第82話 : やけ酒の理由(春満の眼)

 遂にゲンちゃんが結婚してしまった。

 後押ししたのは私だけど、陰キャボッチヘタレ童貞だったくせに、もうボッチや童貞と呼べなくなった。

 ヘタレだからちゃんとしたプロポーズなんてできないだろうと思っていたら、きちんとできたそうだし、サークル内では人並みのコミュニケーションはできているらしいから陰キャの程度としては相当軽くなったのだろう。仕事一筋の暮らしから学生になって随分明るくなったことは私にもわかる。


 つまらない……


 私がここに引っ越してまでゲンちゃんの傍にいたかったのは、真面目で純心すぎる彼が酷い目に遭うことがないように見守ることが第一の目的だった。

 それと……いつもオモチャとして遊んでいた彼がいなくなったら急に寂しくなったのだ。


 碧ちゃんという元カノがいたことはゲンちゃんから聞いた覚えがある。女の子と付き合ったことがないくせにと揶揄ったらそんなことはないと強く否定され、そこから彼女の存在を知った。

 そんな元カノが火事に遭い、娘共々ゲンちゃんと同居することになったと孟君が教えてくれた。こんな心配ごと……もとい、こんな面白そうな話は滅多にあるものじゃない。私はいても立ってもいられず子供の事を孟君に任せてここにやって来たのだ。


 蒼衣ちゃんや重松ちゃんなど明らかにゲンちゃんに好意を持っている人達が周りにいたけど、どこからどう見ても碧ちゃんの敵ではない。人生経験が違いすぎるし、人としても非常にしっかりしていることは娘である柔ちゃんを見ていれば良くわかる。


 碧ちゃんのことを色々調べてみれば、悪女である要素なんて何処にも見つからなかった。だったら二人とも若くはないのだからすぐ結婚しちゃえばいいのに。


 あの二人は間違いなく相思相愛で、彼女にとって元夫の存在という呪縛がなければあっという間にゴールインしていただろう。ここで碧ちゃんの生真面目さが足枷になった。

 それでも私がなんとか説得に成功してメデタシメデタシ……いや、私にはめでたくない。


 つまらない……碧ちゃんがいる以上、今までみたいにゲンちゃんを揶揄えない。そりゃあ碧ちゃんがいるから美味しいものがいっぱい食べられるし、料理教室をしてくれているから私の料理スキルも少しは上がっている。新しく会社を立ち上げればそこで働いてくれるという。彼女くらい優秀で真面目なら私の仕事なんてほぼ無いに等しくなるのだろう。


 でも……そうなると何が面白いのだろう。

 蒼衣ちゃんと重松ちゃんを焚きつけて修羅場にでもすればもっと面白かったのだろうか。いや、それでは誰かが敗者として心の傷を負う。いくら私でも人の心を弄ぶようなことはしたくない。

 ゲンちゃんを唆してハーレムエンドを目指せば良かったのだろうか。それでも不幸な女性は生まれてしまうだろう。ならば、負けヒロインとなった人達に代わりの男性をあてがえば──ブルブル──それは彼女達を馬鹿にしていることに他ならない。


 どこをどう考えてもゲンちゃんとの関係はつまらなくなる。

 それなら東京に帰るか。そんなことをすれば孟君から笑いものにされるばかりじゃなく、会社の皆からも呆れられ、私の居場所が本当になくなる。

 もう考えるのを止めて、今日の私はお酒に走った。


「プファ~、美味い」


 ビールで乾杯した後はひたすら日本酒を飲んだ。

 美味しいお酒は水みたいとは良く言ったもので、幾らでも体に入っていく。このお酒は四合瓶で一万円もする高級品だけど、一升は軽く飲める気がするし、実際その位は飲んでいる。ゲンちゃんという最高の遊び道具を取られてしまったやけ酒としてはこの位飲まないとやっていられない。


「お姉様、今日は私もノンアル飲料でやけ酒に付き合いますわ」

「蒼衣っち、私もそこに混ざっていい」

「ウィ~、蒼衣ちゃんも重松ちゃんもどんどん来なさい。今日は寝ないで飲み明かすわよ」


 うん、あなた方の気持ちは良くわかるわよ。



「「zzz …… zzz ……」」


 なんでこの子達はノンアルで酔っ払えるのだろう。

 以前、ノンアルでもその場の雰囲気で酔ってしまうと聞いたことがある。まあ、今日の彼女達の気持ちを考えれば咎めることは誰もできないだろう。

 この部屋は時間無制限で借りてある(これ、ゲンちゃんには内緒だけどね)から、閉店までは大丈夫だけど。



「あの~、お客様」


 酔いが回ったせいか三人で床に大の字になって寝てしまっていた。そして女将が様子を見に来て声を掛けてくれた。周りを見ればゲンちゃん家族がいない。


 ノンアルで酔った二人を起こして、私は家路に着いた。

 

「お姉様、まだ憂さ晴らしが足りません。ぜひお部屋で二次会を」

「私からもお願いします」


 二人の手には途中のコンビニで買ったノンアルの缶が何本もあった。結局、深夜になるまで私の部屋ではゲンちゃんへの恨み節が飛び交っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る