第6話「YOUはどうして異世界へ?~槍木蒼馬の場合~」

何故こんな面倒事に巻き込まれたのか。

まるで世界遺産のように美しい建築で、塵一つない綺麗な廊下が広がる城の廊下を進みながら、俺は思案する。


ここに飛ばされた理由に心当たりがないか、と言われれば、ひとつだけ思い当たる節がないわけでもない。


ここに来る直前、俺は確かに呟いていた。


『こんなクソみてぇな世界、とっととおさらばできねぇかな』と。


まさか、その結果がこれだなんて言わねぇよな?

口は災いの元、とはよく言ったもんだぜ。


しかし、俺が世界を救う勇者ねぇ……。

ど~にもイマイチピンと来ねぇんだよなぁ。


だって考えてみろって。

いきなり異世界に召喚されて勇者になれって言われて、ハイそうですかって受け入れられるほど、脳天気じゃねーぞ、こっちは。


そもそもあの王様、態度からして明らかにクソ上司の臭いがプンプンするしよ。

どうせ、用が済んだら俺たちを使い捨てて、自分は魔王討伐の利益だけ吸い上げてウハウハする気なのが見え見えだっての。


そんな奴のために働け、ってんだからやってらんねぇわ。アホらし。


まあ、王サマの態度を抜きにしても、この状況であの話を鵜呑みにできる奴は馬鹿か異常者のどちらかだってのが俺の考えだ。


『はい。俺――私でよろしければ、喜んで協力させていただきたいと思います』


……だから、あの真面目そうなスーツの野郎があんな事を言い出した時、俺は驚いた。

まさか本当にそんなやつが居るとは思わなかったからな。


いったいどんな思考してたら、見知らぬ世界の人間たちのために命をかけられるのやら。俺には理解できないぜ。


っと、ここはどの辺りだったか。

あの切れ長の目が綺麗なメイド長さんからもらった案内図を開き、場所を確認する。


どうやらこの先は大聖堂らしい。

祈りを捧げるための場所なら、人がいるとしても静かだろう。考え事するには丁度いい。


俺は案内図に従い、足を運んだ。


□□□


扉を開けると、そこには荘厳な雰囲気に包まれた空間が広がっていた。

床には大理石が敷き詰められ、天井には巨大なステンドグラス。そして、奥には女神を模した像が置かれている。


まさに大聖堂の名に恥じない広さと美しさだ。

ここの隅にでも座れば、ゆっくり考えをまとめられるだろう。


まあ、考えといっても魔王と戦おうなんざ小指の爪の先ほども考えちゃあ居ねぇ。

どう波風を立てずに、断らざるを得ない反論で断ってやろうかって事を、だ。


……だが、俺の思考はすぐに中断された。


視界の端に映った後ろ姿。

注視して見れば、前方の少し離れた席に腰掛ける2人の女性がいた。


1人は肩を震わせており、もう1人がその肩を抱いているようだ。

耳をすませば、嗚咽のような声も聞こえてきた。


俺は反射的に席を立つと、その女性たちの方へと歩み寄る。


「なーなー、そこの姉ちゃんたちよぉ」


声をかけると、女性たちは俺の方を振り返る。


肩を抱いてた方はすげぇ美人。栗色の髪の別嬪さんだ。

泣いてた方は、顔が似ているが歳を重ねている。おそらく母親だろう。こちらも歳を取ってこそいるが、美人の部類だろう。


「外はこんないい天気だってのに、泣いてばっかじゃ美人が台無しだぜ。俺で良けりゃ話聞くけど?」

「えっと……あなたは……?」


2人は俺の事を、不思議なものを見るかのような目で見てくる。

なんだ?この世界じゃこういう声のかけ方って珍しいのか?


