第3話「俺たちが勇者だって?」
「おお!成功したか!」
「ええ、そのようです」
俺の部屋とは明らかに違う、西洋風の広々とした部屋。
目の前には、初老の司祭のような人物。
白いローブのようなものを着ており、いかにも聖職者といった出立ちだ。
部屋の最奥には巨大な玉座が置かれており、そこに一人の男が腰掛けている。
男は王冠を被った中年男性で、豪奢な服に身を包んでいた。
そしてその左右隣。
それぞれ、美しいドレスに身を包んだ女性が座っている。
一人は王妃様で、反対側は王女様だろうか?
4人とも、まるでファンタジー系のゲームから出てきたような外見だ。
「なんだぁ?」
「あらあら……?」
「ここ……どこ?」
「っていうかあなた達、誰ですか!?」
振り返ると俺と同じく現代日本から来たらしき服装の男女が4人。
2人は俺と同い歳くらいの男女で、もう2人は別々の高校の学生服を着だ男女。
全員が困惑しているようで、お互いの顔を見合わせている。
おそらく、俺と同じ状況にあると思われるが……。
「おお!よくぞ我らの召喚に応じてくれた!」
突然、バカデカい声が耳をつんざく。
おもわず耳をおさえながら声のした方へ顔を向けると、玉座に座していた王が腰を上げていた。
「我が名はリュコス王国現国王、セントジャックル=カイゼル・インペリア・ファーラオ・アルベリッヒである! 勇者たちよ!どうかこの国を救って欲しいのだ!」
…………はい? 俺を含めた5人が呆然としていると、王はさらに言葉を続けた。
「お言葉ですが、ジャックル様。物事には順序というものがございます。あまり勇者様たちを急かすものではございませんぞ」
「む、むぅ……そうか」
司祭風の格好をした老人に諌められ、王は再び腰を下ろす。
代わりに司祭の老人が、俺や他の4人の方へと歩み寄った。
「驚かせてしまい、申し訳ありませぬ。皆様、おそらく混乱しておられることでしょう」
袖を合わせたまま、老人は軽く頭を下げて謝罪する。
さっきの王様よりは取っ付きやすそうな印象を受ける物腰だ。
「私はグレゴリー。この国の司祭でございます」
「この国って、ここは日本じゃない……の、ですか?」
正直、驚きすぎて聞きたいことが山ほどあるが、話しかけられた以上は応えなくては。
俺はグレゴリーと名乗った老人に言葉を返す。
「ここはティマオス大陸。その四大王国が一つ、リュコス王国にございます。皆様方が暮らしていた世界とは別の世界、ということになりますな」
「つまり……なんです?俺……私たちは異世界に転移してきた、と?」
「そうですな。あなた方の世界では『異世界召喚』と呼ばれている、と聞き及んでおります」
「マジか……」
どうやら俺は本当に、現実離れした事態に巻き込まれてしまったらしい。
まさか本当に異世界に来てしまうとは……。
「異世界召喚だぁ?」
「夢……じゃないよな……?」
「へぇ、面白いね」
「いせかい、しょうかん?」
他の4人もそれぞれ、驚愕したり納得したりしている。
中には理解出来ていない人もいるみたいだが、大体飲み込めていると見ていいだろう。
「それで、どうして俺たちをここに喚び出したんでしょうか?」
「魔王を討伐していただきたいのです」
「……はい?」
魔王って……おいおい、いきなりとんでもないワードが出てきたぞ!?
いや、異世界モノの定番だけどさ。いきなりそんなワード聞かされたら、やっぱり驚くだろ。
「今から2週間ほど前。この国は魔王の軍勢に襲撃されましてな。なんとか撤退させることは出来たのですが、またいつ襲ってくるか分からない状況なのです」
「いや、でもそれなら、この国の騎士団とか冒険者とかに任せた方がいいんじゃないですか……?」
おずおずと手を挙げたのは、気の弱そうな雰囲気を放つ男子高校生。
雰囲気に反して、学ラン越しにでも分かるほど体格に恵まれているようだ。
「他の人たちがどうかは知りませんが、少なくとも僕はただの学生です。戦えるような力は無いのですが……」
男子高校生の疑問は、異世界モノのラノベやアニメを見た事がある人なら一度は浮かべたことがあるものだ。
正直、俺も時々思っていたが、本当にその疑問をぶつける人間がいるとは……。
「言われてみりゃそうだな。俺も警察や自衛官なんかじゃねぇしよ」
「弓道の経験はありますが、私もそのような職柄ではありません」
「私も同じかな~。お兄さんは?」
「あ~……同じだよ。俺もそういう人間ではないね」
彼の疑問に、眼鏡の男とお淑やかそうな女性、ブレザー姿の女子高生も続く。
当然俺も、何かと戦うような職業では無い。
スーツアクターの仕事でヒーロー役として、時に悪役として戦うことはあるけど、それはあくまでお芝居の話だ。
「もちろん、我が国にも優秀な戦士や魔法使い、そして強き聖獣たちがおりました。しかし先の侵攻の際、魔王軍を退けたのと引き換えに、その多くが命を落としてしまったのです」
「つまり、余所者である私たちに頼る他ないって事?」
「左様でございます。心苦しいのですが、他に方法は残されていないのです」
なるほど。優秀な戦闘職が魔王軍に軒並みやられてしまった、と。
そして残された人材は防衛に徹する事になるため、攻め込むための人材を他所に求める必要が出てきた、と。
それなら納得だ。
異世界召喚に頼るだけのピンチだろう。
……いや、無理じゃないか?
