第91話 : お金で買えないプレゼント

 美味しいものを沢山食べた宴の後は俺達から皆への感謝のプレゼントを返す番だ。


 蒼衣はとんでもないお嬢様だから欲しいものなら何でも手に入れられるだろうということで、今回はお金で買えないものを用意した。

 それは『いつでも夕食パスポート』だ。


 最近はほぼ毎日夕食を食べに来ている彼女だが、どこか遠慮がちにしている様子が窺えている。碧と夫婦になって、柔先輩も一緒にいれば家族団欒を邪魔する気持ちになるのだろう。

 俺とすれば友人と一緒に食事をすることは何等嫌な気持ちを持っていない。この辺りの考えは碧も一緒なので、蒼衣と重松にはそれを用意した。


 この部屋が彼女達が気軽に寄れるたまり場であって欲しいとの願いから、数日前までに予定を教えてくれれば人数分の食材を用意しておき、碧の料理を皆で食べようと言うことなのだ。


 重松には併せて使用期限なしの『リクルートスーツ仕立券』を用意してある。

 彼女だけ特別扱いのようだけど、これはこれまでの夕食を食べに来た回数から考えて、蒼衣ほど頻繁には来ないだろうと想定して別途これを用意した。

 重松の体形だと間違いなく既製品のリクルートスーツはないからオーダーメイドになる筈だ。費用がかかるのは大変だろうから彼女のために大口株主特権でスーツメーカーに無理を言った。


 田中にはデスクセットを用意してある。

 ドイツの万年筆メーカーが作ったそれは、重厚感溢れる逸品だ。

 太字と細字二本のデスクペンの他にメモ用紙が置けるようになっており、ペンには彼の名を刻印し、その紙には彼の会社の名前を印刷して貰った。

 今後碧が仕事で世話になるかも知れないので、粗相がないように気を遣ったのだ。


 そして春満には『永久お食事券』なるものを用意した。

 曲がりなりにも朝食を自分の部屋で摂っている蒼衣とは違い、春満はここのところ朝夕食全てを俺の部屋で食べている。勿論自分で作ってきたことはない。あのプリンを食事と呼ぶことはあり得ない話だ。

 新婚生活を邪魔されないために『永久食事拒否券』を渡そうとしたのだが、碧は春満に背中を押されて俺との結婚を決意したので、間違いなく恩人ではあるから流石にそれはダメだと言いだし、春満との会話からコミュニケーションを学んで欲しいと言われ(二十年以上春満と付き合っていて今更なのだが)、仕方がなく全食を一緒に摂ることを許可したのだ。


「ゲンちゃん、いえ、碧ちゃんの旦那様、ありがとうございます」

「その呼び方は何なんだ」

「だってお料理を作ってくれるのは碧ちゃんでしょ。ゲンちゃんはその付属物じゃない。だからそう言う呼び方よ」

「ここは俺の部屋だ。だいたい付属物って、その言い方はどうなんだ」

「文句があるなら碧ちゃんより美味しい料理を作ってから言って頂戴」


 お前なあ、碧がいなけりゃ「文句があるなら来るな」という所だぞ。


「春満さんがいなければ今の私達の関係はありませんでしたから、この位のことはさせて貰いますから」


 この優しさに惚れてしまったのだから、俺がそれ以上言うことはない。


 最後にサプライズで俺から碧にプレゼントを渡した。


「あなた、これって」


 ベルベットで覆われたケースから取り出したのはネックレス。

 プラチナのチェーンの先端にはハートシェイプにカットされたグリーンダイヤモンドが置かれている。俺達のためであるかのように海外の著名オークションに出ていたものを春満に頼んで落札してもらったのだ。不純物が多少入っているとは言え、これだけ深い緑色をした天然物のダイヤは簡単に手に入らないそうだ。もちろんそれなりの費用は掛かったのだが……これも春満の食事の券(件)で俺が折れざるを得なかった理由だ。


「指輪だと、いろいろあるだろうから」

「うん……ありがとう」


 碧と再会した頃、彼女は結婚指輪をしていた。

 結婚を決めた時にその指輪を外すと言われたのだが、それを俺が拒んだ。

 理由は二つ。

 一つ目は凌雅さんのことを無理矢理忘れるようなことはして欲しくなかったこと。もう一つは既婚者であることを第三者にアピールするためである。パソコン教室の木村さんは施設に通っているから碧が指輪をしていても独身であることを知っていて縁談を持ってきたのだが、そんな特殊な事情がある人でもない限り指輪をしていれば妙な浮ついた話もなくなるだろうと考えたのだ。


「ゲンちゃんにしては上出来よね」

「陰キャボッチ童貞の方にしてはそうですよね」

「蒼衣ちゃん、今はボッチと童貞ではなくてよ」

「あっ!」


 蒼衣、お前は夫婦がどんなものだか分かっているのか。


「これからは一緒に『碧ちゃんの旦那様』と呼びましょ」

「『碧さんのペット』でどうでしょうか」


 俺はいつから犬になったんだ。蒼衣、お前はペット並みの飯しか食べさせないぞ。


「まあ、尻に敷かれているようにしか見えませんからね」


 重松、お前の場合は胸で押さえ付けているの間違いだぞ。そもそも俺はそんな風に見られているのか。


「まあまあ皆さん、おめでたい席ですし、今日は栗原が主役です。あまりイジらずに素直にお祝いしてあげようじゃありませんか」


 常識人の田中がいて良かった。この連中を相手にちゃんとものを言ってくれる。

 春満の会社がちゃんと仕事をするようになったら絶対にコイツと関係を持たせようと誓ったのだった。

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