第2話 チョコレート封印!



「えみこ、来週からチョコレートだけ我慢してみないか?」

 土曜日の夜に声をかけると、ホットミルクと板チョコを手にしたえみこは固まった。

「……チョコ、ダメなの?」

「さすがに、毎日チョコは身体に悪いだろ。しばらく、やめてみたら。俺も一緒に我慢するから」

 チョコレートはえみこの大好物である。毎日食べているし、家にも、会社にもチョコレートを常備している。

「今すぐ結婚するっていうなら、食べてもいいよ。でも、痩せなきゃしてくれないんだろ? だったら、しっかりダイエットしてもらわないとね。まあ、健康も心配だし」


 イチはえみこの体形に不満を持っていない。随分と丸いが、それはそれで魅力的だと思うのだ。えみこの笑顔、明るくふわっとした雰囲気、丸い体形。惚れた弱みだが愛おしいのだ。

 とはいえ、本人が痩せなきゃ結婚できないと意地を張るなら痩せてもらわないと困るし、健康も心配だ。このままではⅡ型糖尿病まっしぐらである。


「……分かったよう。明後日からね」

 そういうと、板チョコをかじり、ごくごくとホットミルクを流し込んだ。同棲中のリビングが、ミルクとチョコレートの甘い匂いに包まれる。



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 日曜の夜、えみこが先にベッドに入った後、イチは家のそこかしこにあるチョコを回収して鞄につめた。そして翌日の会社で配ってしまった。前野は喜んで大量に持って帰った。

 月曜日、えみこは会社のデスクやらロッカーやらに詰め込んでいたチョコを出し、こちらも同僚に配った。

「えみこさん、ダイエットですかぁ」

 後輩の三田は素直に差し出したチョコを受け取ってくれた。すぐに1つ食べている。

「えー、えみこ、チョコやめるの? 大丈夫? ストレス溜まらない?」

 同期のかりんもチョコを受け取ったが、こちらはすぐに机に仕舞ってしまった。

「うん、ダイエットのためにまずはチョコ辞めるって約束したの」

「確かに、チョコって美味しいけどしょっちゅう食べると太るよねぇ。肌にも悪いし。私は週に1回も食べないかなー。でもこれありがとう! たまの息抜きに食べるわ!」

 かりんは美容に気を遣っているらしく、細くて、肌が白くて、ニキビなんてひとつもない。



 チョコを絶って4日経過した。我慢はまだ続いている。弱音こそ吐かないが、チョコという日々の楽しみが減ったえみこはしょんぼり気味だ。


「えみこ、ちょっと肌きれいになった?」

 寝る前、ホットミルクの代わりにほうじ茶をすするえみこに声をかける。

「え、ほんと! ちょっとニキビ減ったかなとは思ってたんだけど……。イチが言うならほんとに減ったんだね! 嬉しい!」

「チョコ断ち、いいことあんじゃん」

「うん! 会社の同期にさ、チョコやめたら肌きれいになるよって言われたの。ほんとなんだね〜」

 そういってほうじ茶をすすり、真顔に戻り、そして眉毛が下がる。

「でもさ、やっぱり我慢辛いよ〜」


 我慢は辛い、とこぼしたものの、チョコ断ちは継続された。イチも一緒にチョコ断ちをしていたが、だんだんと我慢するえみこを見ているのか辛くなり、食欲を抑える、スーッとした匂いのお香を買ってきたりした。

 結果、えみこの体重は2キロ減り、78キロに到達したのである。そろそろ運動も追加するかーー、とイチが考え始めたころ。

 えみこの白い肌にニキビが現れた。それも急に4つ。



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「えみこ、体調悪いか?」

「ううん、大丈夫ー」

 ベッドに寝転がり、イチに背を向けて答える。なんだか、怪しい。

「生理前だっけ?」

 生理前は肌が荒れることもあるのだ。

「ううん、生理はまだだよー。ちょっと肌荒れしちゃってるけど、元気だよ。あははー」

 不自然な「あははー」に、疑いが深まる。

「もしかして、甘いものとかたくさん食べちゃった?」

 黙り込むえみこ。イチは苦笑いだ。


 会社でチョコレート菓子の差し入れがあったのだ。珍しく営業担当の出張に同行したかりんが、出張先で有名な菓子店の詰め合わせを買って帰ったのである。

「私は1つだけあればいいんですけど、せっかくなので皆さんの分も買ってきちゃいました~! あ、えみこ、久々に1つくらい食べたら? たまにはいいじゃん?」

 他人の善意でいただいたものを断るのは気が引けて、そして本当にお菓子に惹かれていて、食べたのだ。そして、1つだけでは終わらなかった。かりんはえみこが1つでは物足りなくなることを見越していたようで、コンビニのチョコレートと甘いカフェオレも用意してくれていた。


「ごめん。同期にもらって、食べちゃったの。そしたらおいしくて…」

 本当は叱ったほうがよいのかもしれない。

「そっか。おいしかったなら良かったよ。我慢、辛かったか?」

「うーん、我慢している間は耐えられたんだけど、1回食べちゃうと、また我慢に戻るのが大変。というか、できなかった」

「じゃあ、今日も食べた?」

「うん。前ほどじゃないけど、会社でちょっとだけ。ごめんなさい」

 えみこは罪悪感と情けなさがないまぜになった表情だ。

「いいよ、2キロも落ちたんだから上出来! いったんチョコ断ちは辞めて、また考えよう。今週末はダイエットお休み!」

 厳しいダイエットコーチにはなれない。


 週末、イチはチョコレートのフラペチーノをえみこに買い与えた。満面の笑みですするえみこを見てうれしい一方、週明けの会社で前野になんと言われるやら、ため息が出るのだった。




【チョコレート封印!】

結果:0.5キロ減 80.0キロ→79.5キロ

   ※78キロからリバウンド

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