第7話「YOUはどうして異世界へ?~盾石義彦の場合~」

「ハァ……どうしてこんな事に……」


客間で一旦、他の人たちと別れた俺は、城の外を歩いて回っていた。


とは言っても、城の敷地外には出ないよう言われているので、出歩ける場所は限られている。

渡さた案内図を見ながら、俺はとりあえず城の周囲をグルっと回る形で歩いていた。


正直、いきなり「あなたは勇者です」って言われても実感が湧かない。

何らかのチートパワーが与えられたわけでもなく、特別なスキルが身に付いた感覚もないからだ。


俺以外の勇者たちは、どういう経緯で自分が勇者だと実感したんだろう?

そして、俺なんかがどうして、勇者なんて大層な物に選ばれたんだろう?


そりゃあ確かに、ここに来る前『世界ここから消えてしまいたい』って思ってはいたけども……だからって、本当に消える必要はなかったんじゃないのか!?


しかも異世界行って勇者って……厨二病の夢じゃん……。

さっき頬をつねってみたけど、普通に痛かった。現実なんだよなぁ……。


そんなことを考えながら歩いていると、前方から何やら声が聞こえてきた。

どうやら、何かの掛け声みたいだ。


この辺は……どうやら兵舎があるらしい。


揃えられた大きな声は、どことなく懐かしさを感じさせる。


ちょっとだけ、覗いてみようかな?

