番外(2) : とある学校にて

 大学入試に向けて栗原が着々と準備をしていた頃、春満は子供達の学校関係で大忙しだった。

 全員がほぼ年子だから毎年入試に付き合っているようなもので、会社の仕事をしながら四人も子育てをするのは拷問に近いものだと思っていた。


「どうしてこうなるんだか。勢いに任せて子供を作るなんて愚の骨頂だったのね」

「まあまあ、子供が欲しくても出来ない人達もいるんだから」

「貴男は随分お気楽だこと」


 イラつきながら夫に文句を言うが、実は家事の大半は彼や子供達がやっていたりする。

 栗原と一力夫妻の三人で起業をした春満にとって、仕事と家庭を両立させるために子供の自立はとても重要なことで、家事全般を孟と栗原が指導をしたお蔭で子供達春満を除いては皆それなりに出来るようになっている。


 春満が怒っているのは学校関係の事柄を全て彼女がやっているからだ。

 日々の連絡や進路のこと、順番で回ってくる役員などは春満にとって家事より遙かに簡単ではあるが、子供が四人いればかなりの時間を取られるのだ。

 今年は二男と四男の二クラス分の役員を引き受けざるを得なくなっており、しかも次男の分はクラス長という学校側との窓口をやっている。クラス窓口は連絡網の頂点になるだけではなく、全体役員会への参加、教師との交流会の開催など多肢にわたる活動があるのだ。

 仕事が忙しいことを理由に辞退したのだが、日頃の発言から春満がいかに優秀かを皆が知っているので、結局押しつけられた格好でその立場になってしまった。


「たまには孟君が役員会に出てもいいじゃない」

「それは春満の個人的役割だろ。どうしても嫌ならゲンを口説けよ。あいつ、仕事関係じゃどこにも行かないんだからプライベートで使ってやればいいだろう」

「親がいるのにゲンちゃんに頼める訳がないでしょ」

「なら俺が聞いてやろうか」


 スマホでショートメッセージを送る。

 暫くして『その位なら行ってもかまわない』と返事が来た。

 今まで会社関連のイベントには殆ど出席しなかった栗原がまさかオーケーするとは全くの予想外だった。



 秘書の秋江から「たまには娑婆を知ってきて下さいね」と言われ、栗原は半日の有給休暇を取り、この場にいる。

 全体役員会はやる気満々の一軍ママ達に仕切られていた。

 初参加の栗原にとって、議論に参加することなぞ出来るわけがない。気圧されるまま話を聞いているだけだった。


 なぜこの場に来ることを受諾したのかと言えば、単純に保護者がどんなことをしているのか知りたかっただけだ。気まぐれと言っても差し支えない。自分で何かをする意志なぞどこにもなかった。


「それでは学校のホームページについて意見をいただきます。宜しいですね」


 プロジェクタから映されたのは今のホームページ。

 個人情報の保護やコンプライアンスということもあり、無味無臭、人畜無害という事なかれ主義満載の没個性なものが現在のそれだった。


 こんなものを見て誰が面白いと思うのだろう。

 手許に置いたパソコンでHTMLコードを表示させると、写真を替え、一部にはアニメまで入れて、あっという間に子供が見ても面白いだろうと思うようなページを作ってしまった。

 会社を始めてからの数年は自分達でホームページを作っていたからwebデザインに関する素養はそこそこあるのだった。


「あ、あ、あの……」


 隣に座っていた女性が口をあんぐり開けて、言葉にならない声を出している。


「ごめんなさい。ちょっと遊んでしまいまして」

「そちらの方、静かに」

「失礼しました。しかし、これを見て頂けますか」


 先程の女性が、栗原のPCを勝手に取り、そのまま司会者とボスママが座るテーブルに持って行ってしまった。


「な、な、何という……」


 ボスママがこれまた言葉に詰まってしまった。


「どうかされましたか」


 その場にいた教頭先生が画面を見て、体が固まってしまう。

 ピクリとも動いていない。まるで剥製のようだ。


「これ、これですよ。皆さん、これ、これ、これですよ」


 意味不明の言葉を発した司会が直ぐにプロジェクタで画面を投影させる。栗原のPCなのに公共物扱いになっていることに異を唱える者はいない。栗原だって声を出せる雰囲気ではないのだ。


 結局、栗原が学校のホームページを作成することに春満が全く知らないうちトントン拍子で決まってしまった。

 予算なぞ当然無いので完全なボランティアである。



「ゲンちゃん、あなた! 誰がこれをするのよ!」


 翌日、会社で報告すれば烈火のごとく春満は怒った。

 が、例によって栗原は全く気にしていない。


「HPそのものは俺が暇を見つけて作るさ。操作のマニュアルだけ誰かに頼みたいんだけど」

「そんなことのために働いている人は誰もいません!」


 結局、全てを一人ですることになった。



 マニュアルを書くというのは他人が読んできちんと理解できる文章を書くことでもある。

 とは言え、ちゃんと読んでくれないと……通り一遍の記述ではなく興味を持ってもらえるだけの面白い文章が書けないだろうか。


 大学生になったらコンピュータの世界と離れたことを勉強したいと思い、以前から興味のあった文学を学ぼうと思っていた。

 栗原にとってマニュアルとは文学の入り口だとこの時感じた。


 あらゆる学問はどこかで繋がっている。


 ならば……



 文学を専門に学ぶつもりでいたのだが、今回の学校の件で自分が教育の世界で何か役に立てることがあるのではないか、親も子供達も見て楽しいホームページを作るだけで、学校の印象が変わるのではないか、それが出来るのは自分ではないかとの思いが浮かんできた。

 ならば文学と教育を一緒に学べる学部が良いだろう。


 進むべき方向が決まった瞬間だ。



 それから半年後、春満の子供の学校から始まった『見て楽しい学校』のホームページ作りの流れは瞬く間に広がっていった。

 栗原の会社は基本的にプログラム開発以外の仕事は受け付けないのだが、評判が評判を呼び照会が殺到して、ホームページ作成部門を別会社として作ることとなった。


 その社長には春満が着いた。


 そして、学校の全体役員会代表には何故か栗原の名前があった。

 栗原自身には子供がいないというのに……

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