君の部屋の賑やかしに
葵月詞菜
第1話 君の部屋の賑やかしに
「わあ~」
桃色と白を基調にした家具。
すっきりと整えられた空間に、柔らかな敷物。
棚の上にはぬいぐるみや土産物が飾られ、壁には手作りだろうボードに写真やアクセサリーが並ぶ。
自分の部屋と同じ間取りのはずなのに、この部屋に招待されると全く別の見知らぬ世界に迷い込んだような錯覚がする。
「もう何十回と来てるのに毎回同じ反応してるわね」
部屋の主が苦笑しながら、ローテーブルの上に階下から持って来た盆を置いた。
紅茶の入ったティーポットに二人分のカップ。
「本当にここ、うさぎ荘の部屋?」
「当たり前でしょう。ナコが自分の部屋からこの部屋に来るまで、たったの三歩じゃないの」
ナコは今更のように「確かに」と神妙な顔で頷いてしまった。これもいつものお約束のやりとりだ。
ナコは現在、『うさぎ荘』の住人で向かいの部屋に住む、三つ年上の少女のお茶会に招かれていた。
高校生のレイは艶やかな長い黒髪を背に流し、一つ一つの動作が丁寧でお淑やかだ。口調はどちらかというとはっきりと物を言うタイプだが、世話焼きな性格でナコのことも気にかけてくれている。
「ナコ、見てこれ! この前のバイト代で買って来たの!」
珍しく彼女が興奮気味に言って取り出したのは、花柄の凝った装飾が施された丸い缶だった。
「何?」
「すっごくお気に入りの店の限定クッキー詰め合わせ缶」
蓋を開け薄紙の下に現れたのは、カラフルな花型の大小様々なクッキーだった。
「わあ!」
思わず声を上げたナコの対面でレイも満足気に微笑んでいた。
「かわいくて綺麗でしょ? 毎年この季節にしか売ってないの。そして実はね……」
レイは器用に上の方の花を少しずらした。すると――
「うさぎだ!」
「そうなの。かくれんぼしてるみたいでしょ」
小さなうさぎ型のクッキーが現れたのだった。
レイはそのうさぎ型のクッキーを花型のものと一緒にナコの皿に取り分けてくれた。
「なんか食べるのがもったいないね」
「分かる。でもおいしいから、どうぞ」
レイに勧められるままに口に運ぶと、さっくりとした触感の後に濃厚なバターの風味が広がった。おいしい。
ナコがじっくり噛みしめているのを満足そうに眺めながら、レイがふふと笑った。
「うん、やっぱりこういうのは女の子と一緒に食べるに限るわね」
「ん?」
どういう意味だろう。首を傾げると、レイが少しだけ眉を顰めた。
「ナコがここに来る前にね、折角だからみんなで食べようと思って食堂に持って行ったことがあったの。でもあの男子たちと来たら……特にセツ!」
このうさぎ荘には他に住人が二人いる。こちらは兄弟で、そもそもこの荘の管理を担っていた。
レイ曰く、彼女が期待した反応は一切返って来なかったらしい。
兄のトキは「うん、おいしいね」と言ったきり、弟のセツに関しては「まあまあだな」と言いつつ爆食いして半分以上一人で食べてしまったという。
(そりゃあレイも怒るだろうな……)
心の中でぼんやりと思う。
だから今回はナコだけを招待して振る舞ってくれたのだろう。彼女の満足そうな顔を見て、自分の反応が彼女を悲しませなかったことに安堵した。
彼女お気に入りの紅茶までいただいてから、ほっと息をつく。良きティータイムだった。彼女に感謝だ。
カップを置いたナコは、何ともなしにぐるりと部屋を見回した。
レイの部屋はいるだけで楽しい気分になれる。別に自分の部屋を同じようにしようとも、またしたいとも思わないが、だからこそここに来ると異世界に来たようなふわふわとした心地よさを感じる。
棚の上にどんと居座ったうさぎのぬいぐるみと目が合って思わず微笑みそうになった。部屋にぬいぐるみを置くことには少し憧れがあるが、自分の部屋に置くイメージがどうしてもつかない。
「――そういえば、レイに相談があるんだけど」
「あら珍しい。どうしたの?」
レイが興味をそそられたように身を乗り出してきた。
ナコは壁際に並ぶ本棚を指差した。
「最近参考書とか色々増えてきて、そろそろ棚がいるかなと思って」
「……ちょっと待って。ナコの部屋、本棚なかったっけ?」
「今は机の上の簡素なやつと、押し入れの段ボールに突っ込んでる」
平然と答えたナコにレイが目を剥き、額に手をやって項垂れた。
「ウソでしょ……何でもっと早く言わないの」
「別にそこまで困ることもなかったから」
レイが「ううう~」と唸った。
「ナコはそういうとこよ、そういうとこ! とりあえずトキがバイトから帰って来たら相談しましょう」
「簡素なもので十分だよ」
「それ絶対ナコだけで選ばせないからね! トキに相談してからにしようね!」
レイが力を込めて言うので、ナコはふるふると頷くしかなかった。
その週の休日、トキがレイと一緒にナコの部屋を訪れた。
「ナコ、本棚見に行こう」
どうやらレイから話を聞いたらしい。
トキとレイはナコの部屋に入り、置く場所やサイズの確認を始めた。
殺風景とも言えるこの部屋には空いているスペースがたくさんあるので棚の置き場所に困ることはないだろう。
