彼女のダイエットがうまくいきません!

食欲

第1話 結婚の条件は「私が」痩せること


「結婚してくれっ!」

 イチはスカイツリーの根っこ、商業施設の広場でプロポーズした。りんご飴をぎゅっと握りしめたえみこは、しばらく固まっていたが、だんだんと目が丸くなり、それが三日月形に変わっていった。

「うん!! する!!」


 こうしてイチとえみこは無事結婚するーーはずだったのだが。


 プロポーズから1年たった今も、籍を入れていない。なんとか同棲ははじめたものの、えみこが入籍を拒むのだ。その理由は……

「絶対に痩せてきれいな花嫁になりたいから!」


--------------------------------


「アッ! 今日は80.1キロ! 昨日より300グラム減ってる~!」

「えみこ、おはよう。それ、本当に減ったの? 昨日は朝ごはん食べてから計ってただろ」

「あれ~、そうだっけ? でも、スタートからはやっぱり2キロ減ってるから!」

「まだ2キロだろ! 俺はいつまで待てばいいの?」


 結婚を見据えてふたりで入居した2LDK。洗面所には体重計がある。えみこの体重測定と、いつになったら入籍できるのかとぼやくイチのやり取りは、毎朝恒例だ。


 えみこはプロポーズを了承したあと、ひとつ条件をつけた。籍を入れて、結婚式を挙げるのは、ドレスが似合う体形になってから。ずばり、目標体重は48キロ。

 イチはえみこの体形なんて気にしていなかったし、一刻も早く入籍して「俺の妻です」と言いたかった。ただ、えみこは謎の意地をはり、どうしてもダイエットするまで待ってときかなかったのだ。イチは折れた。そしてえみこのダイエットを見守ってきた。

 だがしかし、えみこの体重は1年で2キロしか変わっていない。82キロから80キロ。目標体重まであと32キロ。

 いい加減にしてくれーー。イチは叫びたいくらいだった。俺は体形なんて気にしていないのに!

 でも、大事なえみこのこだわりを無下にはできないのだった。



--------------------------------



「おはようございまーす」

 始業30秒前、イチの隣の席に同期の前野が滑り込み出社を決めた。

「おはよ」

 イチは少し余裕を持って出社しメールもチェックするタイプ。いつもギリギリの前野には呆れている。

「お前、朝イチで会議だろ」

「そうなんだよー、やべー。一岡手伝ってよ」

「はぁー? お前の怠慢だろ」

 ブツブツ言いつつも手伝うイチはお人よしである。


「な、お前結局いつ結婚すんの? 俺より先に婚約したくせに、もう俺結婚半年だぞ!」

 朝の会議を手伝ったお礼で、イチは前野にコーヒーを奢らせた。コーヒー片手にイチはため息をつく。

「仕方ないだろ。えみこの納得が大事なんだから」

「ずーっと待ってたって、えみこちゃん痩せるか分かんないだろ。その間に俺は2児のパパかもよ」

 イチは黙り込んでしまう。

「えみこちゃん、ダイエット順調なの? 俺の奥さんもダイエットダイエットってうるさいけど、なかなか実行移してないんだよな。口だけって感じで」

「口だけは、お前もだろ。でも確かになぁとは思う」

 前野はバッとイチの前面に回り込んだ。驚いたイチの右手に握られた紙コップが少し凹む。

「だったら、お前が管理しろよ。えみこちゃんのダイエット」

「……確かにな」

 今まで、成果は出ていないもののえみこはえみこなりに頑張ろうしていたため、口出しはしていなかった。少し指導なりしようかと思ったこともあったが、口うるさい亭主のように思われたら嫌だった。

「えみこちゃんなら分かってくれるよ」


 こうしてイチは、えみこのダイエットへの介入を決意した。その晩、えみこにダイエットをサポートすると伝えたが、えみこは特に反発しなかった。むしろ、

「ほんと? ありがとお~!」

と喜んでいた。

 口出しをしたらえみこに嫌われるんじゃないか。そんな不安は杞憂だった。こうして、イチとえみこの二人三脚ダイエットが始まった。


 ……はずだったのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る