第16話「よろしく異世界」
大浴場でお湯に浸かった後、俺たちは城内の大広間に通された。
広間の中央に置かれたテーブルには豪勢な料理が並べられ、壁際では楽器を持った演奏家たちが演奏の時を待っている。
「これは……?」
「おお!勇者の皆様!」
入って来た瞬間、部屋に響くデカい声が俺たちを迎える。
声の主は当然、あの国王様だ。
「娘から話は聞いております。地下霊廟に潜んでいた魔王軍の手下を、見事に討伐なされたとか!なんとお礼を申し上げたらいいのか……」
「いえ……これも、みんなで力を合わせた結果です」
「ええ、ええ!まさにあなた方5人で掴んだ勝利でしょう!それにしても、まさか死霊王ほどの魔物を易々と倒してしまうとは……。あなた方はまさに我が国の英雄、救国の勇者でございます!」
「は、はぁ……」
何だろう、すごく下心が透けて見えるような態度だ。
ブルー、もとい眼鏡の青年も色々と言いたげな表情をしているが、ここは抑えるべき所だろう。
そんなことを思っていると、俺の隣に立っていたグリーンが一歩前に出て、ぺこりと頭を下げる。
「余所者である私たちのために、こんなにも盛大な祝宴を用意して頂き、感謝いたしますわ。ジャックル陛下の懐の深さに、私どもも感服いたしております」
「なになに、気にする事はありません。我がリュコス王国は勇者の召喚を担う国。この国の誰よりも勇者を歓迎し、もてなすのは当然のこと。どうか、存分に楽しんで頂きたい」
そう言って王様は、演奏家たちの方を向いて片手を上げた。
「この国最高の料理人の手のよる料理、そしてこの国一番の楽団による演奏をどうぞご堪能あれ!」
直後、楽団による演奏が始まる。
それがパーティーの幕開けとなった。
「凄いねグリーン。あの王様、勝手に満足して行っちゃったよ」
「この手の手合いは慣れてますの。こちらがへりくだれば、勝手に満足して帰りますわ」
「ヒュー、姐さんしたたか~」
「もしかして、どこかのご令嬢だったりします……?」
「こらこらイエロー、そういうのはあんまり聞いちゃダメだろ?」
「あっ、そうですよね……すみません」
「ふふふ、ご想像にお任せしますわ」
そう言うと、グリーンは口元を手で隠して上品に笑う。
喋り方や所作から見て、やっぱり育ちがいいように見えるんだよな。
「ま、下心の有無は置いといて、折角の立パなんだしパーッとやろうぜ!」
「ノリノリだな、ブルー」
「俺は病気以外、貰えるもんならなんでも貰うタイプなんだよ。ってなわけで、一番乗り~!」
ブルーは我先にと、料理が並んだテーブルの方へと駆けていった。
しかも、メイドさんの1人からグラスを受け取っている。おそらく酒だろう。
あいつ、本当に遠慮がないな……。
「あ、抜け駆けー!」
「俺たちも行きましょうか」
「そうね~」
「戦って、腹も減ったしな」
腹の虫がさっきから鳴りっぱなしだった所だ。俺たちも食事にありつく事にした。
テーブルには、肉に魚に野菜に果物。様々な種類の料理がある。
現代でも見慣れた料理によく似ているものが多い。
とりあえず、まずはひき肉を丸めたような料理をひと口頬張ってみる。
「うまっ!?何これメッチャ美味い!!」
思わず叫んでしまった。
噛めば溢れる肉汁と旨み。味付けは少し甘辛い濃厚なソース。
それは食べ慣れているようで、どこか知らない味のミートボールだった。
次は衣をつけて揚げた、串に刺さった厚切り肉。
これもサクサクした食感と、ジューシーな肉の味わいがたまらない。串カツによく似た味だ。
「お飲み物はいかがでしょうか?」
「いただきます。あ、アルコール抜きのものはありますか?」
「こちらになります」
メイドさんから受け取ったグラスには、葡萄色の液体が注がれている。
口に含むと、甘さと少しの酸味が喉を流れていった。
現代のそれと変わらない、ブドウジュースの味だ。
「ん~っ! これ、めちゃくちゃおいし~!」
「本当だ!これ、かなりおいしいです!」
「うん、これはいけるわね」
「おかわりワンモア~!」
他の4人も、それぞれ料理に舌鼓を打っているらしい。
サンドイッチやスモークサーモン、唐揚げやポテトフライに似た料理が、各々の皿の上に乗っていた。
「イエロー、それ私にもちょーだい」
「ええ~、自分で取れば……って、大皿にもうないの!?」
「そうそう。だからお願い! 私のおかず一個交換でいいから!」
「そういう事なら……」
「ありがとう!」
イエローとホワイトは、互いの料理を交換していた。
学生同士、近しいものを感じているんだろう。
ブルーとグリーンは……。
「おっ、好みなカンジのかわい子ちゃん発見! ちょっと俺と2人で飲まな~い?」
俺は思わず、ブルーの方へと足を向けていた。
あのバカ、ナンパしてんじゃねーよ!?