「……ナコ、あなたが来た時からこの部屋全然変わってなくない?」
レイが信じられないものを見るような目で言う。
「? 特に不便もないし、私には快適だよ」
確かに彼女のあのキラキラした部屋に比べればこちらは薄暗くて余計なものがない部屋だが。ナコにとっては落ち着く。
しかしなぜかトキもまた顎に手をやって神妙な顔をしていた。
「俺やセツの部屋よりも殺風景なんだが……」
「そう?」
彼らの部屋にじっくりお邪魔したことはないが、彼がそう言うならそうなのだろう。
「ね! トキ! これはちょっとかわいい本棚の一つくらいって思うでしょ!?」
レイがムキになって訴えると、トキも頷いた。
「そうだな。機能性も大事だが少しデザインも考えよう」
「別に本棚として機能したらそれで良いよ?」
どこまでもこだわりがないナコの言葉に、レイが頭を抱えてトキが苦笑した。
トキが向かったのは、あべこべ
店の中にはあらゆる家具がずらりと展示されていた。
勉強机に食卓テーブルに椅子にソファーにベッド、食器棚……。
温かみのある木製のものからスタイリッシュな金属製のものまで様々だ。
そして値段もそこそこする。
嬉々として家具を見て回るレイを横目に、ナコはトキの服の裾を引っ張って囁いた。
「トキ、そんなに立派なものじゃなくて良いんだけど……」
「ああ、さすがにあの辺は値も張るからな。お前に見てもらいたいのはこっち」
トキは店の奥にある通路を進み、バックヤードらしき場所までナコを連れて行った。
「ああ、トキ。ここに集まってるもんならどれでも良いぞ」
家具屋の店員らしき男がトキに声をかけた。
トキと共にそちらへ向かうと、ブルーシートの上に家具が並べられているのが見えた。
先程店頭に並んでいた家具と比べると、どこか使い古されたような印象を受ける。実際、一部汚れや傷があるものや、セットの椅子が一つしかなかったりするものもあった。
「これは……?」
「中古のリサイクル家具。この中で気に入ったものがあればお安く譲ってもらえる」
それは丁度良い。ナコは早速ブルーシートの上に並ぶ家具の中から本棚になりそうな棚を探し始めた。
いくつか候補を絞り、トキと一緒にサイズの比較や使い勝手を検討する。途中でレイが戻って来て、デザインについても口を挟み始めた。
「じゃあこれにする。棚の高さを調整できるのが良い」
「そうだな。割と頑丈だし、本以外にも活用できそうだ」
「デザインはいまいちだけど、私がかわいくデコってあげる」
思ったよりも時間がかかったが、何とか決まってナコたちも店の人もほっとした。トキが配送手続きをしてくれ、ナコの部屋に来るのは早くも明日とのことだった。
「折角だから、デコる材料も見て行きましょうよ」
晩ご飯の買い物も兼ねて商店街に向かう中レイが提案する。
ナコは本棚として活用できれば問題ないと考えていたので、彼女がデコってくれるのなら完全にお任せするつもりだった。
「ナコ、お前いいのか。レイのやつ、凝り出すとすごいぞ」
「レイが楽しいならそれで良いかなって」
「……そうか」
トキが何かを諦めたようにため息を吐いた。
レイが楽しそうに、目についた店に入ってはあれやこれやと材料を見繕って来るのを眺めていると、ふとショーウインドウ越しに円らな瞳と目が合った。
「ナコ?」
トキに声をかけられてはっとする。慌てて彼を振り仰ぐと、トキは先程までナコが見ていたものに気付いて軽く首を傾げた。
「うさぎのぬいぐるみ?」
「……」
言葉にされると少し恥ずかしくなって俯く。
今まであまりぬいぐるみなどに関心を示してこなかったこともあり、トキに見つかったこの瞬間がすごく気まずく感じた。
「トキ、レイのとこ行こう――」
彼の腕を無理やり引っ張って方向転換しようとしたナコだったが、それより早くに彼に手首を摑まれた。
「え!?」
トキはそのまま店の中に入り、先程ナコが見ていたぬいぐるみの前のまで歩いて行った。
ナコと目が合ったうさぎのぬいぐるみが真ん前にいる。
「折角本棚が来るんだ。その上に置いてやったらどうだ」
トキがぬいぐるみをひょいと取って、ナコの腕に押し付ける。
ふわふわの毛並みに埋もれた円らな瞳がナコを見上げていた。
(……こんなの手に取っちゃったら……)
もう店の棚に戻せるわけがないではないか。
「ほい、レジ行くぞー」
トキがナコの背を押す。ナコの足が強制的にそちらを向く。
あっという間に会計を済ませたトキは、ナコが持つぬいぐるみの入った袋を見て満足そうに笑った。
「うん、これで少しはあの部屋も賑やかになるだろ」
ナコはそっと袋の隙間を覗き、うさぎのぬいぐるみがそこにあることを確かめた。
このぬいぐるみが自分の部屋にいるところを想像する。
恐らくレイが目一杯デコってくれた棚の上に、ちょこんと鎮座するのだろう。
「ありがと」
小さく呟いた言葉は、彼にもちゃんと届いたようだ。
にっかり笑った顔がそこにあった。
Fin.
君の部屋の賑やかしに 葵月詞菜 @kotosa3
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