んで保留ってどういうことよ。

そこはもっとこう……あるでしょう!?色々と!!

私の言ったこと、忘れてんじゃないでしょうね!?


心の中の叫びが口に出ないよう抑え込みつつ、私はタツヤの話に耳を傾ける。


「考えてみたのですが、適切な報酬が思いつかないのです。なので、魔王を倒す旅の中で答えを探そうと思います」

「ほ、本当に良いのか?土地でも爵位でも、望むものはないと言うのか?」

「土地を貰っても有効に使うことなんか出来なさそうですし、爵位も特に欲しいとは思いません。現金はあれば嬉しいですが、俺が心から欲しいものとは少し違う気もするんです。だから、答えは魔王を倒すその日までに見つけてみることにします」

「そ、そうか……。まあ、それもよかろう。良い答えが見つかる事を祈っておるぞ」


クソ親父は内心ホッとしてるでしょうね。

あるいは……この先何を要求されるか分からない事で、逆に恐怖しているかもしれない。

まあ、なんにせよ欲がないわけじゃなさそうで、私もホッとした。


これで勇者は5人とも、タダ働きさせられずに済むわね。


「では、契約書に名前を。グレゴリー」

「はい、只今」


グレゴリーは5枚の契約書を、勇者たちへと順番に手渡す。

彼らはペンを手に取ると、それぞれ自分の名前を書き込んだ。


「これにて契約は成立です」

「うむ、では勇者たちよ。魔王の討伐、必ず成し遂げるのだぞ」

「はい!我ら勇者一同、粉骨砕身の覚悟で臨みます!」


タツヤの宣言が、謁見の間に強く響き渡る。

魔王軍への抵抗が、遂に始まった。


「長い旅になるだろう。必要なものはこちらで揃えさせてもらった」

「着替えと保存食、それから武器と幾らかの資金が入っています。戦いに役立ててください」


使用人たちが、5人分のリュックを持って現れ、それを勇者たちに手渡した。

実用性が高く、収納性にも優れた最新のリュックだ。お母様が選んだのが一目で分かった。


「では、往くがよい!勇者たちよ!」


受け取ったリュックを背負い、5人は謁見の間を後にした。

さて、と……。私もそろそろ行かなくちゃ。

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