第89話 : ウエディングフォト

「碧さん、ゲン、悪かった。俺のデリカシーがなかった。許してくれ」

「一力、俺はそこまで怒ってないぞ。碧だって、なぁ」

「一力さん、私も気にしておりませんよ。寧ろ私が夫にとって唯一の存在であることがわかって嬉しかったくらいですから」


 うん、雨降って地固まるだな。

 俺と碧が奇跡のような相性抜群の仲であることがわかったから、本当に文句はない。俺自身は不倫なんかする気はサラサラないが、碧だってそんなカラダじゃ浮気する気にならないだろう。これぞまさにwin-winの関係だ。


「孟君、女性の前で言って良いことと悪いことがあるからね」


 怒りが収まらない様子の春満は、かなりきつい口調で一力のことを諫めている。まあ、俺が碧の立場だったらやっぱり落ち込むだろうな。

 ユルいと言われるのはかなりの遊び人か、何人も子供を産んでいるかのどちらかだと思われるだろうから、どっちでもない自分としてはかなりショックだろう。

 俺からすればちょうどピッタリサイズなんだけど。



 その後、一力は昼を食べて帰って行った。

 もちろん碧の手料理で、いたく感激していた。春満相手に社長を譲るから俺はここに住みたいと真顔で言っていたが、流石に周りが納得しないだろう。

 今から帰っても碌に仕事にならないだろうと思っていたら、今日はプライベートジェットをレンタルして来ていて、夕方から企画会議だという話だ。働き者であることに感心するし、羽田の発着枠がよく取れたものだとも思う。



 俺自身は午後から部活があるので出かけていった。

 こども食堂へ農家の方から食材を寄付をするのにクルマを出してくれないかと言われたのだ。


 軽トラックの助手席に部長が乗り、頂いたぶどう(何とシャインマスカットだ!)を配り歩いている。B品が余計に出来たとは言っていたが、見た目が少し悪いだけで味が変わる訳もなく、普通に美味しく食べられる。配り終えて部室へ戻れば部長から月末に俺と碧の結婚記念の会をしたいと言われた。


「現役の部員が結婚するなんてどこのサークルでも聞いたことがないし、これほどおめでたい話を部員みんなで祝える機会なんてないと思うの。ぜひ私達で祝わせて欲しいのよ」


 う~ん、オッサンの歳でそこまで皆にして貰うのは心苦しいんだがな。


「この話、柔ちゃんにもしてあるわ。それとお姉様にも……とても喜んでいて、会場はお姉様にも話してあるけど、屋外で気負わずにやりたいと思っているの」


 え、春満まで来るの。まあ、今や春満はこのサークルの大ボスみたいな感じだからそれもあるのか。




「ゲンちゃん、もっと笑いなさい。碧ちゃんも顔が硬いわよ……それじゃダメ、全然ダメ」


 春満の声が近所中に響いている。

 恥ずかしいことこの上ないが、逆らえば何を言われるか分からないから今は静かにしている。


「はい、そこ~、そうそう、そこで止まって」


 今は俺と碧、そして柔先輩を入れてウェディングフォトを撮っている。

 プロのカメラマンが大層な機材を持ち込み、家から車で数分の場所にある日本庭園を借りて、そこで写真を撮るのだが、着いてきた春満がとにかくうるさい。カメラマンが苦笑している。


 春満はアシスタントとしてレフ板や照明の位置をあれこれいじりながら俺達に指示を出している。

 面白がっているのか「碧ちゃん、上目遣いして」とか「ゲンちゃん、流し目よ」などと妙なことを次から次へと言ってくる。


 それなりの庭園を半日借りているのだが、今は残暑が厳しく、とにかく暑い。

 一生の記念になるのだからとプロのメイクアーティストを春満に紹介してもらい、見違えるほどのイケメンと美女に変身して盛装したまではいいものの、汗が流れ続けているので、きっとメイクはぐちゃぐちゃだろう。碧も相当気にしているようだが、俺としてはそれも良い思い出だろうと思って受け流している。

 時折、春満が「柔ちゃんも入って、親子水入らずよ」と言って三人での写真も撮っている。何だか柔先輩を無理に付き合わせているようで申し訳ない気持ちになってしまう。


「柔先輩、付き合わせて悪いな」

「ううん、お母さんの晴れ姿を見られて良かったし、後輩君も幸せそうだし、みんなのそう言う姿を見られたから私はとても幸せだと思っているよ」

「ありがとう。そう言われると三人で来た甲斐があるよ」


 やっと終わった頃には本当に化粧をしたのかと言うほどお互いすっぴんみたいになっていて、でも、この方が自分達らしいと言うことで、貸し切りではなくなった日本庭園の中で普段着姿の写真を撮った。

 後日確認してみれば、着飾らない素の顔の方が生き生きしているように見えた。

 今はそれをフォトフレーム(デジタルでスライドショーができる奴)に飾り、スマホの待ち受け画面にもしている。因みに柔先輩も三人が写った写真を待ち受けにしているから、俺としてはどこか気恥ずかしい気持ちもある。



 この後、学校のメンバーで行うものとは別に春満の部屋にプロの料理人を呼んで関係が深い知人だけの小さなパーティーをすることになっている。婚姻届を提出した時とは別の春満主催のホームパーティーだ。

 結婚するとそういう機会ばかりなのかと訝しく思いながら春満が用意したサロンバスに俺達は乗り込んだ。

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