そう思った俺は、声のする方へと足を向けた。


□□□


建物の陰から顔を出すと、そこには予想通り兵士達が集まって訓練を行っていた。

人数は1つの班につき、ざっと50人ほどだろうか。

みんな重そうな鎧を着て、教官っぽい人のかけ声に合わせて槍や剣を振っている。その動きは洗練されており、とても素人目には真似できそうにはない。


この人たちが、この国を護るために戦ってくれる人たちなのか……。

そう思うと、急に緊張してきた。


自分もああいう風に戦う事になるのかと思うと……正直怖くて仕方がない。

魔王軍はあの人たちでさえ敵わなかった存在だ。僕らみたいな現代日本の一般人が戦って勝てるわけがない。


「やっぱり、俺の出る幕なんてないよな……」


そのままこっそり立ち去ろうとした時だった。


「おや、もしかして入隊希望の方ですか?」

「ひゃっごうぇあい!?」


突然、背後から声をかけられた。

思わず変な声を上げながら飛び上がる。


おそるおそる振り返ると、そこには兵士の一人が立っていた。

反射的に2,3歩ほど後退る。


「す、すみません。驚かせてしまったようですね」

「い、いえ……」


申し訳なさそうに謝ってくる兵士さんに、なんだかこっちが申し訳なくなってくる。


「遠目に見ても中々の体格をしておられたので、王国兵団の入団希望者だとばかり……」

「いえいえ、自分こそすみません! 今すぐ立ち去りますので!」


改めてみると、その人は僕より一つ上くらいの歳の青年だった。

兵士の手は、何やらトレーニング器具のようなものが入った木箱を載せた台車に添えられている。

ダンベルのような器具や、木製のトレーニングラダー。よく見たらトレーニンタイヤらしきゴム製の輪っかも積まれていた。こういうの、異世界にもあるんだ……。


「あれ? その服装は……もしかして、あなたが勇者様ですか?」

「え……?」


その言葉に、思わず答えに迷った。


勇者。それはこの世界の人たちにとって希望の言葉だ。

人々を救い、国を救い、世界を救う誰かへの期待を意味する名称だ。


でも、その称号に俺は相応しくない。

俺は誰かの期待を背負えるような人間じゃないからだ。


「すみません。俺は、そんな大層な人間ではないんです」

「え? でも、異世界からいらっしゃったんですよね?」

「確かにそうなのですが……いまいち実感がないんです」


情けない言葉だとは思う。ガッカリさせてしまったかも、とも。


しかし、事実なのだからしょうがない。

俺はただの学生で、特別な力なんて何も持ってはいない。

この世界で何かができる気なんて、これっぽっちもしちゃいないのだ。


あのスーツのお兄さんは本当にすごい人だと思う。誰かの期待を背負う決断が一瞬でできていた。

俺なんかじゃ、とてもそんな真似はできやしない。


申し訳ないけども、俺なんかに期待したらきっと失望するだろう。

だったらいっそ、最初から期待しないでもらった方が……。


「勇者様も、私と同じなのですね。少し、安心しました」


意外な言葉だった。

てっきり、もっと落胆されると思っていたんだけど……。


「実は私も、先月入団したばかりの新人でして」

「そう……なんですか?」

「はい。隊長からは、『まだまだ根性が足り取らん!』なんて言われてますし、筋力なんて他のみんなに比べたら全然なんですよ」


そういって、兵士さんは自分の腕を見せてくる。


言われてみると、確かに細い。

鎧で着太りしているだけで、実際はあまり筋肉が付いていないようだ。


「入団こそ出来たものの、私は未だに自分の弱さを痛感しています。あの時も、魔王に怯えて腰を抜かしてしまった……」


兜から除くその顔に陰がさす。

その瞬間のことを、思い出す度に暗い気持ちになっているのが伝わってくる。


「そんな私を、グレゴリー司祭は助けてくれた。そして、こう言ってくれたんです。『離れよ。お前さんは、リア様達をお守りするのじゃ』って。何も出来ず震えていた私に、最も重要な役目を託してくれたんです。それが、私にとってはなにより嬉しかった……」

「嬉しかった……?」


思わず聞き返してしまう。


「その言葉で思い出したんです。私は、弱い自分を変えるために王国兵団へ入団したのだと」

「自分を変えようと……」


そう言う彼の顔には、確かな決意が浮かんで見えた。


「誰かに頼られるということは、まさに私が目指した私の在り方だったのです。それを思い出して以来、私はより一層の鍛錬に励むようになりました。私を頼ってくれた人たちの役に立てるように」


そう語る彼の顔には、確かな決意と覚悟が見えた。


俺はどうだろうか? そんな強さがあるだろうか? 自分の意思を貫くだけの勇気があるだろうか?


この世界に召喚されて、俺は自分が勇者である事に戸惑い続けていた。

戦う事が怖くて……いや、違う。

俺は選ばれたことが怖かったのだ。


期待されて、それを裏切って失望されること。それそのものが、怖かったんだ。

だから俺は、ずっと逃げ続けてきた。ここに召喚されたきっかけも、逃げたかったからだ。


「いいか! 魔王軍は撤退したが、それは恐れをなして逃げ出したからではない! 奴らはいずれ、必ず戻ってくるだろう!」


訓練中の兵士たちの方から聞こえてきた声に、思わず振り返る。

教官らしき人物が、両手を後ろに回して声を張り上げていた。


「王は勇者を召喚すると宣言なされた。だが、忘れるな! 勇者は魔王を倒すべく国を離れることになる。勇者が国を離れている間に襲撃があるとも限らないのだ。いいか! 魔王を倒せるのは勇者でも、この国を守るのはあくまでも我々なのだ!」

「「「おおっ!!」」」


その言葉に再び気づかされる。

彼らは彼らにやれることを精一杯やっているんだ。

それはきっと兵士に選ばれたから、ではない。自分にやれる精一杯を積み重ねてきたから、自分自身から逃げ出さなかったから、彼らは強い兵士になったんだ。


俺は逃げた先でも、また逃げるのか?

この世界の人たちはこんなにも頑張っているのに?


それはきっと……とてもカッコ悪いことだと思った。


自信はない。だけど、つけるために兵士になった。

この兵士さんの言葉は、俺を勇気づけてくれているように感じた。


だったら俺は……。


「すみません、私の話ばかりしてしまって……」

「いえ……ありがとうございます。おかげで俺も、決心がつきました」


兵士さんに向かって深く頭を下げる。


俺はまだこの世界に来て何もしていない。

だからまずは、この世界で生きていくための一歩を踏み出すべきだ。


誰かのために戦う自信がないのなら、せめて自分のために踏み出そう。

勇気ある、誇れる自分になるための一歩を。


「では、俺はこの辺で。訓練頑張ってください!」

「あ、あの! 勇者様、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


城に戻ろうとした俺の背中を、兵士さんは呼び止める。


「義彦! 盾石義彦たていし よしひこです!」


そう名乗ると俺は、今来た道を足早に戻っていった。


この決意が、変わってしまわないように。

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