第94話 : 大人のデート場所

 九月の彼岸は忙しかった。俺と碧の実家、それと矢口家の墓参りをしてから凌雅さんのための仏壇を買いに行った。今までは凌雅さんの位牌を碧の部屋の片隅に置いてあったので、今後はきちんと手を合わせられるよう収めるべき場所が欲しかったのだ。


 最初、碧は大変躊躇っていたのだが俺が押し切った。

 元夫のことを忘れていい訳がない。俺は真剣にそう思っている。彼がいたから柔先輩のような娘が生まれてきた訳だし、何となれば彼が世を去ったお蔭で碧と結婚できたのだからある意味俺にとっては恩人のようなものだ。だから大切に弔うようにすべきだと説得して、仏具屋を訪ねたのだ。


「これはどう」


 俺が指したのは黒い漆が塗られた少し大きめの仏壇だ。随所に曲線が使われている所謂モダン仏壇というやつでインテリアとしても碧の部屋によく似合っていると思ったのだ。


「そんなに良い物は……」


 金額なぞ気にしないで欲しい。そんなことよりも故人を偲ぶ気持ちを大切にして貰いたいと思う。


「お金の心配は要らないから、凌雅さんを含めたご先祖様が安心していられるようなものを選ぶようにしてくれ」

「うん、でも……」


 こういう所が碧らしいし、俺が好きなところだ。等身大の自分をちゃんと知っている。

 が、今は俺がいるから、そう言うことをあまり気にしないで欲しい。無制限に金を使うつもりはないが、亡くなった人凌雅さんの立場になればそこまで我慢を強いるのも心苦しいだろうと思ってしまう。


「何処となく凌雅さんらしくない、かな」


 凌雅さんを全く知らない俺にとって、何が「らしい」か全くわからないので言葉を返せない。


「凌雅さんはナチュラル派なのよね」


 つまり漆のような光沢はあまり好まないと言うことか。


「ならばこういう物か」


 別の場所にあったのは扉が格子状になっていて、一見仏壇には見えない家具調の物。自然な木目が大変美しいやや小ぶりな物だ。これなら何処においてもしっくりきそうだ。


「うん、あの人はこういう感じが好きだったと思うわ。でも……」


 素材が希少な銘木と言うだけあって、先程の物の倍近い値段がする。俺にはそれが本物なのかどうか全くわからないが、そこまで阿漕な商売をしているようにも見えない店だから信用しても良いと思っている。


「これにしよう。凌雅さんらしければそれが一番だよ」


 そう言って少し強引にそれに決め、ついでに位牌も作り直した。

 今までの位牌はいずれ碧と戒名を併記するために彼の名前が片側に彫ってある物だった。俺と結婚したのだから文字を真ん中に彫って凌雅さん専用にするようケジメを付けたいと碧が言い、その費用は何と春満が出した。なぜそうなったかというと「凌雅さんあってこその碧ちゃんだから私も彼にお礼がしたかった」のだそうだ。

 ちなみに普通の黒漆ではなく、碧に倣って深緑の漆が塗られている現代風の物を彼女は選んだ。


 戒名を彫るため納品までに時間が掛かるから、仏壇と併せて配達をお願いしてその場を去った。


「柔が何て言うか」

「碧に任せたんだからそれ以上は気にしないことだ」


 柔先輩は留守番をしている。後輩君ならお母さんを任せられるから邪魔なことはしないと囁かれ、仏具屋でデートみたいな感じでここに来ている。若い時は思いも寄らなかった場所での二人でショッピングだ。

 デートという青春真っ盛りの行為と場所とのギャップが凄いと感じてしまう。歳を取るとそうなってしまうのか。


「これからどうする」


 碧は今日丸一日休みで、これからの当てはない。


「ちょっとだけデートらしいことをしたいかな」


 店を出たら、彼女は徐に右腕を俺の左腕に絡めてくる。


「いきなりどうした」

「この方が夫婦らしいかと思って」


 その後、生まれて初めてラブホテルなるものに行った。

 歩いていたらいつの間にかそう言うものが数件並ぶ場所に来てしまい、仏具屋の後に行く場所かとも思ったが、凌雅さんに俺達が幸せであることを見て貰うのも大切だと頭を切り替え、碧を誘いそこに入ってみた。


 いつもと違う場所でするのはとても新鮮だった(備え付けのゴム製品は装着できなかったからナマだったし♡)。

 そして、これからはゴム製品をいつも財布に入れておこうと強く思った。

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