第5話「王の企みとは?」

「ぐぬぬぬぬ……異邦人どもめ、こちらが下手に出てみれば、調子づきおって~」


龍也たちが退室した後。執務室へと戻ったリュコス国王、セントジャックルは歯ぎしりしながら机に向かっていた。


自らの行いを棚上げし、勇者たちの言動へ怒りを募らせる主の様子に、グレゴリー司祭は静かに告げた。


「お言葉ですがジャックル様。あれはいったいどの辺りが『下手に出る』態度だったのですかな?」

「国王自らが懇願しておるのだぞ?それだけで十分、下手に出ておるわい。ならば奴らも異論を唱えることなく、聞き入れるのが礼儀ではないのか?」


さも当然である、という風な態度で答える主に、グレゴリーは呆れながらも笑みを絶やさず反論する。


「あのような上から目線で横暴な態度では、下手とは程遠いですなぁ。ジャックル様とて、他国の方々に同じような態度で物を頼まれれば同じような反応に出たのでは?」

「なんだと?」


ジャックル王はグレゴリーをキッと睨みつけると、彼に人差し指を向けながら叫んだ。


「そもそもグレゴリー!お前があの時、召喚式の記術書スクロールを魔王に奪われてさえいなければ、もっと従順な勇者が召喚されたのではないのか?」

「いえいえ。記術書スクロールの写しに不備はありません」

「ぐぬぬぅ……。くっ、涙晶石ティアマストーンが残っていれば、勇者を召喚し直したいくらいじゃ……」


勇者召喚の 記術書スクロール。それは古くから王国に伝わる、勇者を召喚するための魔道具である。

羊皮紙製の巻物で、巻物そのものに術式が込められているため、大掛かりな儀式を必要としない。

ただし、発動のためには大量の魔力を必要とするため、この術式が用いられるのは非常時の最終手段とされている。


涙晶石ティアマストーン。またの名を『ティマオスの涙』という。

数年に2つか3つしか採掘されない希少鉱石で、大きさは汁椀ほど。

膨大な魔力を含んでおり、1つあたりの魔力量は、都市ひとつの生活を3ヶ月は賄えるほどともされている。


勇者を召喚する際に必要な2つのアイテム。

その中でも最も重要な 記術書スクロールが奪われたと知らされた際は、各国の王達も肝を冷やしたそうである。


龍也たちが召喚されるまでの2週間、王国間でどれほどの騒動があったかは、想像にかたくない。


「くじ引きに大金を費やす賭け事狂いのような考えはやめなされ」

「えぇい!余所者の肩ばかり持ちおって、貴様どちらの味方なのじゃ!」

「私は正しい者の味方でございますよ」

「余が間違っておるというのか!?」

「ですからそう申しているのです」

「ぐぬぬぬぬぬ、貴様ぁ~……歳を食ってもその曲がらぬ腰と達者な舌は変わらんのか!」


ジャックル王は大きくため息をつくと、口論するのを辞めた。


この国の執務室では、割と頻繁に見かける光景だ。

この横暴な王にここまで言い返しても左遷されないのは、臣下達の間でも『グレゴリー司祭7不思議』の1つとして有名である。


□□□


龍也たちが召喚されたのと同じ頃。大陸の何処かに存在する黒い城にて。


青白い炎が照らす薄暗い広間の奥で、玉座に腰かける黒衣の人物がいた。


彼こそはヴァーエルII世。先日、リュコス王国に攻め入り多大な被害をもたらし、召喚式の 記術書スクロールを持ち去った魔王である。


その魔王の前に跪く、一人の女がいた。

女の肌は生気が感じられないほどに青白く、その爛々と輝く両の眼には、瞳がない。


円錐型の帽子とローブに身を包んだその姿は、御伽噺に出てくる魔女そのものであった。


「魔王様、どうやらリュコスに動きがあったようです」

「ほう?」

「報告によりますと先程、勇者の召喚が行われたとのこと」

「グレゴリーめ、写しを隠していたとはな……。抜け目のないやつよ」


玉座に座る魔王は、腹部をさすりながら呟く。


そこには鈍く輝く打撲痕ができている。先日、グレゴリーとの戦いでつけられ、リュコスから撤退せざるを得ないほどの深手となった傷跡だ。


「それも、召喚された勇者の数は5人にも及ぶとか」

「勇者が5人、だと?よくも涙石が足りたものだ……。まあよい」


魔王は少しだけ驚いたような反応を示すが、すぐに元の平静な口調に戻る。


「まあよい。このような事もあろうかと、手は打ってある。そうだな、メディナ?」

「はい、我が王よ。勇者が霊廟に足を踏み入れた時が、その最期となりましょう」

「想定外ではあったが、我らの優位に依然変わりない。が、引き続き監視は続けておけ」

「仰せのままに」


玉座の肘掛けに顎肘をつくと、魔王は静かに目を閉じる。

魔王軍の魔の手が、未だ王国の首元に指を這わせている事を知るものはいない。

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