そう思って2人の視線を確認すると、どうやら俺の服装に注がれているらしい。


今の俺の服装は……ああ、そうか。現代日本の服装が珍しいのか。

そういやここは異世界だった。物珍しい目で見られても仕方ないな。


「もしや……あなたは、勇者様ですか?」

「えっ、あーっと……」


……迂闊だった、と今更ながらに気づいた。

魔王軍とやらが攻めてきたから、勇者が召喚される事になったんだ。

そのタイミングで見慣れない服装の人間が城をうろついていたら、そりゃひと目で別の世界から来たってバレる。


しかし、ここで否定するのも面倒だ。

話をスムーズに進めるためにも、そういう事にしておくか。


「そ、そうそう。俺、槍木蒼馬うつぎ そうま。勇者の一人として、これからお姉さんたちのお悩み相談室~的な?」


俺の言葉を聞くと、母親は顔を伏せ、娘は驚いたような表情を浮かべた。

これは肯定的な反応と見て良いだろう。

このノリが異世界じゃ通用しない、とかでダダ滑りだったら軽く凹んでたと思う。


「本当に、勇者様なのですか?」

「おう。ついさっき、ここに来たとこで……」


すると、母親が顔を上げ、こちらを見つめてきた。


「勇者様、どうかお願いします。私の夫の仇を討ってください!」


……飛び出してきた言葉に、俺は思わず息を呑んだ。


それは、現代日本ではおおよそ聞くことのない言葉。

俺を見上げる涙で濡れて真っ赤になったその目には、深い嘆きと憎しみが宿っていた。


「私の夫は、この王宮の近衛兵でした。夫はあの日も、いつものように勤めに出て……そして二度と帰ってきませんでした」


女性の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ち、頬を濡らす。

彼女はそのまま、俺の胸にすがりつき、嗚咽を漏らし始めた。


「夫は……魔王に殺されたそうです。朝まで隣にいた夫が、次に会った時には棺の中……こんなこと、信じられません。だって、あの人はあんなにも優しく、強い人だったんです。そんな人が、どうして……どうして……」

「お母さん……。勇者様、私からもお願いします。父の仇を討ってください!」

「……」


彼女らの悲しみの声を聞き、俺は沈黙を貫く。


正直、俺には関係ない話だ。

きっとその兵士は、この母娘にとって大切な夫で、立派な父親だったのだろう。魔王の事は本気で憎んでいるはずだ。


だが、俺とは関わりのない人間。別の世界の、赤の他人だ。

そんな見ず知らずの人間の仇をとるために、代わりに復讐しようなんて思えるほど、俺はお人好しじゃない。


……けど、俺はこの母娘の言葉を無視できなかった。


俺は女が泣いてるところを見るのが嫌いだ。

女泣かせるってのは死罪だろ。俺ん中じゃ極刑だ。

女を悲しませる男は例外なくクソ野郎だと思ってるし、この手でブン殴ってやりたくなる。



それに、良い父親を持った幸せな家族から、魔王がその父親を奪ったという部分で無性にムカッ腹が立った。


……どうして、俺なんかよりもよっぽど幸せな家族が、奪われなきゃならないんだよ。


「分かった。俺に任せろ」


その言葉は、自然と俺の口からこぼれていた。

俺自身、何故受けてしまったのかはよく分からねぇ。


ただ、一つだけハッキリしてる事がある。


この国には、この母娘のように泣いている女や子供がいっぱい居るって事だ。

つまり、俺たち召喚者が倒す事になっている魔王ってのは、この国の全ての女を泣かせたって事だ。


そう考えると、さっきまでどうでもよかったはずの魔王に対して、ふつふつと怒りが湧いてきた。


「勇者様……!」


俺の言葉に2人は目を丸くして、それから再び涙を流し始める。


「ありがとうございます、勇者様。私たちではどうすることもできず……」

「気にしなさんなって。これも勇者の使命ってやつだし~?……だからよ。もう泣かなくていいんだぜ。美人が揃って泣いてちゃ、旦那さんも浮かばれないだろうしさ」


俺がそう言うと、2人はまた涙を流す。

しかし今度は、喜びの感情から来るものだった。


まったく……本当に面倒な事に巻き込まれちまったもんだよ。

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