第13話「ヒーローとは誰よりもエゴイストな存在である」

「ふんっ! ……ぐっ、おおおおおおっ!」


タツヤは台座に突き立つ剣の柄を両手で握り、引き抜こうとしていた。


「なにやってんのよ!?」

「これ引っこ抜けば、天聖獣が起きるんだろ!?」

「そうだけど、今はそれどころじゃないわよ!!」

「砕ケヨ……オォォォオオォッ!!」


私が言いきらない内に、死霊王はドラゴンの石像へと鎌を振り下ろす。

砕くのが目的だからか、振り下ろされたのは刃の尻だ。ガッッ!という重たい音が霊廟に反響した。


石像は無傷。だが、弾かれた鎌の切っ先が霊廟の柱をかすめる。

削られた柱の破片が、瓦礫となって降り注ぐ。

タツヤは頭上を見上げると、剣を手放し身を伏せた。


「あっぶねぇ……。けど、まだだ!」


衝撃が収まるとタツヤは再び立ち上がり、剣を抜こうと試みる。

だが、固く突き刺さった剣は中々抜けない。


再び、重たい打撃音が霊廟に響き渡る。

死霊王が鎌を振るうたびに霊廟全体が揺れ、思うように力が入らないようだ。


「おい、もうやめとけ! 死ぬぞお前!」

「危ないですよ!」

「そんな事、百も承知だ!」

「いいから逃げて! こんなの無茶だわ!」

「無茶でもいい! 今を逃したら次はないんだ!」

「お兄さん……」


他の勇者たちが呼びかけるのも聞かず、タツヤはまた剣の柄に手をかける。

あそこからテコでも動かないつもりらしい。


「いい加減にしなさい! 死にたいわけ!?」

「死なない! 生き抜いてやる!」

「勇気と無謀は違うのよ!?」

「だったらこれは勇気だ! 俺は勇者なんだろ!?」


柄から手を離さずに、真っ直ぐこちらへ顔を向けるタツヤ。その決意に満ちた瞳を見て、私は言葉に詰まってしまった。

ああ、この馬鹿は……本当にどうしようもない馬鹿だ!


「クソ……あと少しなのに!」

「もうやめなさい! 今なら逃げれるんだから!」

「ここで逃げたら次はない! 天聖獣が無事だって保証はどこにもないだろ! だから俺は逃げない!」


ここまで意固地だとは思わなかった。

私がどれだけ……心配してやってると思ってんのよ!


「そんなに英雄になりたいわけ!? クソ親父の無茶振り安請け合いして、自分の命危険に晒して! 死んじゃったら意味ないじゃない! あんたバカじゃないの!?」


幼い頃から、歴代の勇者たちの歴史に胸を躍らせてきた。

時には人の手に負えない巨大な魔獣に、時には強大な力を振るう邪悪な存在に立ち向かい、この大陸を幾度となく厄災から救ってきた、勇気ある者たち。

天聖獣に選ばれ、魔法の武器を手に大陸を旅しては、多くの人々を導いてきた偉大な人たちだと思っていた。


だけど、私の抱いていた姿は幻想に過ぎなかった。

私の目の前に召喚された今世代の勇者たちは、筋骨隆々で一騎当千の英雄たち……というイメージからはかけ離れた人々だった。


軽薄そうなヒョロヒョロ眼鏡男に、逞しい肉体を持ちながら気弱そうな少年。

勇者にしては穏やかすぎるご令嬢に、年端もいかない女の子。

極めつけがこの男。憧れひとつの為に命すら投げ出す大馬鹿だ。


こんな連中が勇者になんてなれるわけがない。魔王軍に無謀な戦いを挑んで、なすすべなく殺されてしまうに決まってる。



そんなの嫌だ。もうあんな光景見たくない。


だからお願い……これ以上、自分の命を粗末にしないで!

あんたたちは勇者なんかじゃない。異世界から来てしまっただけの、ただの人間なんだから……。


「ああそうさ! 俺は世界一のヒーローバカだ!!」

「……はぁ?」


思わず拍子の抜けた声が出た。

意味が分からない。今、タツヤはなんて言った?


私の聞き間違いじゃなければ、自分がバカだって肯定したように聞こえたのだけれど?


「そりゃ死ぬのは怖いさ。当たり前だろ? けど、夢を失ったまま生き続けるのはもっと怖い! だったら俺は夢を選ぶ!」


分からない……。タツヤは何を言っているの?

命の危機なのよ? どうしてそこまでして夢なんかを選べるわけ?


それに、タツヤたちの世界には魔物も居なければ魔法も存在しない、それどころか争いとはほぼ無縁の治世だと本で読んだ。

だったら尚更おかしい。魔物どころか魔法さえ存在しない世界の、剣を握ったことすらないただの市井の民が、どうしてこんなに覚悟決まってるのよ……。


「そこまでして……そこまでして、あんたがなりたい“ヒーロー”っていったいなんなのよ!?」


私は叫んだ。

恐怖で足は震えているし、心臓もバクバクと脈打っている。


けど、聞かずにはいられなかった。


ここまでするからには、さぞご立派な理由があるのだろう。

納得できなかったら、首根っこひっ掴んででも連れ出してやるんだから!


「自分の心に従える人間だ!」

「は……?」


返ってきた答えに、私はまたも面食らってしまった。

それが予想していなかった答えだったからだ。


「俺は助けを求める誰かを見捨てない、かっこいい人間でありたい! 俺を求める声に応えたいし、俺に希望を託して欲しい! そういう存在に、俺はなりたい!」

「それ……全部自分の為じゃない!?」

「ああそうだ!」


またもや即答。なんでそんな身勝手を臆面もなく言えるのよ、こいつは!?


「いつだって、誰かのために戦う人は“英雄”だ。誰かのために傷つき、誰かのために死ぬ。けど“ヒーロー”は違う! 自分が成し遂げたいこと、自分の手で守りたいもの、そういったもののために立ち上がる! そして……」


またしても死霊王の鎌が霊廟を揺らす。

さっきよりもずっと強い力だ。立っているのがやっとになるくらいの揺れに、思わず膝をついた。


目を開け、タツヤの方を見据える。

あいつは私に、そして他の勇者たちにも宣言するように、力強い声で叫んだ。


「そして必ず生きて帰る! 投げ打つ事よりも、しがみつく事を選べる在り方なんだよ。ヒーローってのはな!」


その言葉に、私は心臓を貫かれたような衝撃を覚えた。


なんて身勝手で、なんて強い自己陶酔だろう。

英雄にはほど遠い。気高さなんて欠片もない。


けど……間違いなくあいつの信念なのだと感じた。


「……ぷっ、あっははははは!」


突然、少女が笑い出す。


「クク……ハハハハハハッ、マジか! お前マジかよ!」


釣られるように、軽薄メガネも笑い始める。


「お兄さん、まさかそんな面白い人だったなんて!」

「ああ、そりゃあいい! 正義だなんだって理屈捏ねられるよりゃ、よっぽど信じられる!」

「誰かのためではなく、自分の為に戦う……。ええ、悪くないわね」

「なりたい自分のために、命をかける覚悟……。そうだ、俺はそのために……!」


勇者たちがひとり、またひとりと一歩を踏み出し、天聖獣の石像へと駆けていく。

まるでタツヤの言葉が、4人の心に火を灯したみたいだ。


呆れた。本当に大馬鹿だ。

死が怖くないはずがないのに。恐怖で足がすくまないわけがないのに。


それでも、踏み出す理由がある。

なりたい自分のために、叶えたい願いのために。


「ふん……ぬぬぬぬぬ~っ!」

「こ……んのぉぉぉぉっ!」

「せーの、うぅぅぅぅっ!」

「かっ……固い……! 重いんじゃなくて、固くて抜けない……!」


それぞれ石像の足下に駆け寄り、武器を引き抜こうとする勇者たち。


ふわふわとした少女は錫杖を。

軽薄メガネは槍を。

大人しい女性は弓を。

気弱そうな少年は盾に手をかけている。


謁見の間での頼りない雰囲気はどこへやら。その表情にはもう、迷いはなかった。


「ねぇねぇ、スーツのお兄さん以外のみんなは、どうして戦うの?」


少女の言葉に、残る3人がそれぞれ口を開いた。


「私は、自由を手にするために」

「俺はこの国全てのかわい子ちゃんたちが、笑って暮らせるように」

「俺は……変わりたい! 勇気ある自分に!」

「君はどうなんだ?」


今度はタツヤが、少女に聞き返す。


「私は~……元の世界に戻るため。やらなくちゃいけないことがあるから」

「いいね。皆、いい夢持ってるじゃないか!」

「砕ケヌ……砕ケヌゥゥゥ!!」


少女が答えた直後、死霊王が鎌の柄を勢いよく床に叩き付けた。


「ナラバ……朽チ果テルガ、イイ……『腐爛瘴気マイアズマ』!」


死霊王の口から、毒々しい色の濃霧が吐き出される。それはたちまちのうちに広がり始め、五つの石像を包み込んでいく。

同時に、勇者たちの視界はあっという間に奪われた。


「な、何これ!?」

「ぐっ!?」

「全身が……針で刺されるようだ……ッ!?」


まずい、あれは腐爛瘴気マイアズマ!?

触れたもの全てを腐食させ、朽ちさせる猛毒の瘴気だ。


どうしよう、あんなの直撃したら到底……。


「うおおおおおおおおおおおおッ!!」


タツヤの絶叫が瘴気の奥から響き渡る。


「天聖獣たちよ! 休暇は終わりだ! 守り神なんだろ、いい加減目を覚ましやがれぇぇぇぇぇッ!」


絶叫が壁に、床に、天井に。霊廟全体に反響する。

その叫びは霊廟の外にまで聞こえたかもしれない。


そして……光が瘴気を切り裂いた。


「コ、コノ光ハ……ヌオォォォォォッ!?」


あまりにも眩い閃光に、死霊王が袖で顔を覆って後退る。


光はそれぞれ5色。それぞれ柱となって立ち上り、霊廟の天井まで照らすほどに光り輝いていた。


「あれは……」


光の柱の根元の部分。ちょうど光源とも言える場所に、人影が立っている。


全部で5つ。それぞれ台座に突き立っていた武器を手にしている。


やがて光が収まる頃、影の主がその姿を現した。


大盾を携えた黄牛の戦士。

錫杖を握る白蛇の戦士。

長槍を持った青馬の戦士。

大弓を構える緑鳥の戦士。

そして、直剣を掲げる赤竜の戦士。


色鮮やかな板金鎧に身を包んだそれは紛れもなく、王家の記録に残されし勇者の姿。


私は思わず、両手で口を覆っていた。

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