第14話「勇者戦隊」

「ソノ……姿ハァァァッ!!」


戸惑っている死霊王リッチーロードの言葉に、自分の両手を確認する。


「お?」


俺の目に映りこんだのは、ドラゴンの鱗を模した真っ赤な手甲。

いや、手甲だけじゃない。全身を覆う重たい感触が、鎧の存在を示していた。

右手に握っていた鉄剣は、ドラゴンの顔と翼を象った赤い剣へと変化したようだ。


そして、背後に存在していたはずの石像が、跡形もなく消えている。

もしかして、この鎧に姿を変えたって事なのか?


「おお!?俺、もしかして変身してる!?」

「ちょっと!?何ですかこれ!?」


戸惑う声に振り向くと、そこには鎧を纏った4人の勇者がいた。

全員フルフェイスのメットで顔を覆っているが、声からして間違いない、あいつらだ。


「へぇ、結構イケてんじゃん」


長槍を持った青い戦士は、ユニコーンを模した鎧に身を包んでいる。兜の額からは鋭い一本角が生えており、槍の穂先はユニコーンの顔を象った形状になっている。


「防具……よね?羽根みたいに軽いわ~」


翼を広げた鳥のような形の大弓を構える緑の戦士は、両肩や腰の鎧も鳥の翼を象った形になっている。一方で体型は女性らしくスラッとしており、その背には大きな矢筒を背負っていた。


「これ、もしかして本物!?」


大盾を携えた黄色い勇者は、牛の角を模した兜を始め、片鎧や胸当ても体格に見合った大型のものを纏っている。左手に握った牛の顔を象った盾とその肉体で、どんな攻撃でも受け止められそうな雰囲気だ。


「へぇ……ちょっと可愛いかも」


そして、錫杖を握る白い戦士は、蛇の鱗を象った鎧に身を包み、肘や脚にはヒレのようなパーツが生えている。錫杖には1匹の蛇が巻きついており、鎧姿でありながらヒーラーのような印象を受ける。


俺が赤だから、5人並ぶと……ヤバい、すごく戦隊っぽいぞ!


勇者になる事を受諾すれば、この世界でもヒーローになれると思ってはいたが、これは嬉しい誤算だ。

異世界で戦隊、まさに新世代って感じだ!


「よし!みんな、行くぞ!」

「はい!」

「おう!」

「うん!」

「えぇ!」


掛け声はバラバラだけど、見ているものは皆同じ。

俺たちは死霊王を真っ直ぐ見据えると、それぞれ武器を構えた。


「勇者……勇者ァァァッ!殺ス……!勇者、殺シ尽クス……!」


死霊王は大鎌を振り上げると、俺たちの方へと勢いよく振り下ろす。

頭上から迫る刃を避けるべく、俺たちは各々飛び退いた。


すると、石畳を蹴って跳躍した身体は軽々と宙を舞う。

足元では、つい先程まで立っていた場所に鎌の切っ先が突き刺さり、床が抉れていた。


「すっご~い!これ、どうなってるの!?」

「県大会どころか、オリンピックの新記録だって超えてますよ!?」

「はしゃぐのは後だ!次の攻撃が来るぞ!」


学生コンビの気持ちは分かるが、今は戦いに集中だ。

死霊王は既に床から鎌を抜き、構え直そうとしている。


俺は握った剣を構えようとして……その時、頭の中に何かが流れ込んだ。


それは俺ではない誰かが、剣を振るう姿を撮った映像のようなフラッシュバック。

指先を刀身に添わせると、刃に炎が灯る。それを横一文字に振るうと、炎の斬撃が前方へ向かって飛んでいく。


「今のは……こうか?」


浮かんだ一連の動きに従い、指先で刀身をなぞる。

すると、指でなぞった所から炎が灯り、剣は炎剣へと変化した。


「うおぉっ!?」


驚きながらも剣を振るう。

脳裏に浮かんだ通り、炎の斬撃が死霊王へと向けて放たれた。


「グゥッ!?」


死霊王は鎌の柄で受け止めるが、斬撃は命中した瞬間に爆発し、死霊王は仰け反った。


「今のどうやったの!?」


着地すると、緑の勇者が問いかけてくる。


「わからない。ただ、念じたら急に頭にやり方が浮かんできて……」

「また来るよ!」


白の勇者に言われて振り向くと、死霊王は再び鎌を振り上げていた。


「だったら、先にアタック仕掛けりゃ……らぁっ!」


すると、全身を引き絞った青の勇者が、勢いよく床を蹴り飛ばす。

身体をバネのように縮めて蹴った直後、彼は槍を構えたまま、死霊王の懐に突撃した。


構えた槍の穂先に冷気が集まり、穂が氷で覆われた鋭利なものへと変化する。

どうやら青の勇者の力は、氷属性らしい。


「おぉ!?」


槍の先端が命中する直前、死霊王が身を翻す。

槍は空しく虚を突き、青の勇者は勢いよく着地した。


「チッ!避けんなよ!」

「次は私が!」


緑の勇者が弓に矢をつがえ、強く引き絞る。


放たれた矢は緑の風を纏い、一直線に飛んでいく。

狙いは死霊王の左目だ。


「届カヌッ!」


だが、死霊王は矢が届く前に、鎌の柄で矢を防いでしまった。


「いいえ、まだよ!当たるまで射ち続けるわ!」


緑の勇者は、既に2本目の矢を番えている。

そのまま走り始めた彼女に、青の勇者も続く。


「お供するぜ、姐さん!」

「あらそう?なら、私と逆の方向に走って、注意を引いてくれるかしら?」

「囮になれって?おけまる水産~!」


青い勇者が、槍を片手で振り回しながら駆け出す。

そして再び高く跳躍すると、冷気と共に氷槍を振り下ろした。


「どりゃあああああっ!」

「フンッ!」


死霊王はやはり、鎌の柄で槍を受け止めてしまう。

しかし、その背後に緑の勇者が素早く回り込む。


「やあああああっ!!」


続けざまに放たれる三本の矢。

螺旋に渦巻く緑風を纏い、矢は空を切って突き進む。


「当タラヌワッ!」


死霊王は鎌で矢を叩き落とす。

だがその背後からは、青い勇者が迫っていた。


「だああっ!!」

「カァァァァァッ!」


勢いよく突き出される槍の一撃。しかし、またしても死霊王に避けられてしまった。


10メートル級の巨体には似つかわぬ俊敏な動きで、死霊王は勇者2人の攻撃を避け続ける。


「フワフワ浮いてるのが厄介だね」

「どうにか動きを封じないとな……」

「幽霊って捕まえられるのかな……?」


俺は死霊王の動きを注意深く観察しながら、作戦を考える。

まずは奴の機動力を削ぎたいが……。


そもそも、俺たちはこの鎧を纏ったばかりでその力を全然知らない。

作戦を立てようにも、手札が分からないんじゃやりようが無いんだよな……。


そう思っていた、その時だった。


『空想せよ、夢想せよ。然らば汝の望む力、想念を通して与えられん』


頭の中に、声が響いた。

さっき俺を霊廟まで導いた、あの声だ。


「あの、今何か言いましたか?」

「もしかして、君にも聞こえた?」


隣の学生コンビも聞こえたらしい。


「もしかして、天聖獣が戦い方を教えてくれているのか?」


そういえば、変身スーツの方に戦闘データが蓄積されていて、使用者が念じる事で使い方を教えてくれるってヒーローが居たな。

この鎧、もしかしてそういう系のやつ?


『呑み込みが早い者もいるようだ。その認識で概ね合っている』

「うわぁビックリしたぁ!?」


思わず変な声で驚いてしまった。


『む、すまん。驚かせてしまったな』


そりゃあ、頭の中で考えてることを言い当てられたら誰だって驚くでしょうよ。


もしかして、俺が引き抜いた剣の所に居たドラゴンの天聖獣さん?


『如何にも。だが、自己紹介は後だ。今はこの不届き者を灰に帰せねばならん』


ああ……寝所を荒らされて怒っていらっしゃる……。


けど、あいつを倒さないと俺たちも前に進めない。

それに、デカいのが相手とはいえ、ヒーローが初陣から苦戦なんてしてられないよな!


「私、動き止められるかも!」


白の勇者が、何やら思いついたらしい。


「本当か!?」

「問題は私の体力と、死霊王の鎌なんだよね。振り払われるリスクは削いでおきたい」

「鎌……あの2人に頼めないですか?」

「でもどうやって伝える?」


2人は死霊王と戦っている最中だ。こちらの声を届けようとすれば、死霊王に勘づかれる。

どうしたものか……。


『この幽霊野郎の鎌を叩き落とせばいいんだな?』


青の勇者の声が頭の中に聞こえてきた。


この鎧、勇者同士で念話できるのか!?

オイオイオイオイ、至れり尽くせりじゃないか……。


これなら、思考で連携を取りながら戦えそうだ。


「ブルー、グリーン、頼めるか?」

『ぐ、グリーン?』

『ブルーって、俺かぁ?』

「いや、自己紹介出来てなかったし、鎧の色で呼び合うしかないかなって!」


やっっっっっべえ、ついうっかり戦隊のノリが出てきてた……。


流石に戦隊オタでもない人にこの呼び方持ち込むのは良くないよな……?

咄嗟に口をついて出た言い訳もなんか苦しくないか?

不謹慎だと思われたりしたんじゃないだろうか……。


戦々恐々とする俺だったが、2人からの答えは……。


『グリーン……いいわね、それ。かっこいいと思うわ!』

『まぁ、いいんじゃね。あだ名みたいで呼びやすいし』


思いのほか、不評でもなかった。


『じゃあ、私が囮になるわ。ブルー、鎌の方は任せてもいいかしら?』

『りょっけ~。フィーリングで合わせてPONPONPON~でキメな~』

『何言ってるかは全然分からないけど、大丈夫そうね~』


ブルーの軽いノリに少々困惑しながらも、グリーンは走り出した。


「ホワイト、作戦は?」

「ホワイト……ああ、私ね。これを使うの」


そう言って白の勇者、もといホワイトは錫杖の先端で床を叩く。

すると錫杖は材質が変わったように形を崩し、白蛇を象った鞭へと変化した。


「この鞭、念じれば伸びるんだって。これで縛り付けて、動きを封じるの」

「おお! でも、あの大きさだぞ? 君、踏ん張れるのか?」


ホワイトはおそらく、俺たち5人の中で最年少。体格も一番小柄だ。

いくら身体能力にブーストがかかっていて、特別な力を持った武器を持っているとはいえ、力負けしてしまわないだろうか?


「な、なら、俺も手伝うよ」


名乗り出たのは、俺たちの中で一番体格のいいイエローだった。


「力仕事なら俺の得意分野です」

「イエロー……わかった。アイツの動きを止める役は、2人に任せる」

「よろしくね、イエロー」

「はい! やってやりましょう!」


分担は決まった。そして残った俺の役目は、死霊王にトドメを刺すこと!

