第4話「世界のために命ってかけられるの?」

「こっちはいきなり知らない世界に飛ばされて、いきなり世界を救うために命かけろ、とか言われてるんだ。考える時間くらいくれてもいいよな?」


眼鏡の青年はそう主張した。


王様は顔を真っ赤にして、再び玉座を立ち上がる。


「なんじゃと!?貴様、世界がどうなってもよいと言うのか!?」

「そっちの都合だけを押し付けるな、って言ってんだ。選ぶ権利くらいくれたっていいだろ、王サマなんだからよぉ」


これ、ちょっと良くない雰囲気だよな!?

青年と王様の間で火花が散っているのが見える気がする。


しかし、これは確かに彼の言うとおりだ。

いきなり呼び出されたかと思ったら、世界を救ってほしいなんて無茶振りにもほどがある。


「お父さま、落ち着いて。勇者様も困惑されているではありませんか」

「眼鏡のお兄さんもね。一国の王様を相手にケンカ腰とか、この場で処刑されてもおかしくないよ」


王様は王女様に。眼鏡の青年は女子高生に諫められていた。

見た感じ、2人ともまだ若いのにしっかりしてるな……。


「王よ。彼らの主張もごもっともです。ここは彼らの言うとおり、考慮するだけ時間を与えるべきではないでしょうか?」

「あなた。私からもお願いしますわ」


グレゴリー司祭に加えて、王妃様も援護射撃を行った。

王女様も含め、3人もの身内にそう言われてしまえば、反論は難しいだろう。


「ぐぅぅ……仕方あるまい……。では、明日の昼前までに答えを出してもらおう。それで構わんな?」


王様はしばらく唸ると、やがて渋々と言った様子で了承した。


「ああ、それだけありゃあ十分だ」

「聞き入れてくださり、深く感謝申し上げます」

「王女様と王妃様、グレゴリーさんも。お気遣い痛み入ります」

「あ……その、ありがとうございます」


3人の礼につられて、もう一人の女性と男子高校生も頭を下げる。


「もうよい、下がれ」

「執事長、並びにメイド長、いらっしゃいますね?」


王妃様の呼び掛けに答え、壁際に佇んでいた長身の男女が前に出る。


「お呼びでしょうか、王妃様」

「勇者様たちは、これより国賓として扱います。不自由のないよう、誠心誠意のおもてなしを」

「仰せのままに」

「では勇者様方、こちらへどうぞ」


王妃様へと向かって、恭しく礼をした2人に連れられ、俺たちは謁見の間を出る。

こうして、この場は一時解散となったのだった。


□□□


「にしても驚いたよ~。眼鏡のお兄さん、王様に向かってあんな態度で突っかかるんだもん」


移動中の廊下で、俺の後ろを歩く女子高生がふとそんな事を呟いた。

先程からよく聞いていると、結構くだけた言葉遣いだ。歳頃の女の子らしい、といえばらしいのだろうか。


「気に食わねえ態度してたからな。あれじゃいくら頼まれたって、引き受ける気無くすぜ。まあ、俺は野郎の頼みなんざ報酬のひとつもない限りは引き受けねぇ主義だけどな」


眼鏡の青年は両腕を後頭部に回しながら、してやったりと言った顔でそう答える。


見た目はインテリな雰囲気なのに、態度や言葉遣いがヤンキーじみてる人だな……。


「そ、それじゃあ頼んで来たのが女性だったら、報酬なしでも引き受けてたんですか?」

「モチのロンよ! 例えば隣の王妃様、あんな美人に頼まれるんなら悪い気はしねぇ。美人の頼みを断るなんざ、男が廃るってもんだ」

「えぇ……」


気弱そうな男子高校生が、呆れたような目で青年を見る。

少年、俺も同じ気持ちだよ。まさか現代日本にこんな唯我独尊プレイボーイがいるなんて思ってもみない発見だ。


そういやさっきから眼鏡の人、大分失礼なこと言ってるけど、前を歩く執事長さんとメイド長さんは、気を悪くしているのではないだろうか……?


「ごめんなさいね、さっきからうるさくしてしまって」


俺が心配していると、お淑やかな女性が執事長さんとメイド長さんに謝意を示していた。

歩き方も綺麗だし、言葉遣いも丁寧だ。育ちの良さそうな所作が見て取れる。


「いえ、お気になさらず」

「むしろ私たちの方こそ、我らの王の非礼を詫びるところです」


むしろ向こうから申し訳なさそうな顔をされてしまった。

やっぱあの王様、人望ないな? 名前も無駄に長くて覚えにくいし……名前なんだっけ?

セント……ニコラウス? それ別人か。

セント……ジャック……ジャックフロスト2世マン? 違うな、これも何かと混ざってる気がする。


まあ、後で執事長さんに聞けばいいか。

そんなことを考えながら、東京近辺にある夢の国でしか見られないような、広い洋風建築の廊下を進んでいたそのときだった。


「でもさ、スーツのお兄さんはすごいよね。いきなり世界を救えだなんて言われたのに、それをすんなり快諾できて」

「え……?」


女子高生の何気ない一言に、背中から貫かれたような衝撃を受ける。


俺は「世界を救う」ということを、すんなりと受諾できていた、と。

確かに、彼女はそう言った。


「ああ……僕も正直驚きました。だって、突然見知らぬ世界に飛ばされて、お城でRPGから出てきたような人たちに囲まれて、世界を救ってほしいって言われたんですよ? 普通なら困惑するか、そんなの無茶だって言いたくなりません?」


男子高校生もそれに続くようにそう言った。


「確かに。あんな話を二つ返事で快諾できるなんて、よほどの馬鹿かお人好しだぜ?」


眼鏡の青年も、不思議そうな声で続く。


「警察官や自衛官ではないって言ってたし、見たところあなたも普通の日本人なのよね?」


お淑やかな女性でさえ、不思議そうに首を傾げていた。


そうだ、その通りだ。

彼らは何も間違っていない。


世界を救って欲しいと言われたあの瞬間。この4人が回答の保留を願ったのは、ごくごく自然な反応なのだろう。

悩むことなく首肯したのは、俺だけだ。



そんな決断を迷わずやってのけられるのは、当然……。


「ねえ、お兄さんはどうして、あんな簡単に引き受けられたの?」

「それは……」


女子高生からの問いかけに、俺はすぐには答えられなかった。


答えそのものは見えているはずだ。

しかし、いざそれを言葉にしようとするのが難しい。


言葉にするのが憚られるからか。

それとも、主題に対するその答えが異常なものだと理解しているからか。


或いは……歳柄にもない羞恥心からか。


「皆様、どうぞこちらへ」


言い淀んでいる間に、客間についた。

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