第90話 : 春満の家でパーティー
「「「結婚おめでとう!」」」
四十路を過ぎて今更感はあるけど、それでも好きな人と結ばれるというのは嬉しいものだ。
いつものメンバーに加えて、今はこの地で税理士をしている田中がいる。碧にとっても旧知の間柄なので、今後のこともあり彼を呼んだのだ。
「栗原、おめでとう……でも、俺がここに来て良いのか。凄いメンバーなんだが」
凄いと言っても大金持ちは春満と蒼衣だけだし、カラダが常人離れしているのは重松だけだし……とんでもない奴が参加者にいることはいるが、半分以上は普通の人だ。たぶんだけど。
「ゲンちゃん、こちらの方は」
「俺の同級生の田中だよ。地元で税理士をしていて、何かと力になってくれるんじゃないかと思って呼んだんだ。田中、この人がこの部屋のオーナーで会計管理会社の社長の一力春満さんだ」
「田中です。よろしくお願いします」
「一力です。他の皆様から春満と呼ばれていますから、私のことはそうお呼び下さい」
うん、こういう時の春満は極めて常識人だ。これがプライベートになるとどうしてああなるのか誰か説明して欲しい。
「田中、春満との仕事の件は後日二人で相談してくれ、今日は顔合わせと言うことで」
「もちろんそのつもりさ。こういう席で仕事の話もないと思っているよ。それと、これを受け取ってくれ」
出されたのは箱形の包み。
許可を得て開ければ中にペアのマグカップが入っている。
ブランド品という訳ではないが、とても面白い形──貼り合わせという技法で作られた様々な模様が描かれている少しいびつな感じがするものだ──それがどこか俺達らしく感じられ、とても気に入った。
「毎日使わせて貰うよ。ありがとう」
「さあさあ、皆でお料理を頂きましょう」
ホームパーティーと言うにはあまりに豪華な品が運ばれてくる。
和洋食のアラカルトではあるが、素材と味は一級品でマグロや鶏肉などは一口で他との違いが分かるほど地の味が濃い。
東京時代に俺や春満は何回か食べているから免疫があるのだが、他の人達は目を丸くしている。口には出さないが刺身一切れで学校のランチなら数日は食べられるはずだ。
「栗原、これひょっとして豊洲にある……」
そんな中、マグロを口に入れた蒼衣が小声でこれを扱っている仲卸の名前を出した。
料理人がピクリと反応したから恐らく正解なのだろう。そう言えば蒼衣は超絶お嬢様だからこの位は俺達同様食べ慣れているのかも知れない。
「私の家でも殆ど口にできない最高級品……」
ブツブツ言いながら、口に運んでいる様はどこか怪しい美女だ。
「後輩君、この野菜って」
柔先輩が鋭い指摘をした。
今日の野菜類は昨日部長に提供をお願いしてあったものだ。昨日の夕方、俺と蒼衣、重松の三人で収穫してきたものをここで調理している。
市販品と比べてナスやピーマンは風味が違うし、ミョウガは香りが強いから味の違いが分かってしまう。こればかりはサークルの皆に感謝しなければいけないなと思う。
「さあさあ、皆さん、これを召し上がれ~」
春満が出してきたのはプリンだ。
凄く大きなグラタン皿(ブッフェなんかで使う業務用だ)にプリンがなみなみと入っている。その上には「HAPPY WEDDING」と生クリームで書かれている。
これを作ったのは春満と蒼衣で、装飾したのは重松だ。蒼衣の部屋で何度も練習して焼いたというそれは確かに美味かった。
最初春満が何かを作ると言い出したので、プランニングさえしてくれれば充分だと言ったのだが、結局バイトをしていない蒼衣を巻き込んでこれを作ったのだ。何度か失敗したモノを食べさせられたし、春満と蒼衣が「夕食のメインディッシュはプリンなの」と言いながら、プリンをおかずにご飯を食べるという頭が痛くなりそうなことを何回かしていたからその苦労は少し分かる。
碧が開く料理教室ではこの二人は皆勤賞で、蒼衣は時折自分で作ったものを持参してくるようになっている。勿論普通に美味しいし、お腹を壊すこともない。
春満だって少しは進化していて、先日はちゃんと食べられるシフォンケーキを作ってきた。
この人達のように俺も進化しなくてはと思わせられることが多くなったと感じている。
「ゲンちゃん、どう」
ドヤ顔で春満が訊いてくるが美味いに決まっている。何せ碧のレシピで作っているんだから俺の好みにドンピシャだ。まあ、食べきれるかと言えば目の前にあるものは絶対に完食できない量なのだが。
「美味しいですね」
そう言うのはプリンを口にした料理人の方だ。表情からお世辞とも思えない。
「これを作ってもらえる旦那様は幸せですね」
それを聞いた春満が「何せ私が作ったんですから」と大きな胸をドンッと張った。
ああ、春満も青春してるんだ。
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