第95話 : 畑の片隅にて

 九月も残り僅かとなった時に、『アグリスタイル』主催で俺達の結婚記念パーティーを開いてくれることとなった。

 場所は借りている畑の脇にある作業時の休憩小屋を使うという。

 と言っても、この小屋は広くない。主目的は農具を置いておくための三畳ほどのプレハブ造りだから二十人規模のパーティーなぞ出来るわけがない。


 そこで例によって春満の出番となる。

 コイツについては先日次期部長に誰がなって欲しいかとアンケートを取ったら上級生は全員『お姉様』と投票していた。部の規約改正をすれば大丈夫とか部長が言っていたのだが……もう勝手にしてくれ。


『地球を歩く為の宮殿』が本領を発揮するのはこんな時だ。

 広い駐車スペースを使い、クルマの屋根に備え付けてあるタープを左右に各三メートルほど広げ、更に前方部分から後部までドーム型の虫除けネットをタープと繋げれば、クルマの周囲にかなり広いバーベキューの空間が出来上がる(このセット専用の収納場所がこの車にはあったりする)。そこには食材を並べる折りたたみ机と炭火用の大型バーベキューコンロが三台置いてある。

 持ってきた折りたたみ机の上に充電池による冷蔵機能が付いたクーラーボックスをズラリと並べ(これらは俺の軽トラで運んできた)、春満が買い付けた大量の肉や貝などがそこに入っている。


 準備中から結婚ソングがオムニバスで流れ、これからこの場所で本格的な披露宴をするかのごとき雰囲気が作られている。


「後輩君達は今日一日お客様だから一切手を出さないで欲しい」


 部長からそう言われて、俺と碧は春満の車の中で待機させられている。

 因みにオーナーの春満本人は外でこの場を完全に仕切っている。お前、そもそも部員じゃないだろうに。


「あなた、何か不思議な感じね」


 碧が言わんとすることは分かる。アウトドアの空間に対してこの車の中は如何にも不自然だ。田舎に出現した一部屋だけの超高級ホテルとでも言えばわかるだろうか。ドア一枚隔てただけで空気感がまるで違うから何だか不思議な気分だ。


 碧から「あなた」と呼ばれることを当たり前に感じるようになってきた。だって柔先輩がいない時は毎日何回もしているし、何なら朝から腰を動かしている時さえある。夫婦らしさが板に付いてきたのだろうと感じているところだ。


 俺達が座っているのはシートではなく、フカフカのベッドだ。勿論簡易的な物ではなく、何処のホテルにも負けない分厚いクッションが入っているから寝心地も文句がない。


「ふわぁ~、それにしてもヒマだな。これなら準備ができてからこっちに来れば良かったかな」

「あなた、そう言う贅沢を言ってはダメよ。これだけの準備をしてくれたって感謝しないと」

「それはそうだけど……」


 俺がごろんと横になれば碧も仰向けに寝た。


「こうして皆に祝ってもらえてあなたも私も果報者ね」

「そうだな。こんなことをしてもらえるなんて半年前には思いも寄らなかったからな」

「ふふ、私もよ。こんなに幸せな経験ができるなんて夢のよう」


 そう言いながら碧は顔をこちらに向ける。

 ベッドの上で二人、目が合ってしまうと下半身がムズムズしてきた。

 シチュエーションから言うとこのままコトに進むのだが、今はまずい。そんなことをしたら車が揺れてしまうからすぐバレるし、春満から高額の清掃費用を請求されるだろう。


「何だか変な気持ちになって来ちゃった」


 碧も同じように感じたみたいで、何処となく目が潤んで見える。口づけだけなら大丈夫だろうと思い、頭に手を回し、こちらへ引き寄せてキスをした。

 最初は軽く唇を合わせただけだったのだが、結局舌まで絡ませていたら「準備が出たわよ」と春満から声が掛かった。


 俺達がそんなことをしていることはお見通しだったのか、この距離なのにスマホを通じての声がけだったし、外へ出れば「口紅は綺麗に拭いてね」と言われてしまった。

 この人には敵わないと思う。


 碧を見れば、口元はキチンとしている。こんなふうにさりげない所でデキる女だとわかるから春満も自分の所で働いて欲しいというのだろう。


「これより栗原玄一さんと碧さんの結婚記念バーベキューを始めます。皆さんお二人に祝福の紙吹雪をどうぞ」


 盛大な紙吹雪が舞う中を俺達は手を繋ぎ上座の席まで歩いて行った。

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