プロの戦闘職が大勢死んでるのに、なんで異世界の一般人を召喚するんだ?
古代ローマの兵士とか、戦国時代の武将ならまだ分かる。分かるんだ。
何故現代から呼ぶの?時間の流れには逆らえないとか、そういうアレなのか?
待て待て、冷静になれ。
こういうのは、召喚された際に何かしらの力が付与されているのがお約束。
神様面談を挟む異世界転生と違い自由には選べないとしても、普通ならチートやスキルが与えられるものだろう。
……ということはつまり、今ならアレができる?
ほら、異世界モノでよく見るヤツ!自分の能力が確認できたりするようになってるアレ!
物は試しだ、やってみよう。
俺は虚空を指でなぞりながら、お約束の言葉を呟いた。
「ステータス・オープン!」
……虚空には何も出てこない。
あれ……?こういうのって、こうやったらステータス画面的な四角い窓が出てくるものじゃなかったっけ?
詠唱が違うのか、それとも指の動かし方が違うのか。
何が違ったのか首を捻っている俺の耳に、困惑したような声が響く。
「……なにやってんだ、お前?」
眼鏡の青年が、訝しげな目でこちらを見ていた。
やばい、すっげぇ恥ずかしい!
「あぁ、それですか。召喚された勇者様が一度はやる、と記録されておりますな」
「ウソだろ!?」
記録されるくらいこれやった人がいる事実に軽く悶える。
こ、これが共感性羞恥……ッ!渾身のギャグが滑った時くらいの恥ずかしさだ……。
恥ずかしさのあまり、顔を覆ってしゃがみこむ。
頼む、今のは忘れてくれ……。
「……って、待って。今の口ぶり、前にも勇者が召喚されてるってこと?」
女子高生が何やら気づいたように呟いた。
そういえばそうだ。
記録に残っている、って事は俺たちより前にここに召喚された現代人が居たってことだよな?
「その通りでございます。この大陸では遥か昔より、この世界の人間たちでは手に負えない脅威が現れた際、異世界より召喚されし勇者へと望みをかけてきました。あなた方はちょうど、15代目の勇者にあたりますね」
マジか……。そんな頻繁に異世界召喚が行われてる世界、聞いたことないぞ。
でも、逆に言えばそれだけの勇者が救ってきた世界だということだ。
そして、この世界で勇者として戦うことは……もしかすると、俺の夢を叶えるチャンスなのかもしれない。
この世界で俺は、本物のヒーローになれる。
まだ分からないことだらけだが、俺の心は熱く燃えていた。
「あ~……ウオッホン、そろそろ良いか?」
ここで王様の咳払いが、話を中断させた。
「王よ、申し訳ありません。話が長くなってしまっていましたな」
「まったくだ。国王たる余を差し置いて――」
「いいえ、構いません。見知らぬ土地で、勇者様たちも驚かれているでしょうから」
ご立腹の国王を諫める王妃様。
王様はフンと鼻を鳴らした。
「……まあよい。して、勇者たちよ。この世界のために戦ってはくれまいか?」
改めて問われる、召喚の目的。
先程までの話を聞いていた限り、俺の答えは決まっていた。
「はい。俺――私でよろしければ、喜んで協力させていただきたいと思います」
断る理由はなかった。
この世界で、俺はもう一度夢を叶えるんだ。
今度は本物のヒーローとして、この世界を守るために戦ってやる!
「そうかそうか! やってくれるか!」
王様は俺が答えた瞬間、えらく上機嫌になった。さっきまでの不機嫌そうな顔が嘘みたいだ。
隣の席では、王女様が呆れたようにため息をついている。さっきからの態度を見るに、この王様、多分人望ないんだろうな……。
「それで、他の4人は……」
「悪ぃな王サマ。ちょっと考えさせてくれ」
王様の言葉を遮るように、眼鏡の青年はハッキリとそう言った。
え? この状況で断るパターンあるの?
「私も少しだけ時間をください」
「あ、あの、僕ももう少し考える時間が欲しいです」
「私もちょっと考えたいかな~」
なんと俺以外の4人全員が、この場での回答を保留した。
……マジで?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます