挨拶

 瑠奈の部屋で適当に過ごしていると、玄関の扉が開く音が聞こえてきた。

 ……心の準備はしてたはずなんだけど、緊張してきた。


「瑠奈……」

「う、うん」


 私は瑠奈に先に部屋を出てもらい、その後を着いていく。


「お母さん、おかえり」

「ええ、ただいま。それに、鈴々菜ちゃんも久しぶりね」

「お、お久しぶりです……お邪魔してます」

「大きくなったわね〜」

「……はい」

「昔みたいに自分の家だと思って、くつろいでくれたらいいからね」

「……はい」


 瑠奈のお母さんは私の返事を聞くと、満足そうにリビングに向かって行った。

 取り敢えず、挨拶は出来た……はず。

 後は瑠奈のお父さんもいるけど、瑠奈のお父さんは仕事で夜中に帰ってくるはずだから、大丈夫。その時間には私は寝てるし、挨拶出来なくても仕方ないよね。

 ……あ、でも明日は日曜日だから、結局、挨拶しなきゃか。


「瑠奈、付き合ってくれてありがと」

「大丈夫だよ。それより、いつ挨拶するの?」


 ……? いや、何言ってるの? 挨拶はたった今したでしょ。

 瑠奈なりの冗談……ってわけでもなさそう。


「今したでしょ」

「え? ……今のは、久しぶりに会った事と、家にお邪魔してますっていう挨拶でしょ?」


 逆にそれ以外の何に対して挨拶するのか聞かせて欲しいんだけど。


「そうだけど」

「私と恋人になったっていう挨拶じゃないの?」


 ……ただの挨拶でさえ緊張している私が、そんな挨拶出来ると思うの? いや、いつかはしなきゃとは思ってるよ? でも、今はまだ……逃げたい。


「違う」

「ち、違うの!?」


 そもそも、そんな事一言も言ってないでしょ。……どこに勘違いする要素があったんだろ。


「……じゃあ、いつするの?」

「いつかはする……多分」

「私の挨拶の時に付き合ってくれるって話は?」


 あ、さっきの挨拶に付き合ってってそう言う事だったんだ。


「……その時は付き合うよ」

「うん、ありがとう」

「ん」

「それじゃあ、私はお母さんと一緒にご飯作るから、れーなは私の部屋に居る?」

「いいの?」

「うん。……変なことしてもいいよ」


 変なことって……いきなり何言ってるんだろ。しないから、百歩譲って自分の家ならまだしも、人の家でなんてしないよ。

 

「しないから」


 そう言って私は瑠奈の部屋に戻る。

 くつろいでいいって言ってから、私は瑠奈のベッドに寝転がり、スマホを弄る。

 

 ……瑠奈の匂いが凄い。臭いって訳じゃなくて、単純にその人特有の匂いってあると思うんだよ。

 瑠奈も私の部屋で寝た時、同じこと考えてたりしたのかな。


 私は瑠奈の枕を抱きしめながら、顔の近くに持ってくる。……ちょっとぐらいなら、直接匂い嗅いでもいいよね。……いや、私だったらそんなことされたら恥ずかしくて、嫌だし……やっぱりやめとこ。

 そう思って、枕を元の位置に戻そうとした時に、瑠奈が部屋に入ってきた。


「……何もしてないよ」


 そう言って、枕を元の位置に戻した。

 ……馬鹿か私は。確かに何もしてないけど、そんなこと言う方が怪しいに決まってる。


「だ、大丈夫、だよ?」

「いや、ほんとに何もしてないから」

「う、うん……大丈夫だから、その、むしろ嬉しい、から」


 ……ほんとに何もしてないんだけど。と言うか嬉しいって何? ……私がさっきしようとしてたことしてもいいってこと? いいなら、いいか。

 そう思って私は、元の位置に戻した枕を取り、抱きしめるように顔を枕に埋めた。


「れ、れーな!? 何してるの!?」

「いい匂い」

「は、恥ずかしいから!」


 瑠奈がそう言うので、私は何事も無かったかのように枕をまた元の位置に戻して、瑠奈になんの用かを聞く。……ただ部屋に戻ってきただけの可能性もあるけど。


「……お風呂沸かしたけど、れーな入っちゃっていいよ」


 瑠奈は私に枕の匂いを嗅がれたのがよっぽど恥ずかしかったのか、まだ顔を赤らめたままそう言う。


「……普通に最後でいいけど」

「お母さんはご飯を作ってるから今入れないし、私はれーなと入るつもりだから、お湯が冷める前に入った方がいいよ」

「え、いや、瑠奈先に入っていいよ」

「一緒に入るよ?」

「……流石に恥ずかしい」

「わ、私も恥ずかしいから」


 だったらやめればいいのに。

 それに、こう言っちゃ失礼かもだけど、二人で入ったら狭いでしょ。


「恋人なんだから、いいでしょ?」

「……恋人だからこそ、だめだと思うけど」

「……なんで?」

「付き合ってる人と、裸で密室ってまずいでしょ」

「だ、大丈夫だから!」


 ……何が大丈夫なのかは分からないけど、もう何を言っても一緒に入ることになりそうだったから、私は「せめてタオル貸して」と言って、お風呂に着替えを持って瑠奈と向かった。

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