俺は剣を正面に構えると、フゥっと息を吸い込んだ。


「みんな……行くぞ!!」


□□□


「やああああっ!!」


グリーンが3本の矢を同時に放つ。

放たれた矢はそれぞれ別の三方向へと軌道を変え、死霊王めがけて飛んだ。


「ソノ程度、痒クモ無イワ!」


死霊王は鎌を振り回し、飛来する矢を弾いてしまう。

しかし、グリーンは攻撃の手を緩めない。


「はっ! やっ! たあああっ!」


三本撃ちを三回連続。それも石畳を蹴り、空中で回転し、狙撃位置を移動しながら更に二連射。

さしもの死霊王といえど、怒濤の連撃を全て捌ききることはできず、右肩口に命中した一本が風圧と共に弾け飛ぶ。


「グウウッ!」


死霊王が苦悶の声を上げた。


グリーンが放つ風の矢は、篦中節のなかぶしの部分に球状に圧縮された空気が収められている。

標的に命中した瞬間、空気球は弾け飛び爆風を放つのだ。


「ブルー!」

「うぉらぁぁぁぁっ!」


グリーンの呼びかけに呼応し、壁を駆け上がったブルーは全力で足場を蹴る。

死霊王の真上から振り下ろされる槍の一撃。

肩を爆破された直後であるため、鎌を持つ腕が上がらない。


鋭く研ぎ澄まされた氷刃の矛が、死霊王の左腕を切断した。


「何ィッ!?」


身に纏うボロ布ごと落下していく、大鎌を握った左腕。

天聖獣の聖なる力により、巨大な半透明の骨は消滅していく。

そして大鎌は実体があるのか、大きな音を立てて霊廟の床に落ちた。


「出番だぜ、お嬢ちゃん!」

「OKブルー。イエロー、次は私たちの番だよ」

「了解!」

「はぁぁぁっ!!」


ホワイトが鞭を振るうと、鞭はまるで生きた蛇のように蛇行し、死霊王へとまっすぐ向かっていく。

そして一瞬で死霊王に絡み付き、その身体を固く捕縛した。


「捕まえた!」

「ヌゥゥゥゥゥッ!小賢シイ……ダガ、小娘ゴトキニ負ケハセンゾォォォォォッ!!」


死霊王は拘束から逃れようと暴れるが、ホワイトの鞭はその程度では決して解けない。

しかし、それでもホワイトの足は死霊王の方へと引きずられそうだ。


だが、そんな事は既に織り込み済み。

ホワイトの後ろでイエローが力いっぱい鞭を引っ張った。


「うおおおおおおお!!」

「ナン……ダトォォォォ!?」

「力比べで、幽霊なんかに負けるかぁぁぁぁぁ!!」


霊体とはいえ、10mもの巨体に引きずられることなくイエローは拮抗してみせた。死霊王は身動きをとることができず、苦しげに悶えるのみだ。


「グゥゥ……殺ス!天聖獣ノ始末……勇者ノ鏖殺……我ラガ使命ハ、必ズ……!ウォオォォォッ!」


死霊王が激しく咆哮する。そして再び、口から毒々しい瘴気を吐き出した。


吐き出された瘴気が、ホワイトに向かって迫る。


「させない、ぞッ!」


その時、イエローが盾を床に力強く突き立てた。


盾を突き立てた場所から牛の顔を模した紋章が浮かび上がり、巨大な防壁となって展開される。

死霊王が放った瘴気は防壁に阻まれて届かない。


「オノレ……オノレオノレェェェッ!!」

「レッド、後は……」

「ああ、チャージ完了だ!」


イエローにそう応えると、レッドは正面に構えていた剣を下段に下ろし、腰を落とす。


炎剣には限界まで溜めに溜めた炎が収束されており、刀身は赤く高温発光していた。

腰を落としたレッドは、死霊王をまっすぐ見据えると、抉れる程の力で石畳を蹴った。


「こいつで……決めてやる!うおおおおおおッ!!」

「炎……炎ダト!?ヨ、ヨセ……ヤメロォォォォッ!!」


渾身の一撃が死霊王を狙う。

死霊王は抵抗するが、拘束は緩まない。


「行っけぇぇぇぇレッド!!」


イエローが再び、盾で床を殴りつける。

すると大地が隆起し、レッドは天井近くまで勢いよく打ち上げられた。


「「「行けぇぇぇぇぇ!!」」」


ブルー、グリーン、ホワイトの3人も、レッドを見上げて声を張り上げた。


そして……。


「行け……行って、勝って!タツヤァァァァッ!!」


勇者たちの戦いを見守る王女の声援が、何より大きく反響した。


「必焼剣、紅蓮灼熱斬!!」


赤き竜の炎を纏いし剣が縦一閃、力の限り振り下ろされる。


生命を朽ちす怨念の王は断末魔を上げることすら許されず、ただ割断された後に灼き尽くされた。

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