第3話 お散歩しよう!


「えみこ、食べるの我慢するのは大変だから、その代わり少し動こうか」

 チョコレートをかじるえみこに声をかける。チョコ断ちを辞めたえみこは、また寝る前にチョコを食べるようになった。まぁ、日によって量が少なかったり、ビターチョコだったりするので、多少前進はしているようなのだが。

「運動か~」

「運動も大変だから、とりあえず散歩でもしよう。結婚したら犬飼いたいなんて話もあったし、ちゃんと毎日散歩できるか練習も兼ねて」

 えみこは食べるの大好き、運動はあまり、である。動物は大好きでいつか飼いたいとずっと言っているが、それよりも早く結婚して、できれば子どもも……と思うイチがOKしていないのだ。

「えみこ、朝にお弁当詰めてるだろ? 詰めて冷ますのは俺がやるから、その間散歩行ってこいよ。ルートはこれ。15分くらいで帰って来れるよ」


 えみこは会社に弁当を持って行く。前日の夕食の余りと白米をタッパーに詰めるのだ。

「お弁当は、ありがたいけど……。ルートも決まってるの?」

 この近所歩くだけならルートまで決めなくてもと言わんばかりだ。しかしイチはちゃんと考えている。朝の時間、それなりに人通りがあり、車とすれ違うにも困らない広さがあり、迷いにくいルートを。

「ルートは飽きないように3つ用意したよ。川辺を通るコース、小学校前を通るコース、朝の商店街を抜けるコース」

「えー、そんなに考えてくれたの。じゃあ断れないねぇ。分かったよぅ」

 こうして、えみこは平日朝、約15分の散歩を課されたのである。


「ただいまぁ!」

 イチがお弁当の蓋を閉めたちょうどそのとき、えみこが帰ってきた。軽い散歩のはずだが、少し頬が上気している。

「おかえり。今日はどうだった?」

「綺麗な花が咲いてた! 名前分かんないけど」

 そう言ってスマホの写真を見せてくる。白い小さな花だった。今日は川辺コースである。

「おー、きれいじゃん。やっぱお散歩は川辺が一番かな。今度俺も行きたい」

「うん、イチも行こ!」

 えみこの屈託のない笑顔。チョコレート我慢のときよりもストレスがなさそうだ。イチは嬉しかった。このまま続いてくれれば、少しは体重も減るか。


「ねぇ、イチ! 今日76キロ!」

 洗面所から弾む声。

「ちゃんと散歩行ってるからかなー!」

 チョコ断ちが失敗し79.5キロになっていたから、マイナス3.5キロだ。

「うん、そうだよ。ちゃんと成果になってる」

「そうだよね! 散歩だけで3.5なんて、今までの私からしたら信じられないけど……イチが見ててくれるからかな!」

「そうそう、俺のおかげ。俺と一緒にいれば人生良い方に向かってくよ」

 軽い調子で言うが、内実は本気である。


 それからも散歩は調子良く続いていたのだが、体重が落ちなくなった。それどころか、78キロまで戻った。

 イチは嫌な予感がした。散歩も実はストレスで、こっそり食べて発散しているのではないか。とはいえ、えみこを監視するようなことはしたくなかった。しばらくは見守ろうと思っていた。


 イチの仕事は結構残業がある。ただ、月の残業時間には上限があるため、月末は仕事を誰かに任せて帰ることもある。前野に任せて少し早めに退勤した日、えみこと改札で鉢合わせた。

「イチ! 今日早かったんだね!」

 うれしそうに小走りで寄ってくるえみこ。小さいとは呼べない身体なのだが、なぜか小動物っぽい。

「同期に任せてきた。いつも助けてやってるから」

「前野さん?」

 前野の話はえみこにもしている。前野の話、仕事の話をしながら夕方の商店街を歩く。

「あら、えみちゃん! あとえみちゃんの旦那さんね?」

 突然声がかかり振り返ると、肉屋の店員がこちらに手を振っている。

「今日、まだコロッケ残ってるわよ! 朝も食べてもらったけど、旦那さんのも買っていかない? おまけするわよ〜」

「あっ、ありがとうございます。今日はちょっと急ぎで」

 焦った様子のえみこがそのまま通り過ぎようとしたが。

「えみこがお世話になってます。コロッケ、ふたついただきます」

「あら、ありがとうね〜。えみこちゃん、朝通ると失敗したやつとか、新メニューの試作とか食べてくれて、意見もくれてとっても助かってるのよ! だからお代はいらないわー」

 えみこが痩せない理由はこれか。イチは笑顔でコロッケを受け取り、コロッケがサービスならとメンチカツを追加で購入した。えみこは黙っていた。


「……イチ~、ごめんなさい」

 玄関のドアが閉まると、蚊の鳴くような声。

 絶対怒られる! 覚悟していたのだが……予想に反してイチは笑い出した。

「だから痩せないのか! まったくもう!」

「ごめんなさい〜〜!」

 イチはえみこをソファに座らせ、毎朝の散歩の実態をヒアリングした。最初こそ真面目に歩くだけだったものの、しばらくすると道すがらの店舗で声をかけられ、食べ物を与えられ、食べ歩きになっていたようだ。

「川辺通りのパン屋さんは、食パンのミミを揚げたやつ。商店街の八百屋さんはみかんとかバナナの傷物とか。あとさっきの肉屋さんは失敗したお惣菜とか。売り物にできないやつがほとんどだけど、おいしいの!」

 えみこのまゆは八の字に下がっている。イチは苦笑いしかできない。えみこに惹きつけられる人間は俺だけではないのだ。

「まあ、散歩自体はいいことだから、これからも続けようね」


【お散歩しよう!】

結果:1.5キロ減 79.5キロ→78.0キロ

   ※76キロからリバウンド


えみこ「あれ?途中から結構食べてたのに、意外と減ってるな~。なんで?」


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彼女のダイエットがうまくいきません! 食欲 @_sho949_

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