第18話「何のために戦うの?」

「ん~! このマーマレードおいし~!」


そう言ってホワイトは、手に取ったマーマレードトーストに再び齧り付く。


「まさか異世界にも食パンが存在してるなんて……」

「味もあまり変わらないな?」


イエローと俺は一口囓ったトーストを眺めながら、元の世界の食パンを思い出しながら呟いた。

テーブルには、瓶詰めのジャムや銀紙に包まれたバターの他、オムレツやソーセージ、フルーツに紅茶のセットも並んでいる。まるでホテルの朝食だ。


「マジ美味ぇ……『食べ速』に星五つ付けてもいいわ……」

「いい香り……。こちらの茶葉は、どちらから?」

「農業の国、クワァータからの輸入品になります。各国の王室でも親しまれている一級品です」


ブルーはソーセージと切り分けたオムレツをトーストに挟み、サンドイッチのようにして頬張っている。

グリーンはメイドさんに茶葉の話を聞きながら、優雅に紅茶を啜っていた。


今なら切り出しても問題ないだろう。


「みんな、ちょっといいかな」

「むぐ? どうひたんれすか?」

「あ、ごめん。ゆっくり食べてからで……」

「いえ、お構いなく。続けてください」

「えっと、じゃあ……」


俺は4人の顔を見回して、再び口を開く。


「そういや、まだ自己紹介をしてなかったよな。この場を借りて名乗らせてもらってもいいかな?」

「あら、言われてみるとそうね?」

「俺は構いませんが……」

「うん、私も大丈夫だよ?」

「別に。勝手にすりゃいいんじゃねえの?」


了承を得た俺は、一旦トーストを皿に置いてから自己紹介を始めた。


「俺は剣城龍也。趣味は筋トレと映画鑑賞。これからよろしく」

「龍也さんかぁ。お兄さん、かっこいい名前だね」

「主人公っぽい名前ですね」

「昔からよく言われるよ。俺も気に入ってるんだ」


漢字で書くと、剣の城に立つ龍なり。自分でもなかなかカッコイイ名前だと思う。

ヒーローものなんかだと、レッドとかリーダーといった立ち位置のキャラの名前になってるイメージがある。

そういう意味も含めて、この名前にしてくれた両親にはとても感謝している。


「じゃあ、私から。私は木丈真魚。真魚でもホワイトでも、好きに呼んでいいよ」

「真魚ちゃんか。よろしくな」


俺をお兄さんと呼んでいた三つ編みの女子高生、ホワイトは明るくニッと笑った。

こういう純真な子はクラスでモテるな。そういう笑顔だ。


「弓宮琴羽と申します。今後ともよろしくお願いしますわ」

「弓宮さんね。よろしく」


お淑やかな笑みを向けながら、グリーンは会釈した。

やっぱり育ちの良さがあふれ出ている。少なくとも普通のOLとかではないんだろう。


「盾石義彦です。立てる石、じゃなくて盾に石って書きます」

「義彦くんだな。よろしく!」


人差し指で宙をなぞり、自分の名前を説明する義彦くん。

やっぱり体格いいし、スポーツマンだったりするのだろうか?


「槍木蒼馬。ブルーでいいぜ」

「よろしくブルー。もしかして、蒼い馬って書いて蒼馬なのか?」

「まぁな」


ブルーは軽く返事をしながら、ソーセージを口に放り込む。

なんか素っ気ないな……。もしかして、あまり人と関わるのが好きじゃないタイプか?


