第15話「勝利の裏側で」

「勝った……のか?」


死霊王を斬り捨て、着地した俺は後ろを振り返る。

そこには持ち主を失い転がった大鎌が残っているだけだった。


『ああ、お前たちの勝利だ』


ドラゴンの声が頭の中に響く。

そっか……俺たち、この城の人たちを守れたんだ。


全身を覆っていた鎧が光の粒子になって消滅し、視界が広がる。

それと同時に、俺の左腕には赤い宝玉がはめ込まれたバングルが出現した。おそらく変身アイテム的なものだろうとは思ったものの、この時ばかりは些細な事に感じた。


変身して、本物の魔物と戦い、この手で倒した。

霊廟に満ちる冷たい空気と、残留する熱気。そして振り下ろした剣の重さが、この現実を俺に強く実感させる。


「やった……俺たち、勝ったんだ!!」


拳を高く掲げ、俺は勝利の喜びを噛みしめた。


「これが勇者の力……」

「私たち、本当に……」

「ああ……あのバケモノ、倒せたんだな!」

「はぁ~……死ぬかと思ったぁ……」


他の4人も、それぞれ戦いの余韻に浸っている。

俺と同様に鎧が消滅して、全員顔が見えていた。

服は傷んでいるが、全員無傷のようだ。


「みんなお疲れ。それと……ありがとう。みんなが一緒に戦ってくれなかったら、あいつには勝てなかった」


俺は皆を労いながら、感謝を伝えた。


「いえ……俺が踏み出せたのは、レッドさんのおかげです。レッドさんの勇気ある背中が、俺に力をくれました」

「私も、あなたの言葉に励まされたわ。個人的な感情で戦うのは、私だけじゃないんだって」


イエローとグリーンが微笑みを向ける。

事情は知らないが、2人はとても晴れやかな顔をしていた。


「お兄さん、善人かと思ってたけど、意外とエゴイストなんだね」

「自分でも驚いてるよ。でも不思議と悪い気はしないんだ。変かな?」


俺の言葉に、ホワイトは首を横に振る。


「むしろ納得。自分のエゴを臆面なく言えるその性格、私は好きだよ」


そう言ってホワイトはニッコリ笑った。


「ケッ、熱血バカのヒーローオタクがチヤホヤされやがって……」

「ブルー、何か言ったか?」

「なんも言ってねぇよ。羨ましくなんかねぇし!」


ブルーだけが、何故か不機嫌そうにそっぽを向いた。

何やら小声でボソボソと呟いていた気がするんだが……。


「ただ……安っぽい正義感だとか、博愛精神だとか、そーゆー理想論を掲げられるよりかは共感できた。……カッコいいとは思うぜ、クソッタレ……」

「ブルー……」


最後の方は聞き取れなかったが、褒めてくれているらしい。

少しひねくれているようだけど、悪いやつじゃなさそうだ。


「アンタたち~!」


大声と共に近づいてくる足音に、俺は振り返る。

そこには大きく手を振りながら、俺たちの方へと駆け寄ってくるリア王女の姿があった。


「王女様!」

「はぁ、はぁ……アンタたち、無事?」

「はい、怪我はないですけど……?」

「そう……」


駆け寄ってきた王女様は、力が抜けたように膝を着いた。


「大丈夫ですか?」


反射的に手を貸そうと、俺も膝を着く。

すると、王女様は俺の胸ぐらに掴みかかってきた。


「このバカ!! 一歩間違えたら死んでたかもしれないのよ!?」


怒りに満ちた目で睨まれ、思わず息を呑む。

王女様は、俺と他の4人を順番に見て。それから俺の胸ぐらから手を離した。


「……よく勝利してくれたわ。この国の誰よりも先に、褒めてあげる」

「……ありがとうございます」


彼女の瞳からは涙が溢れていた。


その姿だけで、俺たちをどれほど心配していたかが痛いほどに伝わった。


「それと……よく、生きて帰ってきたわ」

「はい。それがヒーローですから」

「……そうみたいね」


王女様は泣き笑いを浮かべると、俺の手を取り立ち上がる。


「さあ、上に戻るわよ。あなたたち、怪我はなくても瘴気を浴びてるでしょ? 大浴場で身を清めて、着替えてくるといいわ」


涙を拭った王女様の顔は、元の強気な表情に戻っていた。


□□□


「敗北した、と?」

「はい。私も目を疑いましたが、事実です」


魔王城、玉座の間にて。

報告を受けたヴァーエルⅡ世は静かに瞠目した。


「メディナ、あの死霊王リッチーロードに施した強化の内容は……」

「集合した怨念に指向性を与え、命令を忠実に実行させるための疑似人格の付与。装備として魔力的防御を貫通する大鎌と、魔法攻撃を減衰するフードを与えておりました」


ゴースト系の魔物には物理攻撃が通用せず、物理防御を透過する。

そのゴースト系の最上級に位置する死霊王に、魔法攻撃を防御する防具と、魔法防御を突破する武器を与える。


石像の硬度が大鎌を弾く硬度だったとしても、生物由来のあらゆる物体を腐食させる腐爛瘴気マイアズマなら無傷ではいられないだろう。

それでも不可能と断定された場合は、勇者の抹殺を優先する。


それが魔王の計画だった。


「損害に換算した場合は?」

「死霊王を生み出すために使った666人分の怨念。大鎌の作成に使った神樹1本に、フードの作成で使われた神樹の葉。それと魔獣の骨413本といったところです」

「……そうか」


魔女メディナは深々と頭を下げた。


「申し訳ございません。私としたことが、このような失態をお見せしてしまいまして……」

「構わん。怨念と骨程度、どうせ消耗品だ。実質、神樹一本分の損害と見てよい」

「寛大なお言葉に感謝致します」


メディナは頭を上げると、帽子を深くかぶり直す。


「して、敗因はなんだ?」

「敗因は……勇者の数、かと」

「確か、5人だったか。これまでの勇者召喚の中でも最大の人数だが、召喚されたばかりでここまでやるとはな」

「はい。それから……」


魔王の眼前に、氷でできた楕円形の鏡が現れる。

メディナの魔法のひとつ、『氷鏡』だ。


氷鏡には、死霊王と戦う赤の勇者……龍也の姿が映し出されていた。


「赤の勇者は、警戒に値する。そのように感じました」

「ほう?」

「戦闘経験が皆無でありながら、他の4人を団結させ、勝利に導いたのは赤の勇者です。この男の統率力は後々、我々にとって大きな驚異となりうるやもしれません」

「赤の勇者か……」


ヴァーエルⅡ世は腕を組みながら、顎に手を当てる。

その視線は、鏡に映る赤の勇者を興味深げに見つめていた。


「まあ、覚えておくとしよう。それで、次の計画は?」

「既に進めております。全て私にお任せを」

「ああ。期待しているぞ、メディナ」


そう言うと、ヴァーエルⅡ世はメディナへと微笑む。

メディナは恭しく一礼すると、玉座の前から立ち去るのだった。

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