「あの……えっとぉ……?」
案の定、困ったようにキョドっているじゃねーか!
しかもメイドさんじゃん! 仕事中にナンパされたら困るに決まってんじゃん!
俺はブルーの肩を掴むと、そのまま強引に引き剥がした。
「うちのバカがすみません! ブルー、ちょっとこっち来い」
「おいレッド、なんだよいきなり……!」
「ごめんなさいね~。ブルー、ちょっと来てくださるかしら?」
「あ、姐さん……?」
「グリーン?」
驚いた。俺と反対の方からブルーを引き剥がしたのは、グリーンだったのだ。
「周りをよく見て。レッドも」
「お、俺も?」
グリーンに言われて周囲を見ると、大広間にはきらびやかに着飾った人たちが多くいるのがわかった。
おそらくこの国の貴族だろう。そういえば、歓迎会を兼ねていると言っていたような……。
「ここは私たちの祝勝パーティーであると同時に、あの王様が貴族たちに私たちを紹介する為の場。品性を疑われる行動は控えるべきよ」
「なるほど……」
「うへぇ、やりづれー……」
あからさまに面倒くさそうな顔をするブルー。
こっちはグリーンと対象的に、あんまり育ちが良くなさそうだな……。
「郷に入っては郷に従えって言うだろ?」
「レッドの言う通りよ。あなたも社会人なら、TPOを弁えて。いいわね?」
「……姐さんが言うなら」
「ふふっ、よろしくてよ」
グリーンの言葉に、渋々従うブルー。
その様子を見ていたグリーンは、満足そうに微笑むのだった。
この2人もなんだかんだで、いい関係を築けているのかもしれない。
「これはこれは、勇者様。お楽しみ頂けておりますでしょうか?」
そこへ、城の関係者らしき人がやってきた。
見たところ見たところ、この国の大臣とかだろうか?
「ええ、とても。お料理も飲み物も、そして音楽も。どれも素晴らしいですわ」
「お褒めいただき光栄です。宮廷の料理人たちも喜びましょう。カナッペなどは召し上がられましたか? あれに使われている腸詰め肉は、我が領地の特産品でして……」
うわ、話が長そう。それも自慢話が長いタイプの人だコレ。
こういう人に限って、自分の話を聞けって態度をとるんだよな……。
でも失礼があってはいけないという話をされたばかりだし、ここは話を合わせて穏便に済ませよう。
「そうなんですか。でしたら、後で一ついただきますね」
「ええ、是非とも! 他にも何かありましたら、何なりとお申し付けください!」
大臣っぽい人は、嬉しそうに去って行った。
なんとか切り抜けられたかな。
「レッド、今の調子よ」
「これは戦うよりも疲れそうだ……」
「これはこれは、勇者様。パーティーはお楽しみいただけてるかしら?」
今度は女性の声に呼び止められる。
振り返るとそこには、青いドレスに着替えたリア王女が立っていた。
「なんだ、王女様でしたか……」
「なんだとは何よ、失礼じゃない?」
「いや……見ず知らずの大臣よりは気楽なので、安心したというか」
「ふぅん。まあ、分からなくはないわ。貴族を集めたパーティーの主役って、見世物にされてる気分よね」
どうやら彼女もこの手の雰囲気は苦手らしい。一国の姫君ともなれば、そういう苦労もたくさん経験しているんだろう。
「わかります。一挙手一投足を常に周囲から監視されているかのような肩身の狭さ、私もあまり好きではなくて……」
「あら、あなたもそうなの?」
グリーンの言葉に、リア王女は驚いたように目を見開く。
「王女様ほどではないかもしれませんが」
「ふふっ、そんなことないわ。緑の勇者、あなたとは仲良くなれそうね」
「ふふ、身に余る光栄ですわ」
そう言って2人は微笑み合った。
「ブルー、やけに静かだな?」
「姐さんに止められてるからな」
「グリーンのこと、姐さんって呼んでるのはなんでだ?」
「あ? そりゃあノリだろ」
「ノリ……?」
「そ、ノリ。あだ名みてぇなもんだ」
どういうノリなのか分からず、思わず首を傾げる。
姐さんって呼び方、なんかヤクザかヤンキーっぽくないか?
グリーンにそんな雰囲気、ないと思うんだけどな……。
「2人とも、タツヤを借りてもいいかしら?」
「タツヤ……ああ、レッドのこと? 構わないけど」
「ありがと。というわけでタツヤ、ちょっと着いてきなさい」
「はい!?」
突然、王女様に腕を捕まれた俺は、そのまま引きずられるように連行された。
「王女様? どちらに!?」
「いいから、一緒に来なさい」
有無を言わせない口調に圧され、大人しくついていくことにした。
向かう先は、大広間の端の方。テラスへと繋がるガラス戸の前だった。
そのままテラスへと出た王女様は、扉を閉めるとこちらを振り返る。
「まずは、ありがと。この国のみんなのために戦ってくれたこと、感謝してるわ」
「当然のことをしたまでです。そのために呼ばれたんですから」
「それでもよ。あなたたちを巻き込んでるのはこっちなんだし、それに働いた者には感謝で報いるのが私のルールなの」
「義理堅いんだ……ですね」
「敬語禁止よ。今だけね」
改めてお礼を言われると、なんだか照れくさい。
でも、確かな満足感と達成感がある。
それはきっと、夢を叶えた事への実感。
なりたかったヒーローへの第一歩を、俺は踏み出せたんだ。
「でも、お礼なら俺だけじゃなくて、他の4人にも言った方が……」
「そうね。でも、私はまずアンタに直接伝えたかったのよ」
「俺に?」
困惑する俺の隣を通り過ぎ、リア王女はテラスの手すりにもたれかかる。
王都の夜景と夜空に昇る青い月が、彼女を淡く照らしていた。
気づけば俺の視線は、彼女の後ろ姿に縫い付けられる。
きっと時間にして2秒か3秒の刹那が、俺にはその10倍にも感じられた。
「タツヤ。アンタの語った夢の意味、なんとなく解った気がする」
王女様は俺に背を向けたまま、そう言った。
「ヒーローってのは擲つのではなく、しがみ付く在り方だって。アンタ言ってたわよね」
「そ、そうだっけ? あの時は必死だったから、何言ったかあんまり覚えてなくてさ……」
思わずとぼけちゃったけどウソです。全部覚えてます。
いやだってさ、他人の口から改めて反芻されるとかなり恥ずかしいじゃん!?
しかし俺の内心の羞恥など知る由もなく、リア王女は続ける。
肩の力を抜いたように優しい声で。小さく点々と輝く地上の夜空を眺めながら。
「あの時のアンタの言葉は、自分本位で身勝手で、英雄なんかにはほど遠いって思った」
「それ、ひょっとして貶してる? いや、事実だけどさ……」
「その言葉が、私にはすごく刺さったって言ってるの」
「……え?」
リア王女が俺の方を振り返る。
その表情はとても穏やかで、どこか晴れ晴れとしていた。
「勇者の記録を読み解くほどに、そして目の前で誰かが死ぬのを見てから私は、勇者を信じることができなくなっていたの」
「それは……仕方のないこと、なんじゃないかな……」
世間はそれを、『大人になること』だと云う。
幼い頃に見た夢が、儚い幻想へと風化していくことは当然だと。
それはとても残酷なことだと俺は思う。
夢がなくちゃ、人間は生きていけない。現実だけが全ての人生じゃ、心が死んでしまう。
だから俺は、ヒーローを目指した。
画面の奥のおとぎ話なんかじゃない、本物のヒーローを。
「ええ、そうね。理想と現実は違うもの。それでも、理不尽な現実にだけは屈したくなかった。心のどこかでは、まだ信じていたのよ。おとぎ話の英雄みたいな人が、この現実を覆してくれるのを」
「リア王女……」
「アンタが教えてくれたのよ。ヒーローっていう夢の形を。それがどれだけ眩しくて尊いものなのかを」
そう語る彼女の瞳は、真っ直ぐに俺を見据えている。
まるで、ヒーローショーを見に来た子どものように。大好きなヒーローが目の前に立ち、握手してくれた時のキラキラした目と同じ輝きが、俺に向けられていた。
「アンタはね、私が夢見た
リア王女は俺の方へと、静かに右手を差し伸べる。
俺は右の掌をズボンに擦りつけると、その握手に応じた。
「こちらこそ……君が問いかけてくれたから、俺も大切なことを思い出せた。ありがとう、リア王女」
「リアでいいわ。家族や友達、親しい人たちにしか許されない呼び名よ」
「じゃあ……よろしく、リア」
「ええ。これからよろしくね、タツヤ」
こうして、現代から召喚された5人の若者たちの冒険が、幕を開けるのだった。
世界を救うという使命を帯びながら、その胸の内に大義よりも重い願いを抱き、我が道を思うままに突き進む勇者たち。そして、そんな若者たちに希望を見た異世界の王女。
これはそんな6人が、魔王の手から世界を救う物語である。
そして……。
「リア様はよき友人を得たようですなぁ」
「ったく、青いモン見せつけやがって……」
「ヴァンや、誰も居ない場所を選んでおられるのを、わざわざのぞき見しているのは我々の方ではないかな?」
「お前が言うな、グレゴリー」
若者たちが親交を深めているその端で、老人と狼は声を潜めてその姿を見守っているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます