ぬいぐるみに罪はない

小池 宮音

第1話

 私の通う高校は普通科と理数科があって、一組から五組までが普通科、六組が理数科と分かれている。転科ができないため理数科は三年間同じクラスメイトと過ごす。部活などで一緒になる以外で普通科の人と関わることはないわけだが。


「あ、森本さんだ」


 授業と授業の間の休憩時間。お手洗いを済ませた私が教室へ戻ろうと廊下を歩いていると、名前を呼ばれた。部活動に入っていない私は普通科の人と関わることは、まずない。だから理数科の誰かに呼ばれたのだと思ったのだが。


 私を呼んだのは普通科の男子生徒だった。


「エロ本野郎……」


 名前は忘れたが、私はそいつを知っていた。以前、癒しを求めて本屋に行った時、こいつに話しかけられた。なんと二年生全員の顔と名前を憶えているそうで、記憶力のいい天才なのかと思ったら留年するほどの赤点を取っているらしい。そして本屋にはエロ本を探しに来ていたバカだった。もう二度と関わることはないと思っていたのに、学校って本当に狭い。


「あれ、もしかして俺の名前忘れた?」

「え、あ、うん。ごめん、なんだっけ」

「奥田だよ、奥田。下の名前は……」

「あー、奥田君。えっと、何か用?」


 なるべく接触を避けたかった。バカと喋っている様子を周りに見られたくなかったし、仲が良いなんて思われたくない。地面に落ちてうごめいている毛虫を見た時のような気持ちで私は奥田君を見た。


「あの本屋、エロ本置いてなかったんだ。だからネットで買ったよ」

「よかったね。用事はそれだけ?」

「いや、もうひとつ、あるんだけど……」


 奥田君はそう言ってなぜか目を逸らした。


 え、なに。なんだか嫌な予感。彼は制服のポケットに手を入れて、「これを……」と言って何かを取り出した。


「クマの、ぬいぐるみ……?」


 手のひらサイズのぬいぐるみだった。二頭身につぶらな瞳、小さな手足。可愛いとしか形容できない。


「森本さんにあげる」

「え」

「家にいっぱいあるからさ。よかったらもらってよ」


 はい、と差し出された。クマの瞳が私を見ている。


 ——怪しくないよ、もらってよ。


 光を受けてキラリと光った目が潤んでいるように見えて、私の手は自然とクマに伸びていた。


「ありがとう」


 受け取った瞬間から私のものになったクマ。可愛い。頭を撫でると予鈴が鳴った。


「奥田君、ありがとう。じゃあね」


 関わりたくない奥田君ではあるが、クマに罪はない。もらえるものはもらって手を振ると、彼は満面の笑みで手を振り返した。


「それ、俺の手作りなんだ。こっちこそもらってくれてありがとう!」


 じゃあまたねー、と奥田君は背を向けて自分の教室方面へ歩いて行った。


 なん、だと……? 手作り、だって?


 可愛いと形容した手のひらサイズのクマに目を落とす。夢の国のお土産屋さんに売っているぬいぐるみと遜色ないクマ。


 軽いはずのクマが鉛のような重さをもって私の手のひらに乗った。重い、重すぎる。っていうか手作りって何? 器用すぎて怖い。いや、キモい。エロ本と相まって相当キモい。


 興味はないが、奥田君が一体何者なのかが気になった。彼はクラスでどういう位置についてどういう扱いをされているのだろう。人気者なのかそうでないのか。彼とやり取りをしたのはほんの少しだが、まともな人間でないことはすでに肌で感じているので、クラスで浮いていないか心配だ。いや、どうでもいいんだけど。


 罪のないクマをポケットに突っ込んで、私は六組に戻った。


Continue……

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