まあ、とりあえずこれで全員の名前は把握できたな。

じゃあ、さっそくこの後の確認を……と思っていたところ、客間のドアがノックされた。


「お食事中、失礼しますぞ」

「ごきげんよう、勇者の皆様。昨夜はよく眠れたかしら?」

「グレゴリーさん、リア王女!」

「昨日ぶりね。朝食は食べてる?」


ドレスの裾をつまんで優雅に一礼したリアは、顔を上げるなり俺たちの顔を見回す。


「ええ、美味しくいただいておりますわ」

「それは良かった。お口に合ったようで何よりです」

「それで、何かご用ですか?」

「アンタたち、うちのクソおや……国王様への返答、決まってんのよね?」


そう。俺が確認しようとしていたのはまさにその話だ。

昨日、俺以外の4人は、世界を救って欲しいという王様からの依頼を保留した。そして、今日の昼前までに答えを出すよう言われている。


あれから一晩。どんな答えを出したのか、俺も気になっていたところだ。


「みんな、なんて答えるつもりなんだ?」

「やってられっかよって断ってやる」


……え?

槍木のぶっきらぼうな答えに、思わず瞠目した。


「……つもりだったんだけどな。昨日までは」

「あら? どういう風の吹き回し?」


弓宮さんが微笑みながら首を傾げる。


「昨日も言ったろ。魔王軍とかいうクソどものせいでこの国……いや、この大陸中の女の子が泣いてんだ。俺はそれが許せねぇ。だから戦ってやるよ」

「ブルー……」


チャラい……。見た目も中身も完全にチャラい……。

だけど、その言葉には嘘がないと感じられた。


「ま、その分報酬はたっぷり貰うけどな」

「そのつもりなら、たっぷりふっかけといた方がいいわよ。一国の王としての立場、分らせてやって」

「サンキューリアちゃん様~」

「は? 不敬なんだけど」

「調子乗りましたスンマセン」


ブルーは苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。


「報酬かぁ。私もお願いするつもりだけど、皆は?」

「もちろん戴くわ。働きに見合う報酬なくして、請け負って良い話じゃないもの」

「俺も何か考えとこうかな……」


真魚ちゃんの問いに、弓宮さんと義彦くんがそれぞれ答える。

報酬か……。そういや考えてもなかったな。


「タツヤ、アンタは報酬どうするの?」

「元々、この環境そのものが俺にとっての夢だったからな~……」

「ふぅん。でも、せめて金銭くらいはせびっといた方が良いわよ。やりがい搾取とか、御免でしょ?」

「あ、それは嫌だな」


やりがい搾取って言葉、この世界にもあるのか。

でも確かに、魔王軍との戦いを余所の人間に任せといて無報酬って搾取そのものだよな。

もしかして、そういう前例を作らせないための措置でもあるのだろうか?


「報酬に限らず、具体的な目標っていうのは、あるだけで人を動かしてくれるのもよ」

「目標……」


その言葉に、就活していた頃に言われた言葉を思い出した。


『剣城さんには、働く上での目標を感じられないな~と思いまして』


転職エージェントに何度も言われたあの言葉。

あの時は心外だと思ったものだが、今となっては身に染みる一言に聞こえてきた。


「それに、しがみつける目標があれば周りに流されることもないわ」

「リア、その言葉……!」


自分の口から出た覚えのある言葉に、思わず彼女の顔を見る。

彼女は澄ました顔で俺の方を見ると、ニッとイタズラな笑みを浮かべた。


「だからしがみつける場所、しっかり用意しときなさい。タダ働き上等とか、私が許さないから」

「ああ……分かった」

「うん。じゃあ、私たちはそろそろ行くわ。また後でね」


そう言うと、リアは軽く手を振りながら客間のドアに手をかける。


「リア!」

「……なに?」


呼び止めると、リアは一瞬足を止め、振り返らずに応じた。


「ありがとう」

「……どう、いたしまして!」


短く返事をすると、リアは部屋を出ていった。

その耳が少し赤く見えたのは、気のせいだろうか?


「では、私もそろそろ。謁見の間で待っておりますぞ」


グレゴリーさんもリアの後に続いて出て行った。

後に残された俺たちは、再び朝食を手に取る。


報酬か……。みんなが何を願うのか、聞いてから決めてみるかな。

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